ターン3
ロロル遺跡は離れているため野宿をすることになる。
分かっているから急いで支度する必要もない。
「・・・もう分かったぞ」
「何が分かったのよ」
「スライムから避ける方法だ」
アンヌはバカバカしいと思っていた。
何も正面からスライムが飛んでくるわけではない。
全方位可能だ。
だからジェイクの後頭部に飛びかかろうとしているスライムを見て見ぬフリをした。
「ぐわっ」
「ライム、風呂の用意ができたぞ」
桶に湯が張ってある。
布でスライムの表面を洗う。
水浴びをするスライムは聞いたことがなかった。
「ちょっと待て」
「どうした?」
「スライムは水に弱いだろうが」
「弱くないぞ」
スライムを水に浸けると溶けたように広がる。
そのすきに逃げることもある。
だがそれはダメージを受けているわけではなく気持ちよさに浸っているだけだ。
「湯というか水に触れると気持ちいいらしくてな。いつもこうなる」
桶の水が緑色になった。
知らなければ恐怖だ。
「ライム、そろそろ行くぞ」
のそりと桶から這い出て布で余分な水気を拭く。
心なしかぷにぷに感が増したような気がする。
「聞きたいことがある」
「何だ?」
「どうしてスライムを洗おうと思った?」
「いつも外だからな。汚れるだろ?」
土や煤に体が汚れるのは人も魔物も同じだ。
だが汚れているのか判断がつかないスライムを洗おうとは思わない。
知られていないがスライムはきれい好きだ。
スライムが洗われるのを見て二匹の魔物は羨ましそうに見ていた。
水浴びをすることはあるが、洗ってもらうというのは格別なことらしい。
「そろそろ出発するわよ」
「あぁ」
何か自分の常識というものが崩れる幻聴を聞いたジェイクはフェンリルを撫でまわした。
「ここから三日くらい野宿したところにあるけど買っておかないといけないものはあるかしら?」
「食料も十分に買い足したし大丈夫だろう」
「スライム君には悪いけど日持ちしない果物は買えないわ」
そこは聞き分けの良いスライムだ。
昨日に四十個近く食べて満足している。
いざとなれば森で調達する。
「それで野宿のときに広がったら大変だろう」
「大丈夫だ。これに入れる」
「ビン・・・あるなら入れとけよ」
「宿でも入れたらかわいそうだろう」
森で広がれば自分の居場所を知らせることになる。
分かっているからビンの中でフタをされて寝る。
スライムは熟睡ができないことをウィリーのためと割り切っている。
だから宿では好きなように寝ている。
よく滑るスライムは防犯になっている。
何度が泥棒を捕まえることになった。
「ロロル遺跡なんだけど、迷路みたいになっているそうなのよね」
「生きて出られないかもしれないな」
「だから引き受ける魔導士が少ないのよね」
生きて帰らないと意味がない。
危険だと判断したら引き返す。
「今日はここで野宿しましょ」
「寝ずの番を決めるか」
「順番でいいかしらね」
「そうだな」
スライムは攻撃力がゼロのためローテーションから外された。
だがウィリーと野宿するときは寝ずの番をしている。
方法は秘密だが。
夜に魔物が近づいてくることもなく朝を迎えた。
「このまま魔物が現れなかったら楽なんだけどな」
「そうね」
願いの通りにロロル遺跡に到着するまで魔物が現れなかった。
「行くのは良いけど迷路は厄介よね」
「目印になるものを用意しないといけないな」
「それなら大丈夫だ」
「どういうこと、・・・・・・」
スライムの体の一部が細い糸のようになって伸びていた。
スライムの端を入口に括り付けると外れないようにした。
スライムの吸着力も合わさるから簡単には外れない。
「スライム君さすがね」
「いやいやおかしいだろう」
「細かいことは良いじゃない。さ、行きましょ」
遺跡の中は暗いが松明を灯すことができるから明かりをつけながら進む。
そしてスライム糸を伸ばしていく。
帰りは辿るだけで大丈夫だ。
「おかしいな」
「そうね。魔物の住処になっているわりには魔物がいない」
「それもおかしいが、俺が言いたいのはスライムだ」
「どういうこと?」
「けっこう歩いたぞ。かなり歩いたぞ」
「そうね」
「そうだ。なのにスライムが縮んでないのはどういうことだ」
スライムはみょーんと伸ばしているが体積を減らしていない。
広がったときもおかしいがさらにおかしかった。
「細かいことは良いじゃない」
「細かくないぞ。絶対に細かくないぞ」
「ほら先に進むわよ」
スライムの糸はどこまでも伸びる。
途切れることを知らない。
「わぁお」
「こいつがいるから魔物がいなくなったのか」
「ゴーレムか」
魔物の住処になるたびにゴーレムが駆除していたのだろう。
魔物がいると勘違いしていただけだ。
「たしか核を取り出したら止まるのよね」
「取り出せたらな」
「スライムは無理だぞ」
「糸が切れても困るもの」
動作は遅いが確実に侵入者を倒そうとしている。
少しずつ胸の辺りを削って核を探す。
邪魔にならないように壁際にいたスライムは走ってきたゴーレムに踏まれた。
踏まれても痛みを感じないし衝撃はどこまでも吸収する。
そしてよく滑る。
「ぐわっ」
スライムを踏んで転んだゴーレムは砕けた。
全身粉々になって核がむき出しになった。
核がなければ復活はしない。
探していた核を拾う。
平たく煎餅になっていたスライムも拾うと元来た道を戻ろうとした。
「なぁ」
「えぇ」
「あぁ」
不自然な窪みを見つけた。
ゴーレムの核だったものと同じ形をしていた。
調査団に魔物はいないと言って核と一緒に渡してしまえば良い。
良いのだが無視できなかった。
だから核を嵌めてみた。
「すごい音だな」
「すごい壁ね」
「すごい石碑だな」
壁が割れて出てきたのは古代文字の石碑だ。
ゴーレムを倒すことができたら石碑を見ることができる。
一体、過去の人は何がしたかったのかわからなかった。
「これは持って帰れないな」
「そうね。何て書いてるか調べてみたかったけど」
「文字が分かれば良いのか?」
「そうだけど」
平べったくなっていたスライムを石碑に当てると凹凸に体を合わせていく。
剥がすようにするときれいに模りされていた。
「できたぞ」
「わたし、スライムが石碑になったの初めて見たわ」
「俺もだ」
スライムの能力は際限がないようにもみえた。
伸ばした体を辿って入口まで帰る。
スライムは石碑の形のままだ。
「わたしは報告してくるわ」
「俺は食料を買っておく」
「なら先に戻って写しを取っておく」
おのおのの役割を決めた。
食料を買うと言っても保存食を買うだけだからすぐに宿に戻れる。
扉に入って驚いたのはスライムが黒くなっていることだ。
「はっ?」
「版画を知らないのか?」
「いや、知ってるけど」
筆でインクを塗られて紙を貼られる。
凸面のインクだけが紙に写って文字になる。
「よし、きれいに写ったな」
布でインクを拭き取り桶で洗う。
かつて版画になったスライムはいただろうか。
絶対にいない。
スライムから写した古代文字は調査団に喜ばれてロロル遺跡の成り立ちの解明に大きく貢献した。