ターン2
「まずは周りのゴブリンオークを蹴散らすのだけど、何か良い案はあるかしら?」
「・・・ライムがやりたいと言っている」
何も言っていない。
ただぷるぷるしただけだ。
「何をするの?」
「・・・・・・ゴブリンオークの群れに向かって広がる、らしい」
机の上で平たくなった。
スライムを踏んできたウィリーは分かった。
踏んだら滑るのだ。
どんなに注意していても滑る。
「転んだところを仕留めていけばいいのね」
「・・・そうだ、と言っている」
楕円形に戻ってぷるぷると震えた。
ここまで正確にスライムと意思疎通できるのはウィリー以外にいない。
スライムをパートナーにしている魔導士がウィリーだけだから比較しようがないが。
「言ってはいないだろう」
「あっ」
「ぶふっ」
また貼り付かれた。
学習しない男だった。
「いちいち貼り付くな!」
「スライム君を怒らせるからでしょ」
「ライム」
ウィリーの呼びかけに怒られたと思ったスライムはしょげた。
見た目は何も変わっていないが。
「ジェイクに貼り付くときは鼻を塞いでもいいぞ」
「ちょっと待て!」
「スライム君、私も許すわ」
二人のお墨付きをもらったスライムは景気よく飛びかかったが避けられた。
部屋の壁に貼り付いて這うようにして移動した。
避けられて悔しいらしい。
「だがスライムの広がれる範囲は限度があるだろう」
「その点は大丈夫だ」
「ならいいが」
体を休めるためにも寝ることにした。
急な泊まりにも対応できるように部屋にはいつも簡易ベッドがある。
それをウィリーが使い、床にはケットシーとジェイクのパートナーのフェンリルが丸くなって寝た。
布をハンモックのように吊るして何にはスライムが丸くなって寝た。
もともと丸いから区別がつかないが丸くなっているらしい。
途中に騒動があって起こされることなく朝を迎えた。
「のわっ」
ジェイクの叫び声と何かにぶつけた音がした。
その音でウィリーとアンヌは起きて、ケットシーとフェンリルも起きた。
「あぁ転んだのか」
「転んだのね」
床一面に緑色が広がっていた。
けっこうな広さがあるのだが埋め尽くしているのはスライムだ。
ハンモックで寝ていたはずのスライムだ。
「ライムは寝相が悪いんだ」
「これを寝相とかいわねぇ。ぜってぇちげぇ」
「ライム起きろよ」
ぷるぷると波打ちながらスライムは楕円形になった。
質量保存の法則を無視した量が収まった。
「朝に広がるなら言っとけよ」
「朝になるんじゃない。寝たらなるんだ。ふだん野宿で気を張ってるから緩んだんだろ」
「何かがちげぇ」
「叫ぶと近所迷惑よ。朝ご飯を買って向かいましょ」
起きたばかりのスライムは貼り付く力が弱い。
だからウィリーが抱えていく。
楕円形に留まる力も弱いから重力に従って伸びる。
布で包むが隙間から零れる。
「何でスライムをパートナーにしたんだよ」
「・・・・・・」
「いろいろあるのよ」
アンヌは事情を知っている。
魔導士を目指すと決めたら訓練所に入ることが多い。
そこで事情というものに出くわした。
ウィリーがスライムをパートナーに選んだ理由も。
「ライム起きろよ」
布から零れるたびに掬って戻す。
手間しかない。
「・・・・・・スライムが食ってる姿、初めて見たわ」
「そうか?」
体がスケルトンだから様子がよく分かる。
四つに割ってもらった一欠けらを種と外皮だけにして吐き出す。
絶対に酸っぱいはずのライムをそのまま食べる。
「好きなものを食べると二割増しに震えるぞ」
「今は二割増しなのか?」
「あぁ」
区別がつかない。
嫌いなものを食べると固まって吐き出す。
飲むときは体をコップのふちにつけて吸う。
飲む姿はウィリーのひそかなお気に入りだ。
「もう無いぞ」
布の中でライムを堪能していたスライムは一個まるまる食べた。
食べたものは体と即同化して分からない。
ライムが無いという悲しみにぷるぷると震える。
「これが終わったらライム買ってあげるわよ」
ぷるぷると震えるのが一度止まり、また震えた。
「喜んでるぞ」
「それは喜んでるのか?」
「そろそろよ」
こちらが気づくということはゴブリンオークも気づくということだ。
一斉に走ってきた。
地響きがすごいが冷静にスライムは地面に広がる。
体積的にはおかしいがスライムを踏んだゴブリンオークは盛大に転んだ。
後続のゴブリンオークも巻き添えにして転んだ。
転んで躓いて、さらに転んで阿鼻叫喚だった。
「スライム君、すごいわね」
「あぁ」
転び続けて疲れたところを仕留めていく。
一番働いたスライムは木の上でぷるぷると震えている。
役目を終えてウィリーのもとに戻ったまでは良かった。
勢いが付き過ぎてウィリーを転ばせてしまった。
怒ったウィリーが木の上に投げただけのことだ。
「終わったな」
「そうね、帰りましょうか」
「帰るぞ、ライム」
木の上からみょーんという効果音が合う動作で伸びてウィリーの肩に戻った。
「あの小ささで、あの大きさになるのは反則だろう」
「気にしたら負けよ」
楽しそうに肩の上でぷるぷると震えている。
いつもと変わらないが。
「アンヌ」
「どうしたの?」
「八百屋に寄って良いか?」
「スライム君のライムを買うのね」
「あぁ」
スライムには空腹というものもなければ満腹というものもない。
あればあるだけ食べるが無ければ無いで餓死することはない。
スライムも分かっているからくれる分だけで満足するがライムだけは別だった。
「まいど」
「かご二つのライムをもらおう」
「あいよ、まいどあり」
かご一つにライムが二十個ほどある。
それが二つとなれば単純に四十個だがスライムには関係ない。
「あれ食い切れるのか?」
「前にレモン早食い選手権で用意されたレモン全部を食べたのを知ってるわ」
柑橘系が好みらしい。
人も魔物も参加できたからスライムも参加可能だった。
遊びでウィリーが食べて来いと参加させたところ参加者が悶えるところぷるぷると震えながら食べ続けた。
酸味に悶えたのではなく美味しかったから震えていたらしい。
「全部って」
「全部は全部よ。脱落していく参加者のレモンも食べていたもの」
「そんなに好きなのか?」
「好きみたいね」
宿に戻るとライムとスライムを机の上に置いた。
スライムにとっての贅沢食いは切らずにまるまる一個を食べることだ。
次々と食べて種と外皮だけを山積みにする。
「次の仕事だけど、ウィリーどうする?」
「仕事のあてがないからな。問題なければ同伴したいな」
「次はロロル遺跡の調査よ」
「魔物が多くて調査が進んでいないところだな」
魔物の住処になっていて調査ができない。
ときどき魔物を討伐して狭い範囲で調査していた。
「国が本格的に調査したいそうよ」
「報酬も良さそうだな」
「報酬だけじゃなく経費もね」
黙って見ていたケットシーとフェンリルがかごのライムに手を出した。
気づいたスライムはぷるぷると震えたが許可したのだろう。
二匹が食べ出しても邪魔をしなかった。
「ロロル遺跡は大変だよ、ぶふっ」
「ダメよ。ちゃんと頂戴って言わないと」
勝手にライムに手を伸ばしたジェイクは顔に貼り付かれた。
至近距離から飛びかかったためものすごく良い音がした。