ターン15
「・・・彼、首と胴体がサヨナラすることにならなければ良いけど」
「無理だな」
魔導士を下に見る者は多い。
だが魔導士のなかには王よりも権力を持つ魔導師という存在がいる。
数は少なく表に出てこないが確実にいる。
「魔導師ラキア様」
「無理だな」
「ですが、彼個人の思想は国とは関係のないものであると思われますが?」
「国の使者という肩書を持ったのならば個人の思想は秘めるべきだ」
店の奥でのんびりと酒を楽しんでいる客の中に魔導師がいた。
魔導士と魔導師の中だけで通じる暗号のようなものがある。
魔導師だけが付けている腕輪の紋様と色で名前が分かるようになっている。
「君の考えというものも分かる。だから一度は見逃した。次の国の対応で決めることにしよう」
「恩情感謝いたします」
魔導師は総じて無慈悲だ。
人をその場で殺しても罪には問われない。
魔導士に対しても同様だ。
アンヌの発言も不敬であると思われれば殺されていた。
ひとつの賭けだった。
「この場は私が支払おう。好きなだけ飲むといい」
「ありがとうございます」
ラキアがいなくなって店は緊張から解き放たれた。
黙っていれば被害を受けることはないが怖いものは怖い。
「まだ話の分かるラキア様で助かったわ」
「他の魔導師なら血の海になっていただろうからな」
「魔導士と魔導師の違いが分からない者が国の使者とかしているようでは底が知れるな」
「ほんとねぇ」
魔導師は国から依頼を受けて仕事をすることが多い。
一晩の飲み代を支払うくらいは支払ったうちに入らない。
「せっかくの厚意だもの。しっかり飲むわ」
「二日酔いにならない程度にな」
「分かってるわよ。日付が変わったと同時に城門を叩いてやるんだから」
「そうかそうか」
空になるグラスにどんどんと酒を注ぐ。
二日酔いになっても良いから飲み潰す。
「ラキア様は国に報告されているよな」
「しているだろうな」
「明日になれば分かるが憂鬱だな」
「うん?どういうことかって?」
魔導師という存在をあまり知らないスライムたちは疑問を浮かべていた。
「魔導師は王様よりも偉い。だから魔導師ラキア様が国の使者の言葉遣いに腹を立てたことを王様に言う」
「そうすると王様は魔導師の怒りを鎮めるために国の使者を断罪する。その方法は一つしかないけどな」
「見せしめのように王城内のどこかで死体が晒されているだろうよ」
魔物にとって人の生き死には関心事ではない。
従っている魔導士のことは気にするが他の人が死んでも悲しむということはない。
「それか魔物のエサにされているか」
「魔導師ラキア様の魔物って何だっけ?」
「ワイバーンだろ?」
ワイバーンは気性が荒く人に懐かない。
魔物の格としてはフェンリルより下でケットシーより上という位置だ。
「繁殖期なら食べるな」
「ライム、お前は食われることないから安心しろ」
恐怖で震えていたスライムはピタッと止まった。
どんなに腹を空かせていてもスライムを食べる魔物も人もいない。
「明日、城に行けば分かるな」
「そうだな。アンヌも寝たことだしな」
「・・・寝てないわよ。体力を温存していただけよ」
時計は日付が変わったことを示していた。
一度決めたら簡単には曲げない。
仕方ないと黙ってついて行く。
当たり前だが門番がいる。
「申し訳ありません。お通しできません」
「賓客として招かれているわ。今日が約束の日よ。魔導士が来たと伝えなさい」
「緊急事態でなければ開門することができません」
「なら何時に城に入ったら良いのか、確認しておいて」
深夜に門が開くとは思っていない。
本当なら捕まっていてもおかしくない。
アンヌだってそこは考えている。
「おま、おまた、お待たせ、しました。魔導士さま」
「ガルツァどの、こんな夜更けにどうされました?」
正門ではなく通用門から走って来た男は身なりがきちんとしており息切れしていた。
門番は現れた男を見て不思議そうに声をかけた。
「魔導士さまをお迎えしに来たのだ。国の賓客であられるから」
「しかしこんな夜更けに迎えるのは怪しいですよ。身分を偽っていることも考えられます」
「それには訳があるのだ。モルドルタが失礼を働いたからこの時間になったのだ」
「モルドルタどのなら考えられますね」
「内輪の話は後でしてくれるかしら?」
「失礼いたしました。わたくしはガルツァと申します」
失礼なことを言ったのがモルドルタという男ならウィリーたちにとってガルツァには思うところはない。
案内をするというのなら大人しくついて行く。
「夜分に開門するには王の許可と大臣の許可が必要になります。賓客としてお招きしながら通用門というのは矛盾しておりますがご理解を賜りたく」
「別に構わないわよ。仰々しいのは好きじゃないもの」
「寛大なお心、痛み入ります」
「それよりもモルドルタだったかしら?彼は生きているのかしら?」
「今のところはというところでございます。夜が明けるころには死んでいることでしょう」
「そう」
魔導師が命じたのなら覆すことは難しい。
そして意見を翻したということも聞かない。
「ワイバーンの餌にされたのね」
「はい」
「助けたい?」
「助けられるものならば。しかし魔導師さまに逆らうことはできません」
「可能よ。案内しなさい」
魔導士が魔導師に逆らうことはできないが、魔物には格というものが存在する。
それは人が踏み入ることのできない領域で魔導師でも関与はできない。
「わかりました」
「ジェイク、フェンリルにお願いをして」
「問題ないようだ」
魔物は人への関心は薄いが人が目の前で死ぬことで主が心を痛めることは避けたい。
それくらいの情は持っている。