ターン1
いろいろな職業があるが魔導士という職業は特殊だろう。
国に所属することなく、契約によって成り立つ。
戦争や魔物の脅威から逃れるために大金を払う。
魔導士は魔物をパートナーに選び旅をする。
契約を交わすから命を狙われる危険はないが意思疎通のできる魔物は少ない。
さらに人に手を貸す魔物はもっと少ない。
だから魔導士は重宝される。
この記録は最高位の魔導士とパートナーの魔物の珍道中を記したものだ。
※※※
「これで最後だ」
剣を振り翳し、二メートルを超す魔物に襲いかかる。
ただそれだけなのだが、魔導士の踏み込んだ足元には緑色のスライムがいた。
そのスライムを気づかずに踏んだ魔導士は盛大に転んだ。
スライムの体には足跡がくっきりと残っていた。
「だぁ、ていやぁ」
怒りに任せてスライムを掴むと魔物目掛けて投げた。
きれいな放物線を描いて魔物の顔に貼り付いた。
べちゃんという音とともにきれいに貼り付いた。
どんなに強い魔物でも目と鼻と口を塞がれては戦っている場合ではない。
目が見えなくても戦えるかもしれないが息ができなければ戦えない。
人よりは長く息を止めていられるが無理だ。
スライムは一度貼り付くと取れない。
全身が吸盤のようになっていて取れない。
だけど貼り付かないときもある。
その仕組みは謎だ。
魔物が剥がそうとがんばっているうちに魔導士は剣で仕留めた。
「手間取らせやがって」
このセリフは魔物に向かってだ。
スライムに向かってではない。
「よし、もういいぞ」
顔に貼り付いていたスライムはぷるぷると体を震わせながら元の楕円形に戻った。
魔導士がパートナーに選んでいるのはスライムだ。
魔物として最初に討伐する練習のような魔物だ。
たかがスライム、されどスライム、どこまでいってもスライム。
「だがな、いつもいつもいつも言っているだろうが、踏み込んだ足の下にいるな!おかげていつもいつもいつも転んでんだろうが!」
スライムを握り潰して怒鳴る。
瓢箪のような形になってぷるぷると震える。
「今度やったら投げるからな!」
このやり取りも何度したか分からない。
踏まれるたびに投げられて貼り付いている。
それなら最初から投げれば良いのだが魔導士はコントロールが悪かった。
冷静に投げると暴投することが五割の確率である。
怒りに任せて投げると百発百中だ。
魔導士は気づいていないが投げられるスライムは気づいていた。
それでわざと踏まれて魔導士を怒らせて投げてもらう。
スライムはどんな形にもなれる。
どんな攻撃も受け流せる。
だから踏まれても痛みはゼロだ。
切られても分裂するだけで時間が経てば元に戻る。
攻撃力はないが絶対的な防御力がある。
「次に行くぞ」
ぷるぷると震えて返事をする。
定位置の魔導士の肩に乗って移動する。
落ちないのかと不思議だが、触れているところだけで貼り付いている。
スライムには目や口という分かりやすいものはない。
全身つるつるだ。
それでも正面というものはあるらしく呼びかければ向きを変える。
食べるときは口らしく変形したところで取り込む。
「今日はこの町で宿を探すか」
魔導士としては優秀で金に困ってはいない。
だからどんな宿でも泊まれるのだが、あまり高い宿だと魔物同伴が難しいことが多い。
魔導士専用の宿というものがあるが満室であることが多い。
「あっ、ウィリーじゃない」
「アンヌ、だったか?」
「アンヌよ」
魔導士のつながりというものは大切にされる。
魔物の群れの討伐となれば一人では無理だからだ。
「ちょうど良かった。ゴーレムの群れを討伐に行くのだけど一緒に行かない?」
「良いのか?」
「良くなければ誘わないわよ」
アンヌのパートナーはケットシーという猫の魔物だ。
スライムよりは攻撃力が高い。
比較するまでもなく。
「アンヌ、そんなスライムをパートナーにしてる魔導士を誘わなくてもいいだろう」
「ジェイク」
「最下層の魔物をパートナーにしている魔導士なんて底が知れてるぜ」
「それくらいにしときなさい」
「何がだ、ぶっ」
スライムの跳躍はすごい。
助走なしで飛べる。
正確には助走できない。
「だから言ったのにウィリーのスライム君は怒りっぽいのよ」
「んんーーーー」
鼻だけ避けて顔に貼り付いた。
殺すつもりはないから呼吸ができるようにしている。
「どんな魔物でもパートナーが貶されたら怒るわよ」
「んんんんんーーーーーーーー」
アンヌは大人になって諭しているが同じことを言ってスライムに貼り付かれた経験を持つ。
そのときは鼻も塞がれた。
死ぬかと思ったがウィリーが剥がしてくれた。
ウィリーがスライムに言ったのは鼻を塞いだらダメだということで、貼り付いたらダメだとは言っていない。
意思疎通はできている。
鼻を塞いでいない。
気が済んだのか飛んでウィリーの肩に戻った。
「だぁ死ぬかと思った」
「スライム君は役立つでしょ?」
「あぁ良く分かったよ」
生死を彷徨いかけたから分かった。
どんなに強くても息ができなければ死ぬ。
「で、どうして名前じゃないんだ?」
「名前はあるわよ。ライム君って名前が」
「スライムだからライムって安直だろうが」
「違うわよ。ライムが好きだからライムなのよ」
ライムという果実が好物だというスライムはそれを名前にした。
スライムとは言葉を交わすことはできない。
人の言葉は分かるからスライムの様子で判断する。
ただぷるぷるとしているだけにしか見えないがウィリーにはぷるぷるの違いが分かる。
ライムに興味を持っているなと気づいて与えてみたら好物だということが分かった。
ぷるぷる具合で。
それで名前をライムにするかと聞いてみると普段の二割増しのぷるぷるで肯定した。
「だけどウィリー以外の人がライム君って呼ぶと怒るのよ」
「それでスライムか。ちょっと待てスライムの怒りとか分かるのか?」
「ウィリーが分かるからいいんじゃないの?」
肩に乗ってぷるぷるしているスライムがもう一度貼り付こうとしているのに気づいているのはウィリーだけだ。
気は済んだが謝っていないジェイクを許してはいない。
「そうか」
「そうよ」
「・・・わるかった」
スライムのぷるぷるが少なくなった。
見た目には何も変わらないが。
「それじゃ、作戦会議といきましょう」