9 毒見という名の試食会
自分を危険にさらしたいわけじゃないのに死ぬことが前提な状況を受け入れるのはおかしいとスレイヤーは言う。
たしかにその通り。
私の感覚はおかしい。
誰だって死にたくない。
私だって死にたくない。
生き返ると分かっていても死にたくない。
それでも、生き返ると分かっているからこそ死ななければいけない時がくる。
足が速い人はべつに走らなくたっていい。
でも、足が速いからこそ足の速さが必要な時に遅く走ることなんかしない。
使えるものがあるときは使ってしまうのが人だ。
私の代わりにいっぱい人が死ぬよりも私が死んで生き返るほうがいいと思ってしまう。
スレイヤーは誰も死なないやりかたを考えるべきだと小さくつぶやいた。
理想はその通り。
私だって昔はそう思っていた。
誰も傷つかないやり方を探し出せなかったから勇者としての私は死んだ。
魔王である彼の言葉を否定して正しいものはこういうことだと言えなかったから負けた。
今日は考えることが多すぎて疲れてしまった。
ロリ様に声をかけられても無言でうなずく愛想なし。
まれによくある私の態度をロリ様は咎めない。兄は何か言いたげだ。
今日のディナーは中華風味。
本格的な中華ではなく日本の家庭の食卓の香りがする。
謎の黄金のスープと焼き餃子にしか見えないもの。
焼き飯はほんのり紫色。
シンプルだけれどデザートがあるのでちょうどいい量だ。
紫色の焼き飯は食欲がわかない。
以前、食べるものは見た目も大事じゃないのかとおかしな色だと思った食事に文句をつけたことがある。
食べるもの食べるもの毒が入っていて死に続けたものだから私にも不満が溜まっていたのだ。
この国の食糧事情を聞いた後だと毒がないなら黙って食えという兄からの無言の威圧の意味がわかる。
「スープはちょっぴりしょっぱめです」
「混ぜて食べたら?」
焼き飯をスープにイン。
たしかにおいしい。
こういう食べ方は下品なのではと兄を見ると雰囲気は普通。
怒ってるとか困っているとかいう空気はない。
よくある食べ方なのかと戸惑いながら二口目。
お茶漬けだと思えば塩っ気もこのぐらいだろうと思える。
このスープはパンをつけて食べるのもよさそう。
焼き餃子っぽいものは中にたけのこっぽい歯ごたえのものがある。
こうばしくておいしい。黒コショウが利いている。
スパイスや食材は私が思い描いたものと違う可能性があるのでショウガがいい仕事してますとは言えない。
「噛めば噛むほどうまみが出ます」
「そう、歯ごたえがあるんだ」
「皮の部分が口の中にくっつきますね」
焼き餃子に見えて食感はどちらかというと水餃子。
そして、口の中の水分を吸って上あごにくっつくので舌ではがそうとがんばってみる。
ロリ様が私をジッと見る。
一人変顔しているバカだと思われた。
賢いアピールは明日からにすると決めたから油断した。
今日できないことはきっと明日もやらない。
始めるなら明日からじゃない。今でしょ。
咳き込んだふりをして表情を戻す。
でも、口の中が気になる。
ロリ様が水の入ったグラスを渡してくれた。
そのまま水を二杯飲んでお腹がいっぱいになってしまった。
毒見として必要最低限のことしかしていない。食リポは毒見の仕事じゃないから頑張る必要はないのかもしれない。
ロリ様の食事を見ながら愛と勇気だけが友達のあんぱんなヒーローのすごさを実感する。
僕をお食べとはなかなか口に出せる言葉じゃない。
「味は及第点でも工夫の余地があるね」
「……これもスープに入れてしまうといいのでは?」
「なるほど。カナリヤ、食べてみて」
焼き餃子っぽいものはスープの水分を吸って目に見えて増量。増えるワカメの親戚だ。
食べごたえがあるワンタンみたいになった。
「もちもちな食感です」
「ほどよい弾力に生まれ変わった? 単体よりも汁ものと一緒のほうがいいんだね」
私の反応を分析するロリ様。
表情は真剣そのもの。
でも、話題の中心が料理の良し悪しなのが違和感がある。
食糧不足を解消するために必要なのは味の探究なんだろうか。