6 バカとハサミは使いようってこういうこと【冒頭に抜けがありました】
※冒頭に抜けがありました。2017.2.21追加しました。
『おまえは勇者か?』
知らないおじいさんが私たちに問いかけた。
兄は私を庇うように前に出ておじいさんに「違う。勇者なんて知らない」と言った。
おじいさんは「それなら邪魔だ」と兄を持っていた杖で叩いた。
叩いたなんて生易しい。おじいさんとは思えない力で横から杖で兄を殴り倒した。
壁に叩きつけられるようにして転がった兄の首は生きているとは思えない角度をしていた。
そして、私にもおじいさんは「おまえは勇者か?」と聞いた。
私は見てしまった兄の首の角度がこわくて、死ぬのがこわくて、痛い思いをしたくなくて逃げるように、うなずいていた。
生きるために勇者になった。
勇者がなんであるのか知りもせず、自分が助かるためだけに勇者を名乗った。
自分だけを助ける勇者なんて間違っている。
だから私は本当の意味で勇者じゃない。
私は勇気のある人間じゃない。
そんな私でも出来ることがあるならどうにかしたい。
死ぬことで誰かを守れるなら死にたくないけど我慢してもいい。
兄を守れなかった。守るなんて発想がそもそもなかった。
助けてもらいたかった。今だって助けてほしい。
私は勇者にはなれない。
そんな弱音は魔王である彼に延々と告げていた。
この世界の人のために頑張りたいと思えるような善人じゃない。
私は兄の死を悲しんだり、殺した相手に怒りを向けるより先に、自分だけは生き続けたいと願ってしまった最低の人間だ。
魔王に負けて当然の勇者だ。
すがるように今の兄を見る。
目の前にいる「シャーレン様」は私の兄と何もかもが違う。
買い物や食べ歩きに付き合ってくれたり、勉強を教えてくれたり、落ち込んだ時にものすごく甘やかしてくれるわけでもない。
でも、私や妹に対してやっぱり「シャーレン様」は兄だ。
私のことも妹のこともちゃんと考えてくれている。
「シャーレン、さきほどのカナリヤの発言は聞かなかったということでいいね?」
「……コレは、今まで世間を知らずに生きています。教養が足りません」
「カナリヤはこのままで構わない。教師をつけると言うなら私がしよう」
「それは難しいでしょう」
「時間は作ろうと思えば作れる」
「いいえ、結局遊ばせるだけで何の知識も与えないでしょう」
「問題はないよ。他の誰でもない、私がそう言っている」
ロリ様と兄の言い合いを聞いて私はピンときた。
兄が私に賢くなるようにとスレイヤーを通して圧力をかけてくることがある。
うるさいと思って聞き流していたそれがこんなに大変なことになるなんて。
ロリ様はバカが好き。
今の会話から、これは間違いない。
私をバカにしているのは怒るべきポイントだけど、この世界の常識と外れたことを無意識にしているかもしれない。
それは世間知らずバカと言われても仕方がない。
十歳にもなってぬいぐるみを持ち歩く子供よろしく常に小竜であるりゅーりゅーを引き連れているのもバカっぽく見えるだろう。
この世界ではアニマルセラピーは科学的に証明されていると主張しても白い目で見られるに決まっている。
どんなに正しいことでも場所にあった言動じゃなければおかしな人になる。私だ。私はおかしな子の扱いだ。
言葉が出てこなくて私がバカっぽい発言をしてもロリ様はゆるしてくれる。
心が広いと思って気にしていなかった。
私の無礼なところがある態度を大目に見るのも年下だから甘やかしているのではなくロリ様がバカっぽい子が好きだからだ。
恋愛的な目線で見られているとなると違和感がある。
十四歳のロリ様が十歳の私を好きだなんて全然しっくり来ない。
年齢差というよりもロリ様が大人っぽく見えるから私を好きだというのが冗談にしか感じない。
考え方を少し変えてみると結婚の話もわかる。
今の私のバカっぽさが好きだからそのままにしたい。
ロリ様の頭にあるのはきっとそれだけだ。
そうでもなければ私と結婚したがるわけがない。
バカ保存計画、それには結婚が一番だ。
きっと私が思いつけるんだからロリ様だってそう思ったに違いない。
好きだから一緒に居たいと思いがちだけど王子なら目的のために手段を選ばないこともあるだろう。
思い通りに人を動かしたがる偉い人は発想が斜め上だ。
一般的には賢い女性が王子の相手に選ばれる。
私を刺し殺したリャーナイは優秀だと兄が言っていた気がする。
兄がわざわざ褒めたのなら本当に出来る人なんだろう。
自分好みなバカはバカのままで保存しておこうと計画を立てるロリ様と賢いと有名なリャーナイは相容れない。普通に考えると相性が悪い。
リャーナイは自分が優秀だからこそ婚約を破棄された理由を理解できないはずだ。
私のせいにすることでプライドを守ったんだろう。
人にはいろんな好みがある。ロリ様のようにバカが好きな人もいる。
私を刺してくるなんていう短絡さはバカの証だ。リャーナイにも十分にバカの素質がある。
誰かにそそのかされたにしてもリャーナイは私を刺したどうしようもないバカだ。
普通は欠点になるバカな部分もロリ様からすると魅力的に見えるだろう。
このことを伝えたら和解できそうな気がする。
面と向かって「あなたはバカだからまだチャンスはあります。諦めないで」とはさすがに言えない。
彼女は私が死んでいると思っているから伝え方も考えなければいけない。
でも、お先真っ暗でどうするべきか悩んだ私の前に光が差してきた。
リャーナイに殺意をなくしてもらえそうなプランを思いついて喜んでいた私は知らない。
りゅーりゅーを抱きしめて一人で笑っている私を二人が見ていたなんて。
「ほら、カナリヤは勉強しなくていいことをこんなに喜んでいる」
「情けない」
「シャーレンの言う通り、いろいろと教える必要はたしかにあるね。家族思いなのはいいけれど、私から離れられると考えているのは問題だ」
自分の名前が聞こえてもどうせ悪口を言っているんだと思って二人の会話は聞き流していた。