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4 引き続き毒見をしています

 私は王子であるロリ様に「カナリヤ」と呼ばれている。愛称だ。


 本名はキャーナリャンみたいな感じで自分でなかなか発音できない。

 いつまでも自己紹介が舌足らずでおぼつかないので気を利かせたロリ様が「カナリヤ」と呼んでくれるようになった。

 王子が「カナリヤ」といえばキャーナリャンだかなんだかは「カナリヤ」だ。

 事実上の改名は私と兄の言い争いを緩和してくれた。

 私の名前は兄がつけたらしい。だから、ちゃんと言えないことが自分への反抗だと発音に対して手厳しい。

 自分の名前が言えないのは情けない。それは分かってる。


 でも、どうしようもない。


 できないことをやれって指示を出すのはおかしい。

 もう少し時間が欲しいという訴えは却下される。


 小学生の時は習ってなかったら自分の名前を漢字で書けなくてもゆるしてくれた。

 むしろ、習っていない漢字を使うと先生が文句を言ってくる。

 そんな日々と大違いすぎて反発してしまう。

 失敗するのを責められるのは悲しい。


 一時期、そんな言い争いのせいか私はどもるようになった。

 ふつうの会話もうまくいかない。

 スレイヤーとロリ様がゆっくり話せばいいと待っていてくれるので気づいたら治っていた。


 話せなくなることで生じる微妙な空気に混乱は加速して緊張で舌が動かなくなる。

 血がなくなって身体が冷たくなっていくことを生きながら体験していくようだった。


 叱られるとどんどん舌が回らなくなる。

 だから、兄だけではなく周りを怒らせないように遠慮しながら生きている。

 少なくとも私自身はそのつもりだ。



「カナリヤ、お茶のおかわりは?」



 聞かれて「いただきます」と空のカップをロリ様に渡す。

 ちなみにお茶は兄が淹れている。

 意外な特技だと驚くと兄に出来るようになれと言われた。

 この世界も女性が家事をするべきという考えが一般的なのかと思ったら、そういうわけでもないらしい。

 ロリ様が毒見なし、つまり私が口をつけたあとではなくお茶を飲みたいということみたいだ。


 兄が淹れたお茶でも私が口をつけることになっている。

 お茶っぱやカップなどに細工をされている場合がある。


 喉がイガイガしたと思ったら血を吐いたことがある。

 即死じゃなかったのでしばらくとても痛かった。


 致死量じゃなかったときに内臓が焼けるような痛みで床を転げ回ったことがある。

 兄が私の首を剣で刺して殺してくれたので痛みからは解放された。


 私は死なないし、身体に傷はつかない。

 段階があって再生方法が変わっていく。

 指を切るようなちょっとした怪我ならすぐにふさがる。

 再生スピードはまちまちだから王子の婚約者だったリャーナイに殺されたりする。

 十四歳の女の子に殺されるような再生能力なんてあってないようなものだ。

 

 不死を語る場合の身体の反応は絶命するとその瞬間に身体の時間が巻き戻る。

 死んでいるので私自身は私が復活するところは知らない。

 聞いた限りだと動画の逆再生みたいらしい。

 私の意識としては切り落とされていた腕がくっついてよかったしかない。


 この再生やそのスピードや発動のメカニズムは私の栄養状態がどうとか兄が仮説を口にしていた。


 推測は妄想に近いと思ってしまって覚えていられない。

 ともかく即死ではない場合、私は痛みにのたうちまわる。

 死んだら体がリセットされて健康状態になるので毒を飲んで死に切らない場合、私を殺す兄の判断は正しい。

 私の苦しむ時間を少なくしてくれているのだから優しい。


 体が大丈夫でも心が首を刺された感触にざわついているから抱きしめて熱を感じたい。

 自分が生きているんだと他の存在に触れることで確かめたい。それだけが苦しみを和らげる方法だ。

 兄妹だから兄に抱きしめられて大丈夫だと慰められたりしたいけれど今まで一度もその展開はやって来ていない。


 私のことより犯人探しや原因探しが始まる。

 重要なのはロリ様を狙ったのが誰で、どういう経路だったのかということかもしれない。


 職務に忠実な兄は格好いい。同時にちょっとだけ憎らしい。

 私が小竜のりゅーりゅーを抱きしめるのはすねているからだ。兄に対する不満を間接的に表現している。

 この私の気持ちは全然伝わらず、死んだあとに必要な儀式だと思われている。


 そのためりゅーりゅーを私が連れて歩くことは誰からも文句を言われない。

 私が生き返らなかったら困るとロリ様がりゅーりゅーを排除しようとする人を片っ端から処刑しようとした。

 あれは冗談なのか私のことを考えてくれているというアピールなのか未だにわからない。

 もちろん、私が必死に止めたのでりゅーりゅー反対派は部署移動だけで済んでいる。

 獰猛な生き物だと思われている竜でも私のりゅーりゅーは賢いので安心してもらいたい。


 足元にいたりゅーりゅーを膝の上に乗せて満腹感からくる眠気と戦う。

 今日のお茶の味はフルーティーでちょっと後味が苦い。

 香りは甘いので好きだけれど味としてはそこまで好みじゃない。

 ハイビスカスかバラのお茶なんかがこんな味だった気がする。


 この世界に来る前はティーパーティーと言って友達同士でハーブティーやフレーバーティーを持ち寄って飲み比べを楽しんでいた。

 クラスの中でオリジナルブレンドを作るのが流行っていた。

 おいしいブレンドティーを作ると水筒に入れて学校に持っていって自慢するのだ。



 兄が淹れたお茶をひとくち飲んでロリ様にカップを渡す。

 私にお茶のおかわりを勧めるのは私に飲ませるためじゃない。

 ロリ様がもっとお茶を飲みたいから私に毒見をさせているのだ。


 一度、喉が渇いていないからと遠慮したことがある。

 兄がものすごい目つきで私をにらみつけた後に無理やりお茶を飲ませてきた。

 熱くて口がやけどした。



「なにか、言いたいことがありそうだね」



 なんでも気軽にどうぞという顔をするロリ様。

 これは実はよくない兆候だ。

 私が何を口にしたいのか知っているのにこちらに言わせようとする。


 余裕たっぷりに微笑んでいる姿が逆に怖い。



「カナリヤのお願いは何でも叶えてあげる。そう約束しただろう」

「……ありがとうございます」



 頭をなでられる。それはうれしい。

 兄もよく私の頭をなでてくれていた。

 朝に髪の毛をセットしてくれるのもお風呂のあとにドライヤーでかわかしてくれるのも兄だった。


 りゅーりゅーがガルルと鳴く。


 ロリ様の指づかいにうっとりしている場合じゃない。 

 放っておいたらまた殺されるかもしれないので婚約破棄をしないようにそれとなく切り出さないといけない。むずかしい。


 婚約についての話はプライベートだ。

 破棄するのをやめて欲しいなんて、気軽に言えるわけがない。

 ロリ様もロリ様で考えて決めたはずだ。



「カナリヤ?」



 指に髪を絡ませてくるくるしてくる。

 髪の毛を引きちぎられそうな気がしてドキドキしてしまう。

 魔王と認識してなかった時期の彼によくされた。

 痛いというより髪が抜けたことがショックだった。



「結婚されるかたは決まっているんですか?」



 婚約者がどうとか聞くのはリャーナイと何かがあったと白状するようなものだ。

 わかっていても髪の毛を人質にされた気持ちの私はつい、考えなしに切り込んでしまう。

 もっとさり気なく話題を持っていきたかった。



「決まっているよ、カナリヤ」

「そうだったんですか。……ラブラブです?」

「うん、そうだね。ラブラブかな」



 ラブラブが通じるとは思わなかった。

 この世界は馴染みのある単語が日本と同じニュアンスで使われていることもあれば、誰にも伝わらなかったりする。

 私が元気百倍と口にしても誰もあんぱんをくれない。

 スレイヤーと兄は無反応でロリ様は微笑ましいものを見る顔で「元気でなにより」と頭をなでてくる。


 元気百倍といったらあんぱんだし、ネコ型ロボットはどらちゃんだ。


 あんぱんもロボットもない世界だから仕方がないのかもしれない。

 ラブラブが通じるのはどんな世界にもラブがあるということだからなら、なんだか深い。



「ラブラブって仲よしって意味だよね」

「知らないで使っていました? ラブは世界をすくうんです」

「そのペットとのことをカナリヤがそう言ってたから」



 好きは言えなくてもラブラブは口にできる不思議現象。

 私は日常的に仲のいい友達同士を「ふたりともラブラブだね」と表現していた。

 りゅーりゅーとの関係を聞かれた時も「仲よしです」という意味で「ラブラブです」と返した気がする。

 ロリ様は私の発言を覚えて解析しているらしい。



「私とカナリヤはラブラブだね」



 仲よしだという意味ならその通りだと思ってうなずいてから物凄い寒気がした。

 健康にいいからと勧められて寒中水泳をした時ぐらいの体の唐突な冷えっぷり。

 よく考えるとこの冷え方は血を大量に失う時と似ているかもしれない。


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