3 毒見をしています
生きている。
私はいま猛烈に生きている。
口の中で弾けるポークステーキ。
ちょっと歯ごたえありすぎだっていうツッコミはしない。
この世界に豚さんがいるのかはともかく食べごたえはポークステーキ。
なんだかんだで豚肉は生姜焼きが最強ですと主張していた私に出された一品。
兄がものすごいドヤ顔で連れて行ってくれたお店と同じ味。
思い出補正があるから同じではないかもしれない。
でも、おいしくて幸せなら同じってことでいい。
人生アバウトな方が楽しいと誰かが言ってた。
分厚いお肉はナイフで切るごとに肉汁がじゅわっと。
焼いた鉄板に料理を乗せてくれるステーキ屋さん仕様が嬉しい。
じゅうじゅう音を立てる醤油っぽいものがベースのソースはあっさりおいしい。
お肉はぺらぺらと厚みのあるものでは食感も満足度も違う。
サンドウィッチで出会うたびに君はいる必要があるのかねと思っていたぺらぺらなハムは分厚いだけでどの料理に入っていても主役級の存在感を出してくれる。チャーハンに入っていたときは生きていて良かったって思った。おいしいものを食べれるのは生きているからこそ。
飛び上がっておいしさを表現したい。
豚肉の最強さを熱く語りたい。
「きょうは当たりだった?」
うなずく私にイケメンな流し目をしてくる王子。
おいしいなら自分にも早くよこせの合図だ。
王子は年下の女の子に対するあつかいが上手い。
ものごしが穏やかでどの角度から見ても美形に見える。
でも、人が死んでもなんとも思わないような顔をしていた。
そういうものなのかもしれないけれど、怖い。
「これは、こうばしい味がするお肉です」
この世界には醤油やみそはたぶんない。
でも、こうして王子の毒見をしていると馴染み深い味に出会う。
醤油味っぽいものを醤油味ですとしか説明できないのでいつも困る。
最終的に王子が語彙力を見せてくれたのを次回以降に真似することにしている。
自分からはおいしい以外の言葉が出ない。思った以上に私はポンコツだ。
友達と過去に戻りたいかどうかを話していたことを思い出す。
小学生に戻って勉強して私立中学を受験してたら世界は違ったと友達は言う。
世界は違うし、今後も違ったかもしれない。
私は自分の生活に満足していたから同じことを繰り返すのは面倒だと思った。
自分を育てることをおろそかにしちゃいけないらしい。
いろんな言葉をおぼえるには幼少期のアニメ視聴が大事だとたびたび口にしていた。
私にはアニメをほぼ見ていない。
あんぱんがヒーローをしているものは無制限でOKが出され、タヌキに見える猫型ロボットは話によりけり。そういう家だった。ちなみになぜか兄は制限されていない。
本は読んでいても読んだ先から忘れるので言葉が定着しない。
アニメは流し見ていても耳から単語が入ってきてなんとかなる。
私が切り分けたポークステーキをゆっくり口に入れる王子は優雅だ。
王子と壁際に仁王立ちしている兄は十四歳。
王子は十八歳ぐらいに感じる。
十四歳が持つ騒々しさがないせいで雰囲気が大人。
兄は表情のせいか二十歳ぐらいに見える。
見た目が単純に老けている。うっかりするとお父さんと呼んでもゆるされる貫録がある。もちろん怒られるので変な呼びかけはしない。
前世の兄と違ってシャーレンに愛嬌がない。
名前を使って「シャンシャンシャーレン」とか一発ギャグをしたことがない。
タンバリン的な楽器を叩きながらその場でターンしてくれたら笑い続ける自信がある。
いつもピリっとした空気の笑わない兄。
王子は逆にいつも笑っている気がする。
へらへらしているのではなくあたたかな雰囲気を持っている。
金髪碧眼の完璧な王子様スタイルの王子はローリーとかそういった名前だった。
ながくて発音がむずかしかったのでロリ様と心のなかで呼ぶことにしている。
バレたら怒られるのか、意味が通じないから変な略し方をしていると不思議に思われるのか。
「歯ごたえがいいから小さく切り分けると食べやすいね」
私のひとくちが小さいから細かくしただけのことだ。
ロリ様は一日に三回以上は私をほめる。
ほめて伸ばす精神なのか、四歳も年下相手に目くじらは立てませんという大人な対応なのか。
「スープのほうは、どう?」
とっさに「ただのみそ汁でした」と答えかけた。
どう考えてもアサリのみそ汁だけど、みそがなさそうな世界なのでみそ汁では通じない。
ミソスープならあるいは通用するのかと思ったけどロリ様がなに言ってんだコイツという顔で見てきたので誤魔化した。
「具の味はあまりなく、汁に味がついています」
グルメレポートをしているはずなのに悪口を言っている気がする。
みそ汁は「おみその香りが生きています」とか「あったまります」以外にどんなほめかたがあるんだろう。
「可もなく不可もなく、か」
味見ではなく毒見だから「毒の気配はありません。これは安全!」と言えたらそれで私の仕事はおわりのはず。
でも、ロリ様はいつも私にどんな感じなのか味を聞く。
これだけやりとりを繰り返してもレポーターの腕が上がらないのにまだ聞く。
いつか聞いただけで口の中に唾液が広がるような言葉を思いつけるのか。
私は私の成長の仕方だけ分からない。
「悪くはないね」
みそ汁なスープを気に入ったのか半分以上飲むロリ様。
私に味のない具をすこし残してくれる。
優しさが雑だ。
以前は毒見としてちょっとずつ、つまみ食いをしていた。
今は料理の量がそもそも二人分になっている。
王子であるロリ様の料理の毒見をしているというよりも二人前の料理を二人で仲良くつついている状況。
ひとつの料理を仲良くシェアして、ときには食べさせあっている姿は恋人に見えるかもしれない。
婚約者が嫉妬をたぎらせ殺しにかかるのも納得。
いや、納得できない。
障害物を退けるような感覚で人を殺すなんてどうかしている。
「じゅうじゅう音がいいですね」
「カナリヤが料理が冷めないよう工夫しろと指示を出したんだろう」
「できると思っていませんでした」
「君の権限でこの世に出来ないことはないよ」
ロリ様の流し目に私はデザートに手を付ける。
フルーティーなクラッシュゼリー。
私の食いつきように「気に入ったのか」とロリ様も話題を変更。助かります。
思ったことは何でも言ってくれと言われたから素直な気持ちを口にすると大人は私をわがままな子あつかいしてくる。
なんという不条理。世界はおかしい。
通称ステーキ皿。
熱いお皿は食欲をそそるとてもいいもの。
でも、ないならないで仕方がない。
私はすごくテンションが上がるお皿だけどこの国では流行らないかもしれない。
こういうのがあると嬉しいと話した時の兄の微妙な顔を思い出す。
冷えた肉を食べろポンコツと言われている気がした。
私が食べるごはんというのは王子であるロリ様が口にするものなので思っていても言えない。兄の立場では言えない。
「お肉との相性がいいです。さわやか系です?」
「清涼感があるね。夏場の熱い時期でも食べやすそうだ。味の濃い肉料理とのいっしょにするのは正解だね」
「とろとろなのが、たべやすいです」
「噛んだり飲みこむのが簡単だから病人や老人にも優しいね」
「のどごし、つるつる」
話せば話すほど私はバカみたいだ。
とろとろなのかつるつるなのか自分で言っていて混乱してくる。
とろとろなものが喉をつるつる通過しているのをどう表現するべきなのか。
味そのものよりも喉ごしというか食べたあとの口の中のさっぱり感が気持ちいい。
おいしいはおいしい以外の言葉はいらない。
リポーターも最終的においしいしか言わない。
どうおいしいのか、なぜおいしいのか補足しているだけだ。
「大変おいしゅうございました」
「それはよかった」
ロリ様が孫を見るおじいちゃんみたいな表情をする。
毒や問題がない日の食事ほど天国はない。
幸せを噛みしめている私の中に刺されて痛かったとか魔王こわいなんてものはない。
足元で小竜のりゅーりゅーがガルルと鳴く。
忘れちゃいけない。
楽しく食事をして終わりじゃいけない。
私の中に刺されて痛かった気持ちが薄れた今じゃなければ自分を刺した人間を庇えない。
傷がなくても痛かったのも死んだのも嘘じゃない。
王子の婚約者ではない自分に価値がないとリャーナイは嘆いた。
私を突き刺しながらふるえた声で叫んだ。
同情はしない。
彼女を悪として話を終わらせるほど簡単にはいかない。少なくとも私はそう思う。