2 執事(お目付役)に心配されました?
「どのような理由で?」
着替えを頼んだら眉をよせたスレイヤーに聞かれた。
王子を待たせるわけにはいかないので早く新しい服を用意して欲しいと訴えても聞き流される。
使用人というのは主のお願いを叶えてくれるものだと思い込んでいた。
執事は使用人の長だと思っていた。
私のために動いてくれるためにいる人じゃないならスレイヤーの仕事は一体全体なんなんだ。
なぜスレイヤーは新しい服をくれないんだろう。
「スレイヤーさんは執事さんですよね」
「執事は役職なので敬称はいりません」
「お名前にはさんづけしろと」
「お好きにどうぞと初めにお伝えしました。呼び捨てに変更したいのならご勝手にどうぞ」
涼しい顔で私に服をくれないスレイヤー。
ケチとか罵ればしぶしぶ出してくれるんだろうか。
今までずっと朝にスレイヤーが服を用意してくれていたのでどこに着るものがあるのか私は知らない。
寝室と王子の部屋を往復する生活で、寝室にクローゼットやタンスは見当たらない。
りゅーりゅーの寝どこのクッションやタオル的な布のかたまりは自分でこっそり洗濯している。
後ろだけ髪を伸ばしてまとめているアニメのポスターで見たことがあるような髪型のスレイヤーは目つきも言動も冷たい。
「このまま行ったら兄さんに怒られちゃうでしょ!!」
私の言葉にスレイヤーは溜め息をつくように息を吐き出した。
あわてて「シャーレン様に叱られてしまいます」と言い直す。
よくわからないけれど、この世界は兄を「兄さん」と呼んではいけないらしい。
前世でも私には兄がいたから「シャーレン様」と呼びかけるのは違和感しかない。
生まれてから十年ほどが経っても慣れないものは慣れない。
あえて呼び慣れないように「あの」とか「その」とか「おい」で切り抜けているからかもしれない。
八歳になる妹のほうがその辺はしっかりしていて「シャーレン様」とちゃんと兄を呼んでいる。
この世界として間違っているのは私の方だけれど前世の記憶のせいでどうしても直せないことがいくつかある。
前世の記憶に引っ張られて「好き」と気軽に言えないし、ナイフとフォークはあまり得意じゃない。
学校の授業でテーブルマナーを覚えさせられたのにこの世界では通用しないから嫌になってしまった。
昔から暗記が嫌いで苦労して覚えたのに無意味だからやる気がなくなった。
私が毒見をしているのは王と王子と私の家族しか知らない。
基本的には密室で私が口につけて安全を確認したものを王子が食べる。
だから、食事のマナーなんて知らなくてもどうにでもなる。王子は心が広いので適度に無礼なことをしても気に留めない。
優しく温かい目線は兄よりも兄らしいかもしれない。
「執事なら着替えをくださいって言ってるんだからくださいよ?」
「下級メイドなら主人に言動に口を挟むものじゃありませんね」
「天気いいですねって言っているのに無言で去られるとそれはそれで淋しいです」
「話しかけなければいいでしょう」
「下級メイドじゃない執事なスレイヤーさんは私の言動にツッコミ入れまくるんですか」
「そうですよ。シャーレン様から頼まれているのはあなたの生活補助ではなく監視です」
「お目付役ですか!?」
「何度がお伝えしたはずですよ」
自分に都合の悪い記憶だからか全然聞き覚えがない。
私の表情から嘘をついているわけじゃないと判断したのかスレイヤーは髪の毛の土をとってくれる。
忘れているのはめずらしいことでもないのでスレイヤーが私にとって便利人ではないと覚えなおす。
「それで」
「お洋服、ください」
スレイヤーはあくまでも私の服が血だらけで穴だらけで全体的に土まみれな理由を聞いてくる。
殺された理由も殺してきた理由もわかっている。
王子をとられたという恨みごとを口にしながら私は何度もナイフを刺された。
馬乗りになった王子の婚約者はリャーナイと言った。
赤い髪の勝ち気そうな顔立ちの人だ。
前世で私が死んだ時と同じ十四歳の女の子。
りゅーりゅーがガルルと鳴く。
刺された傷はふさがっているから痛みはないはずなのに思い出すと痛くなる気がした。
死んだらすぐにその場から離れる。
その時に着用していた服は処分するし、話題にもなるべく関わらない。
そうしないと死んだ瞬間の自分に引きずられてしまう。
私はいま生きているはずなのに死んでいると錯覚してしまう。
刺されて血がなくなったから貧血状態で具合が悪いのかもしれない。
「顔色が優れません」
「……付き合い長いんだから分かるでしょう」
「どこのどなたにどんなことをされたのか口にするのはそんなに難しいですか」
「やめてよ、やめようよ」
こんな話題を続けても誰も幸せになれない。
勇者として剣の修業を強制されて毎日つらくて身体が痛かった。
死なないギリギリで鍛錬ができると私の剣のお師匠様は笑っていた。
不死の戦士をお師匠様は作りたかったらしい。
私にその根性も才能もなかった。
家に帰りたい、兄さん助けてと繰り返しては泣いていた気がする。
そんな中、彼と出会って不平不満をぶちまけた。
仮面をつけた綺麗な服装のすこし年上の男の人だったから兄に対するような気やすさがあったのかもしれない。
あやしいと考える前に愚痴にあいづちを打ってくれる人がいるのが嬉しくて仕方がなかった。
しばらくして剣のお師匠様は消えた。
私の才能のなさに呆れたんだろうと思っていた。
不思議なことは続く。
私がイヤだったもの、彼に愚痴として吐きだしたが消えていく。
単純で疲れ切っていた私は彼がすごく偉い人で勇者に気をつかってくれているのだと納得していた。
勇者は大切にされるべきだとやっと彼を通してみんなは気づいたんだと喜んだ。
彼が私が愚痴った相手を殺していただなんて知らなかった。
そんな物事の解決の仕方など想像できなかった。
『これが、愛だろ?』
違うと否定するタイミングを逃し続けた。
私は少なからず彼の行動で助かってしまったからだ。
無邪気にやりたくないことから解放されて良かったと笑っていた。
夏休み明けに学校に行きたくないからって学校が爆破されたり、先生たちが死んでしまって嬉しいわけがない。
でも、私のせいでそんなことが起きたなら責任はとらなければいけない。
「あなたが庇ったところで、いいえ、庇っているからこそ犯人は浮き彫りにされてしまいますね」
「スレイヤーさん、おねがい、やめて……」
「刺されて痛かったでしょう。怖かったでしょう」
「でも、私が告げ口をしたら彼女は絶対にゆるされない」
「自分の死を覚悟したうえであなたを刺したはずです。凶器が人を殺すには足りないでしょうから」
何回も刺したのは一回では致命傷にならないナイフだったから、ということみたいだ。
ペーパーナイフのようなものだったのかもしれない。
馬乗りになって体重をかけないと私の身体を貫けない凶器。
「これ以上は負担になるでしょうからこの話は終わりです」
「スレイヤーさん! さすが話がわかります!! ありがとうございます!」
「お元気そうですね」
「いえ、フラフラです。倒れそうというか倒れたいです」
「着替えたら少し休んでください」
そういうわけにもいかないと返事をする気力もない。
死んだからか昔のことを思い出しすぎたからか苦しいという感覚が消えない。
「あなたの職場まできちんとお送りしますよ」
スレイヤーが優しいとか思ってうっかり着替えて寝たら地獄を見た。
袋に入れられて肩にかつがれて運ばれる。
お腹がスレイヤーの肩に当たって圧迫される。
そのうえ上下に揺れるので気持ち悪い。
袋の中で吐いてしまうと王子に会う状態じゃなくなってしまう。
ひどい意地悪をされていると思ったけれど、殺されたはずの私が歩き回っている姿を見せないためかもしれない。
私が生きていたら彼女はまた私を殺しにくるんだろうか。
気味が悪い奴とはかかわりたくないと思って忘れてもらいたい。
私を突き刺しながら「あなたが居なくなれば婚約破棄なんてされない」と言っていた。
殺したりしないで誰かにさらわせるとか別の場所に暮らすように手配するとか出来たと思う。
そこまで頭が回らなかったのは追い込まれて選択肢がなかったのか、彼女をそそのかした人がいるからじゃないだろうか。
私は十四歳が人を自分の意思で殺せるとは思えない。
人を傷つけたいと思う人がいることを信じたくない。
私以外の誰もが死んだら終わりだ。
次なんてない。
でも、私は死なない。
だから我慢をするべきだなんて思わない。
痛いのはイヤだ。殺されるのはごめんだ。
私を殺した彼女、リャーナイが無罪だなんて思っちゃいない。
けれど、王子や兄に話してしまえば弁解の機会もあたえられずに終わるはずだ。
聞く耳など持つはずもない。
それはあんまりにもあんまりだ。
スレイヤーに彼女の名前を告げたら待っているのは彼女の死。
私が彼女を殺すようなものだ。
王子の料理に毒を盛った給仕係の人はその場で兄に殺された。
兄は王子を守るためにありとあらゆることができると言っていた。
国内での権限の話なのか精神論なのかはわからない。
王子の安全を作るパーツである私に危害をくわえるのは王子に害するのと同じだと兄は言っていた。
発言だけなら妹を守る宣言の兄かもしれない。実際は王子を守るためなら難癖つけて人をぶち殺すという恐ろしい発言だ。私と違う国に生きている人だと思ったら、実際、その通り。ここは私にとっていまだに異世界だ。
自分の国、自分の居るべき場所、そんな風に思えない。
帰りたいけれど、帰るべき場所はない。
この世界で生まれてしまったことを認めずにいるせいで魔王の記憶に悩まされる。
いつまでも彼の言動が脳裏から消えない。
「あなたを犠牲にして成り立つ世界はおかしい、そう思ってください。自分が誰かに危害を加えることを恐れる前に自分が受けた被害に目を向けるべきです」
スレイヤーが私の気持ちを見透かしたように囁いた。
同じことを私は魔王である彼にも言われた覚えがある。