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1 王子の婚約者に殺されました(1回目)

異世界なので世界観は中世ヨーロッパではありません。

作中にヤンデレが複数登場するかもしれませんが主人公と結ばれる相手がヤンデレとは限りません。

ファッションヤンデレとガチヤンデレが戦い合ったりすることがあったりなかったりします。


以上を踏まえてお楽しみください。




 何も知らなかったなら彼を王子様だと思い込んだかもしれない。

 それほど彼は私が考える王子様をそのままの見た目だった。

 

 死体を蹴り飛ばして笑う彼が王子様なら最低だけど魔王なら正しいかもしれない。

 

 人の形をしていても彼は人間じゃない。

 魔王だ。人類の敵だ。

 

 彼の言い分はアニメや漫画の世界ならヤンデレというレッテルを張られるそんな内容が多い。

 間違いなく人格は破綻しているけれど私に敵意を向けてきたことはない。

 

 私の前では「はひふへほと」言いながら去っていく黒い菌を思わせる言動が多かった。

 自分勝手な言い分も不器用さからくると思えば愛嬌がある。

 

 根は良い人だと思い込んでいた。

 周りが悪すぎるせいか彼をおかしいと思えなかった。

 

 決定的な瞬間が来るまで私は最悪の可能性から目をそらしていた。

 自分に都合がいい未来を期待し続けていた。

 

 魔王と勇者は争い合う必要はない。和解できる。心を開いて話し合えば何でも解決できる。

 

 繰り返し唱えればそれが事実である気がする。

 現実を目の前に突き付けられても破滅の予感を否定する。

 

 

『君の善意や博愛は無意味だ。自分では何も行動せず神へすがる人々と同じだね。不愉快極まりない』

 

 

 特定の神様を信仰していた記憶はない。

 何でもかんでも神頼みをした覚えだってない。

 

 お正月はおせちを食べて、二月はチョコレートを食べて、三月はひなあられを食べて、四月は花見でいろいろ食べた。

 五月は大型連休を楽しんで、六月は梅雨にうんざりして、七月はお祭りで食べ歩き、八月は毎日アイスを食べた。

 九月は休みボケが抜けてない、十月は焼いもを食べて、十一月は紅葉狩りでいろいろ食べた。

 十二月はクリスマスケーキと年越しそばを食べる。そんな生活の記憶しか私にはなかった。

 

 神社にお参りに行くし、おみくじも引くけれど叶わないと困ることを神様に頼んだことはない。

 神様がいたとしても助けてなんてくれない。

 自分で自分のことをしないといけないのは私が子供でも分かってた。

 

 けれど、彼には私が神に祈っているように見えるらしい。



『何もしてくれない神よりも俺を頼るべきだろ。目の前にいる俺に』


 

 そう言って神父さんか牧師さんか分からない神殿関係者を彼は皆殺しにした。

 私を元の世界に帰す方法を知っている人たちが死んでしまった。

 頭の中の冷静な部分は私に破滅とか絶望とかそういうバッドエンドなイメージを突きつける。

 血の香りのする現実こそが真実でハッピーエンドの大団円は実現不可能な幻想だと訴える。

 

 

『君のお願いはいつだって俺が叶えてあげる』

 

 

 とても心強い言葉に思わず私は泣いた。

 神頼みはしないで自分を頼れという主張は血だまりの中じゃなければ嬉しい。


 そう、彼の存在は嬉しかった。


 味方が誰一人いない場所で友達になってくれた彼を心のよりどころにしていた。

 彼が魔王だと知っても戦わなくて済んでよかったと安心するぐらいに打ち解けていた。

 そう思っていたのは私だけだった。

 

 

『これから君を殺し続ける』

 

 

 嫌だと言う前に彼の手が私のお腹に突き刺さる。

 彼は私に敵意を向けない。ただ殺意はあったのかもしれない。

 

 意識が途切れる前に「剣を使わず、素手でいったのは愛だよね」と聞こえた気がする。

 そんなわけないと否定できていたら恐ろしい日々はもっと早く終わりを迎えたのかもしれない。

 

 私は幼かった。彼を説得する言葉が思いつかなかった。

 

 

 そして、十五歳の誕生日を迎える前に私は、死んだ。

 

 

 不死者なのに、死んだ。

 

 

 

 

 

 

 目を覚まして咳き込む。

 口の中に土が入っていた。

 

 身体を折り曲げて呼吸を整えながら胸やお腹に触る。

 服に穴が開いている。傷はどこにもない。

 

 小竜のりゅーりゅーがガルルと犬のような声を出す。

 本来はペットにしない小竜。

 両親に頼み込んで家に置いてもらった。

 人の言葉はしゃべらないけれど、りゅーりゅーはとても賢い。

 

「りゅーりゅーりゅりゅーりゅー」

 

 高速で名前を呼んで抱きつく。

 ル~ル~と歌っているみたいで気持ち悪いと妹に注意されたが、死んで生き返ると体温が恋しくなる。

 物理的に冷えたわけじゃない。

 とても心細くひとりじゃ安定しない。

 得体のしれないものが身体にまとわりついている気がする。

 

 深夜に目覚めて真っ暗な廊下を歩いて用を足さないといけない恐怖の億千倍だと思う。

 

 しばらく「りゅーりゅー」言いながら温かな鱗に頬ずりをしていた。

 小竜の鱗には血が通っているので温かい。

 鱗は高級品らしいけれど、無理やり鱗をはがすと出血する。

 生え変わる時期があるので痛い思いをさせずに鱗は手に入る。金を産むにわとりみたいだと思う。

 それでも、小竜を飼うことが一般的ではないのは竜はバカで獰猛だという思い込みがあるからだ。

 ひかりものが好きらしい竜は装飾品過多なお姫様をさらうことが多かった。

 お姫様はサバイバル経験などないから竜にさらわれて身ぐるみはがされたらお城に戻ることはできない。

 竜がお姫様に興味がなくてもお姫様が竜の巣から出て生き残れないのだ。

 小竜も腐っても竜なので宝石や貴金属が好き。

 鱗が高級品とはいえ取り扱い注意な生き物の飼育はハイリスク。

 けれど、りゅーりゅーは卵から私が孵したので一般的な小竜とは違う。

 とんでもなく賢くていい子だ。

 

 今日も殺されて土に埋められた私を掘り起こしてくれた。

 

 そろそろ生え変わりの時期なのか鱗が全体的に硬い。

 生え変わった直後は見た目に反したぷにぷにな弾力の鱗になるので楽しみだ。

 手足の感覚が麻痺したような寒さがゆっくりと消えていく。

 ちなみにお風呂に入って温まったりすると一気にリラックスして死んだことなんかスパッと忘れてしまう。

 さすがにお湯をいっぱい使う湯船は入りたいといっても簡単には入れない。

 異世界は世知辛い。

 

 

 りゅーりゅーはお利口なので時間を教えるように尻尾で私の腕を叩いてガルルと鳴いた。

 

 

 時計がないので当てずっぽうになるけれど、お腹が空いたのでそろそろお仕事の時間だ。

 私の仕事は王子様の毒見役。私がいないと王子様は食事ができない。ちょっとしたお茶も私が毒見することになっている。

 だから令嬢としての教養を詰め込む時間を投げ捨ててペットよろしく王子様といつでも一緒。

 庭でひなたぼっこしてのんびりしていたのは珍しい時間の使い方だ。

 

 いつもと違うことをしたから王子様の婚約者にめった刺しにされて庭に埋められた。

 それなら悪いのは殺された私なんだろうか。

 

 兄にはあっちこっち出歩かないように注意されていた。

 注意を守らないから痛い目に合う見本なのかもしれない。

 でも、十歳の子供なら不作法やミスも許される気がする。

 それは私の前世の感覚でこの国や世界の常識とは違うのかもしれない。

 兄の小言がおさまらない理由が私にあるのか兄の性格によるものなのか。

 

 前世はそんなにバカだった覚えはない。

 勉強をしなくても暗記系以外はいつも高得点だ。

 勇者としてこの世界にやってきた一年にも満たない日々は断片的にしか思い出せない。

 それよりも前の自分のことの方がしっかり言える。

 

 おじいちゃんおばあちゃんが最近の記憶より子供のころの思い出を鮮明に語れるようなものだろうか。

 

 首をかしげる私をりゅーりゅーが急かす。

 穴だらけ血だらけ土まみれのままで王子の前にいけない。

 

 りゅーりゅーが私の髪についていたらしい葉っぱを尻尾で払い落としてくれる。

 優しくて気が利く良い子だ。

 全人類みんなりゅーりゅーみたいだといい。

 竜を野蛮だと見下す人たちは行儀のいいりゅーりゅーに驚いてもらいたい。

 ガルルと鳴くりゅーりゅーがかわいくて好きだと口にしようとして血の気が引く。

 

 

 死ぬといつも見る魔王との記憶。死ななくても、ふとした時に甦る。

 彼は何度となく言っていた。

 

 

『君は俺を愛するべきだ』

 

 

 私を何度となく殺しながら彼は微笑んでいた。

 魔王なら勇者に危害を加えるのが正しいのかもしれない。

 けれど、彼はそうじゃない。

 私が彼を避けたら彼は近くにいる子供たちを殺す。

 それを私に教えた上で私を殺す。

 生き返りたくない。痛い思いをしたくない。

 そういう弱音を口にしたら最後、子供たちの最期だ。

 彼は喜んで私ではなく子供たちを直接殺すだろう。

 子供たちがいなければ私がわざわざ殺されて時間を稼いだりせずに彼から逃げる。

 すぐに見つかってしまうとしても魔王に私は敵わない。

 


『これが、愛だろ?』

 

 

 違うと訴える前に私はいつも絶命する。

 彼は自分の言動に自信を持っている。

 

 偉い人に誰も意見が言えないのかもしれない。

 

 

 この記憶が前世でのことで周りに魔王がいないと分かっていてもりゅーりゅーにすら好きだと言えない。

 魔王の反応を考えて言葉が出なくなる。

 

 馬鹿馬鹿しい妄想だけど、ときどき魔王が近くにいるような気がして仕方がない。

 逃げ切れたと喜んでいた私をずっと見つめていたなんてことはよくあった。



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