幻視の森
緑。見渡すかぎりの緑。
広大な緑地に惹きつけられる赤。辺りにはこれでもかとそころどころに聳え立つ木があり、その木に実っている赤い果実が自身の存在を主張している。
「あ、あー。どこだ? ここは……」
そこに参ったとでも言いたげな声が響いた。それは勇者に盾にされ、突然の事に全く対処が出来なかった神月 悠その人である。
あの時悠は、そこが王城の公の場であったこと、周りにたくさんの強者が集まっていたこと、他にも色々な要因が相俟って油断していた。それは自身を狙ったことじゃなかったとしても結果的に被害は自身に来た。
(あの野郎。いつか、絶対ぶん殴ってやる)
そんな決意を新たに拳を握りしめた悠は現状を確認するため周りを散策する。
日本ではまず見ることはない深い緑。近代化が進んだ残りかすのような日本では再現出来ないような森林に、木々が所々に絶妙なバランスで配置され、下は綺麗な栗梅色の土がある。そしてそこから生える色とりどりの鮮やかな草花。木々は生い茂ったその緑に赤色の果実を実らせている。
なんとも言えないとても綺麗で芸術的な光景だったが、それと同時に感じる生命の危険。"この場所は魅せられ囚われる場所"そんな感じがした。
「なんか、わかんねぇけど……。あんまり良い場所って訳じゃなさそうだ……」
声に出して何かを言わなければ全てを持っていかれそうなほど感じる危険に、その場で無意識に身震いする悠。
「早く……人に会いたい」
***
『幻視の森』
それは無いものがあるように感じる場所。また、その森自体も見付けることすら困難な場所。そんな特有の性質を持つ特別な場所。別名"不可視の森"。
しかし、真に危険なのはこの森の特性だけではない。この森に住む魔物達は全てが凶悪で、全てがA級以上の魔物しかいないのだ。
シュヴァルツでは多種多様に種族が存在するが、そのどれもがこの森を恐れた。中には強者を見出す者がこの森を目指したが、その全てがことごとく自身の無力さを痛感して死んでいった。
しかしそれでもこの森を目指す者達は居る。それは自身の力を過信した者達ではなく、自身の身の程をわきまえず欲に溺れた者達。幻視の森はその特性から危険な場所として正式に種族間で決められ不可侵条約を結ばれているが、条約を結ばれたのは危険だったからという理由だけではない。危険以外の理由。それは各国が森を目指したからだ。
幻視の森は豊かな資源に恵まれた土地であり、各国が喉から手が出るほど欲するもの。そんな場所を各王達は自身の領土にしようと何万という数の軍勢を率いて幻視の森を攻めた。しかしそれは幻視の森の領域内に入った瞬間に跡形もなく消え、後には何万という兵を犠牲にし、なんの成果もあげられなかった結果だけが残った。故に王達は決めた。自身達で支配できないのなら、互いに支配出来ぬよう不可侵条約を結んでしまおうと。
それでも、生きては帰ってこれないとわかっていながらも欲に溺れた者達は欲し、幻視の森を目指す。
魔族でさえも干渉出来ない魔物達。精霊や妖精、ましてや獣人でも同化出来ない自然。龍族でさえも侵せない空域。そこだけ世界から切り離されたかのような別格の場所。
幻視の森。それは魅了され朽ちていく場所。
生きて帰った者はいないと言う。
***
ーーグゥゥ。キュルルルル。
「はぁー。腹減った」
あれから数時間、歩き回っていた悠は自身の空腹を訴える音でげんなりとする。
帰る手立てが見つかるわけでもなく、かといって食料を見つけられるわけでもなく。非常に最悪の状態だった。
「ここは一体何処なんだよ……」
つい弱音を吐きそうになり咄嗟に口を噤み空腹のせいだと誤魔化す悠。そんな悠の目は、前に聳え立つ木に実る赤い果実を捉えた。
「あれって、食えるのか?」
何時もの彼だったらしない行動。
木に登り果実を掴むと、一思いに引きちぎる。そして鑑定すら使わず口に運んだ。
途端、広がる甘酸っぱい酸味に、空腹だった胃はそれだけで元気になる。しばらくその美味を味わっていると突然身体を、痺れ、硬直、倦怠感、石化といった他にもあらゆるものが襲った。
その全てが自身の身を襲ってくる恐怖で気絶しそうになるが、断続的に来る痛みでそれも許されない。特に石化なんかは恐怖でしかなかった。右手だけという狭い範囲であるが、自身の手が石になっているのだ。無理に動かそうものなら壊してしまうかもしれない。そんな恐怖と共に数時間大人しくしているとあらゆる効果が解け、身体に自由が戻ってきた。もちろん石化も解け、恐怖からも解放される。
「一体……。てか、果実怖っ!」
悠はやっぱり拾い食いはしちゃ駄目なんだなと反省し、赤い果実を鑑定する。
ーー鑑定ーー
『状態異常の実』
食べるとあらゆる状態異常が捕食者を襲う。
数十分から数時間の間効果が持続する。
反転作用:あらゆる状態異常の耐性を付与する。
なんだか物凄い物を食べてしまった後悔とそれでもこの実を食べて空腹を免れた複雑な思いを抱いていると最後の文に視線を向けた。
「反転作用? なんだこれ。……付与ってことは授けるってことだろ? つまりこれを食べたことで俺に何か授けられたってことか?」
ーーステータスーー
神月 悠
LV.1
種族:人族
職業:
HP:100
MP:20
STR:1
AGI:1
VIT:1
INT:1
DEX:1
LUK:1
ユニークスキル:
スキル:鑑定、言語理解、状態異常耐性
属性魔法:なし
称号:異世界人
悠は自身の推測が正しいか確認するためステータスを開く。相変わらず残念なステータスの下側スキルの欄。そこに今までなかった状態異常耐性という言葉に自身の考えが当たっていたことに満足し、状態異常耐性を指でタップする。
・状態異常耐性……あらゆる状態異常を防ぐ。
そのまんまな説明文に確認する必要もなかったなと苦笑しステータスを閉じる。
何時間も歩き回りそのうえ状態異常にもなった悠は、身体的にも精神的にも限界が来ていたのでその場で休憩することにした。
それがまた次の波乱を生むとは知らずに……。
ここに来てやっと勇者達とばらばらになりました。
まだまだ弱いです。