黒の独白
お久しぶりです。
一年ぶりの更新となってしまい大変申し訳ないです。
――遥か昔、この大地は生息する全ての種族のものだった。生息する生物は種族の壁を感じずに何不自由なく、皆で協力し合いながら生きてきた。
獣人はその素晴らしい身体能力を活かして獲物を狩りに行き、魔族はその強さから賊からの門番を、精霊と妖精は自国の情報を、人族はその賢さから参謀を、竜族はその翼で領空の見回りを、神族はその優しさから皆の世話や家事を。そうやって多種族同士で支えあって生きてきたのだ。
しかしそんな生活も長くは続かなかった。
この種族の中で頭を担当していた人族の男が皆を裏切り魔族の女を騙し殺してしまう。それから次々と人族の男は皆を殺して行った。
いつの頃からか狩りをやめ、連れてきた女と情欲に溺れ行為に明け暮れる獣人。相手の女に協力させて締め殺し、めんどくさいと何もしなくなった精霊を寝ている間に刺し殺した。そして、いつからか神族の美貌に嫉妬の念を抱いていた妖精を薬漬けにして殺し、種族間の争いもない平和な世界に安心し、見回りをしなくなった竜族の男を溺死させた。最後に残った神族の女は全てを悟り絶望の中で息をひきとった。
皆を殺し一人生き残った男は自分の行動になんとも言えぬ高揚感と驚きを抱きながら大地を彷徨う。そんな彼は最後、誰にも看取られること無く孤独な中絶命していった。
*****
悠は焚火で暖をとりつつ目の前に座るブランに視線をやった。
電話越しのノワも何を言うでもなくずっとだまってことの成り行きを見守っている。
「つまりさ、この事件があったからこの世界の種族はみんな敵対しあってるってこと?」
「そう。この世界は種族別に罪があるの。人族は強欲。獣人は色欲。魔族は暴食。精霊は怠惰。妖精は嫉妬。竜族は傲慢。そして、神族は憤怒って感じで……」
「んで、この状況下でそんな話をするってことはその事件の現場になったのがここ、幻視の森ってわけか…」
「え、なんでそれわかったの?」
「話の流れ的にそうかなって。だってそうじゃなきゃ突然すぎるだろ」
あれから数分後、唐突に歴史を語り始めたブランに黙って話を聞いていた悠は何故自分がこの話をされているのかを考え、結論に至る。それはこの話がこれから幻視の森を出るために必要な予備知識なのだと。
「さすが悠だね! その通り。もうなんとなくわかってると思うけど此処から出る為にはその種族間で争いが起きたと呼ばれる七種族が暮らしていた家に行かないといけないの。そこに最後に人族が残した起動陣があるはずだよ」
その家は言わば種族間の争いが起こった元凶の場所。
いろんな意味でこの世界の常識を形成した場所でもある。この世界で種族間の争いとはどの種族にとっても重要でそこには超えられない壁が存在する。そんな問題を成してしまったこの世界の始まりの場所なのだ。こんな状況下でなければそんな所に行くことなど無かっただろう。これもまた、何かの運命なのか。彼は嫌なフラグをびしびしと感じながらも、善は急げとでも言うかのように意気揚々と準備を始めるブランを見つめるのであった。
『神月 悠。これはブランとの約束ではなく、私の個人的な質問。……おまえはブランを守りきって見せると約束できるか?』
ブランが準備に没頭している間に悠に語りかけて来たのはこれまでだんまりを決め込んでいたノワの存在だった。ブランには聞こえないようにわざわざ端末の設定をスピーカーから元に戻すように促した彼女に、緊張した面持ちで端末を耳元に当てる悠が静かに答える。
「ああ、たとえ俺は世界とブランを天秤にかけたとしてもブランをとるよ。俺の存在理由はこれまでもそしてこれからもブランとの約束のためだからな」
あの日、自分には価値がないと泣いていた少女。
あの日、自分が生きて行く理由を見出せなかった少年。
存在を認められなかった少女と存在を否定され続けた少年。そんな二人は出会い、互いに認め合い絆を深めた。その記憶は今もまだ悠とブランの中で生き続けている。だからこそ彼は迷いなく答えることが出来るのだ。
――俺は何があってもブランを守り続ける……と。
『そうね。貴方にはそれでいてもらわなくちゃ困る。貴方の覚悟、ちゃんと聞いた。これならブランを任せられる。これからもあの子を、私の可愛い半身をお願い』
口調も元に戻し、幾分か砕けた声色で返ってきたその言葉を最後に、凛々しい声は消え無機質な音だけが耳元に当てた端末から流れる。
最後の彼女の言葉にはいつもの人間を馬鹿にした態度とは違う感情のこもった、それこそ人間らしい感情が垣間見えていた。
彼女の不安と安心。たくさんの物が入り混じったその声で混乱する頭を他所に世界は回って行く。
一方その頃、ブランはこれからの為に空間を使った神力を用いて荷物をまとめているところだった。といっても、仮りとして拠点にしていたこの洞窟にも最近来たばかりのブランにも大した荷物や準備があるわけではないのだが。
それでも準備をすると言いその場を離れたのは本当に荷物をまとめたかったからではない。悠とノワに話をさせる為だ。先程の会話がノワの納得に至るほどではないことは重々承知していた。元来ノワという人物は何者にも無関心なのだ。特に人間という括りに至っては下に見ている傾向がある。しかし彼女にも無関心ではいられない存在がいた。それこそが彼女の半身であるブランなのだ。
そんな彼女が自分をここまでにさせた彼に興味を抱き、見極めていることも知っていた。自分がフォローに入って二人の仲を取り持つことは容易であろう。むしろそっちのほうが円満に上手くいく可能性が高い。しかし彼女はそうはしなかった。それは彼女が意地悪だから、二人の仲などどうでもいいと思っているからなどではない。二人でないと意味がないとわかっているから。そして、純粋に二人を信じているからだ。
彼女だったら自身の意見を感情論で押し通すことなどなく、ちゃんと客観的に考え冷静に判断を下す。たとえそれが彼女にとって納得いかないことであったとしても。
彼だったら絶対彼女を認めさせることができる。
根拠はないが、ブランはこのとき確信していた。絶対に二人なら仲違いすることはないと。自分が大好きな二人を信頼しているからこそ、ブランは自分から離れた場所で会話が終わるのを待ち続ける。
「ブラン! 準備は終わったか? そろそろ行くぞー」
程なくして、自分を呼ぶ元気な悠の声が聞こえ、安心したように満面の笑みを作ったブランは返事の代わりに、待ってましたとでも言うように彼に向かってかけて行く。
「ところでブラン。そんなに準備することあったのか? 俺なんて何にもないから手ぶらなのに」
そういって掌をおどけたように見せてくる悠。
「それは空間魔法で全部適当に入れてるからでしょ。それに私は悠と違って女の子なんだから色々あるのよ。色々」
ブランは自分がその場から離れたことを疑問にも思っていない彼に、突っ込まれずに済むと安心するとともに鈍感な悠に腹を立て、棘のある言い方をしてさっさと先に行ってしまう。
「なんでブラン怒ってるんだ? お、おーい! 急にどうしたんだよー!」
ブランが何故怒っているのか理解が追いつかない悠はさっさか先に行ってしまう彼女の後を必死に追いかける。
一足先に洞窟の外へ出ていた彼女を追って早足で洞窟内を駆ける悠だったが、洞窟外へでた途端その歩みを止め、目をしかめる。暗闇から突然明るい光を浴びると目の前が真っ白になる現象。所謂、明順応という現象が発生し、刺激を弱めるため無意識にしかめっ面を作る悠であった。
「悠、すっごい変な顔してるよ」
先に外に出ていた為、光の刺激に慣れていたブランは悠のその顔をみて笑い始める。何処か変なツボにはいったのか笑い続けるブランの声が幻視の森に響き続ける。
「そこまで笑うことないだろ〜」
照れながら歩いて行く青年と、笑いながらその後を追いかける少女。そんな楽しげな二人の様子は周りの魔物達も攻撃を仕掛けるのを躊躇うほど甘ったるい雰囲気を醸し出していた。
*****
いつでも黒の空間に彼女はいる。
彼女が望もうと望むまいとこの空間から出ることは叶わない。それはシュヴァルツの守護者としての責務と制限による誓約のためだ。
黒は身体の拘束と場による制限を。
対の存在は精神の自由を。
そうやって互いを縛り合い保っている。それは、立場ゆえの誓約。
互いに願い、互いに縛りつけ、互いに守り合う。
しかし、この状況も変わりつつある。
それは神月 悠の存在である。
彼の人生は過去に少女と接触したことで大きく変わってしまった。それは彼と接触した少女も同じこと。彼等の出会いは世界にとってイレギュラーなことだった。
そして偶然は必然に変わり彼等は再会した。
「私はあなた達の出会いを喜ばしくも妬ましいとも思ってる。対の存在が笑顔になったことを嬉しいと思う反面、あなたを解き放ち安定させた彼の存在を妬ましいと思っているの。自分でも最低だって思ってる。自分にはそんなこと思っていい権利なんてないのにね。私はあなたを縛り、彼はあなたを自由にさせた。あなたを護るためと謳って私はあなたを閉じ込めた。これが私と彼の差なのかもしれないね」
黒の少女はイレギュラーである彼に、複雑な想いを秘めながらも助力し続ける。それは対の存在を守る為、少女の笑顔を見続ける為に。
口先では冷たく言い放つ彼女であるが、心の奥底では誰よりも対の存在を想い続けている。その証拠に彼女はここから出たいと思うことはあっても絶対に出ることはない。もとより出れないという制限があるのはもちろんだが、彼女が本気で出ようと思ったことはない。
ここ、黒の空間は言わば白の少女の空間。そして約束の地でもある。そんな場所から一歩でも出てしまえばただでさえ誓約で縛られている白の少女の精神は崩壊してしまう。同時に彼女達の誓約は破られ、責務を果たすことができなくなってしまう。
少女と世界どちらも想う彼女には到底出来ないことだった。
彼女が自嘲気味に笑うと同時、突如先程まで使っていた端末が鳴り響く。地球にある文明の産物をモチーフに彼女達が創り出したこの端末は無機質な音を延々と響かせる。先程まで使っていた為か思いの外強く握り締めていたせいか、はたまたそのどちらもだったのかは定かではないが彼女の手の中で震え続けるその端末はほんのり熱を放っている。
おずおずと画面を開き耳に押し当てる彼女に緊張が走った。
『こんにちは。お久しぶりですね、ノワール』
聞くだけなら耳から鼓膜へ綺麗に流れていく爽やかなアルトボイス。男にしては高く、女にしては低い。そんな性別をあまり感じさせない声が端末越しにノワの鼓膜に響く。しかしその声でそれが誰からの通話なのかが瞬時にわかった。それが好青年の男の形を成した闇の存在なのだと。
「なんのよう」
無表情でいつも以上にぶっきらぼうに言い放つノワ。
『ひどいですね、久しぶりなのに。嫌われてるのはまぁ、仕方ありませんが』
「そんな御託はいい。なんの用だ」
『怖いですねぇ。今すぐにでもこの通話を切りたいって感じですね』
そう、この相手がいう通り、内心ノワは一刻も早くこの通話をやめたくて仕方がなかった。しかしそれをしないのはそんなことをしても無意味だと理解しているからだ。自分がこの通話を切ったところでこの男は目的を達成するまでどんな手段を使ってでも、ノワにコンタクトを取りに来ることは容易に想像できた。どんな手段でもだ。なら、他が巻き込まれていない今のうちに相手の用件を済ませたほうがよっぽど効率的である。
「わかっているならはやくして」
『わかりましたよ、そんなに睨まないで下さい。可愛いお顔が台無しですよ? ま、話を戻すとしましょうか。私があなたにコンタクトを取った理由は勇者召喚についてです』
「…勇者召喚……? あーなるほど。お前はなんで私が勇者召喚の邪魔をしたのか聞きたいわけか」
『ええ、あなたにメリットはなかったはずだ。それなのにあなたは勇者召喚に介入してきた。それどころか、あたかも自分が召喚したかのような口ぶりで勇者たちを誘導した。その真意を聞きたくてね』
「なんでってそんなの決まってる。私の世界で好き勝手されるわけにいかないから。そんなの当たり前」
『なるほど。まぁ、それならそれでいいでしょう。今のところはその理由で納得しておきますよ。けど、忘れないで下さい。ワタシタチハコノセカイモスキデハナイということをね。それでは失礼しますね』
「……」
抑揚の無い平坦な声で男は語り、去っていった。
まるで機械のような声で言いたいことを告げるとぶつっと何かが切れるような音を発し通話が途切れる。
緊張の糸が解け、その場にへたりと座り込むノワ。しばらくの間、彼女がその場を動くことはなく、ただただ時だけが過ぎ去っていく。
黒の空間には、しゃがみ込み続けるノワの存在だけがあった。
お読みいただきありがとうございました。
更新遅くなりまして本当にすみませんでした!




