勇者side その後……2
「本当にあれで良かったのか。あの時私は何も出来なかったのか……」
帝達クラスの者達と一緒に異世界転移してきた新谷風香は豪勢な部屋のこれまた豪勢なベッドの上で悶々と先程の謁見の間での出来事を思い出し後悔していた。
ぶつぶつと独り言のように呟く新谷のその様子は後悔と圧倒的罪悪感で満たされている。元々正義感の強い彼女には悠の一件が重くのしかかっていた。あの時自分が犯人に気付いていれば。あの時自分がもっと強ければ。そんなことばかりが彼女の内を満たし、思考が延々とループし続けていた。
「あれは……私の力不足だ」
「ふふっ。貴女は本当に美しい。しかしそれゆえ厄介ですね」
彼女が後悔と罪悪感の渦に沈んでいると、突然の暗闇からの声で一気に覚醒する。
「ッッッ!?」
驚きつつもすぐに戦闘態勢に入り声がした方へ視線を向ける。そして一点を睨むとすぐさま短剣を投げつけた。
「おっと。流石ですね。彼とは違って冷静に状況を分析し対象を排除。しかも狙いも違わず」
(!? 確かに当たったはず……。なんで無傷なんだ。もしかして少しずれた? いや、当たったのは確かだ。手応えもあったし、なにより目の前のこの男が自分で言ったんだ。じゃあ、勇者である私の攻撃が効かないほどこの男が強いってことか。確かにそれはありえるかもしれない。外は誰も騒いでいない、てことは王城に誰にも気付かれずに入ってきたということそんなこと普通なら不可能だ。それにさっきの私の攻撃、STR全力を注いで投げたんだ。その証拠に短剣が突き刺さってる壁は凄いことになってる。普通なら音で周りの侍女達が気付くはず。なのに誰も来ないし騒いでる様子もない。つまりこの男が何かをしたってことだ。警戒を怠らないように。こんなところでは死ねない。強くなるって決めたのだから)
彼女は一瞬で思考を巡らすと、男を真正面から睨みつける。男の手に武器が無いことを確認すると静かに両手を下げた。しかし警戒は一切解かずに。
「ふふっ。貴女はいい度胸してますね。それでフェアにしているつもりですか」
その言葉と共に男の顔には嘲笑が浮かぶ。それはこの男が初めて見せた感情の変化。
「いや、フェアにしているつもりはない。貴方が戦うつもりがないのは見ればわかる。なら私も戦う道理がない。だったら話だけで穏便に済ませた方が良いだろ?」
「なるほど。確かにそれもそうですね」
彼女の言い分に納得したように再びニコリとした笑いを作り出した男。
「……」
対して彼女は油断無く男を見据えていた。
「ふふっ。そんなに警戒しなくても今日はなにもするつもりはありませんよ」
そんな彼女の様子に、なにもかも見透かしたように肩をすくめる男。
「で、貴方は誰で何の用だ?」
彼女の返しに「ほう」と感心したかのように笑ってから口を開いた男。
「失礼しました。私のことはお好きなようにお呼びください。……それと、今日は何かをするつもりはありません。貴女にある提案をしに来ただけですので」
すると男は、到底彼女が承諾するはずもない言葉を吐いた。
「貴女、私と共に来るつもりはありませんか?」
「なっ!?」
頭がいかれてるのかと疑うような提案。
仮にも彼女は勇者である。対して男は少なくても勇者側ではないことは明白。それなのに男は彼女を誘った。それは本来ありえないこと。
なぜなら、男のこの言葉の真意は彼女に勇者達クラスメイトを裏切れと言っているのだから。
「貴方は馬鹿なのか? 私に彼等を裏切れと?」
「ええ。無理ですか?」
「あたりまえだ!」
「そうですか。残念です」
全く残念そうに見えない男は仕方ないと言いながらもう用はないと、影に紛れるように同化していく。
最後にこんな言葉を残して……。
「貴女、このままだと彼等に裏切られますよ」
***
薄暗く、小汚い部屋。生活するために最低限必要なものだけが詰め込まれた空間で、真ん中に縛られ座り込む女はコソコソと誰かが話し会う声で俯いていた顔をあげる。
「それで? あの者は吐いたのか?」
「いえ……。もうしばらくお待ち頂きたく……」
「良かろう。しかしまずは我が話す。今から我がいいと言うまで外に出ておれ。そしてここには誰も入れるな」
「はっ! お前達! 今すぐにこの部屋からでるのだ!!」
堂々とした足取りで小汚いこの空間に向かってくるのは赤い豪勢なマントを翻すこの国の絶対君主。国王である。その斜め後ろで頭を下げ、王と会話をしている者はこの国の頭脳である大臣。
王の命令に従うべく、すぐさま部屋にいる者達を追い出す彼。女以外、全員が居なくなると王を残しその場を後にしようと背後の扉に足を向ける。
「くれぐれもお気をつけ下さい。なにかありましたらすぐにお声かけ下さい」
しかしすぐに王を振り向くと、それだけを言い再び背を向け今度は本当に出て行った。
「さて、女。誰も居なくなったのだ。そろそろ良かろう。話をしようではないか」
「ふっ。話すことなど何も無い」
「我は貴様を逃してやることなど簡単なのだぞ?」
「私はあの方の命令にしか従わない」
「そうか、なら一つだけ問おう。お主もあの小僧も何故、心がない?」
その問いに女は動揺する。
しかし、そんな動揺を感じ取った王は尚も話を続けた。
「七種族、我らは対立し合い、その外見から中身、特技までその全てにおいて否定し合ってきた。しかし、そんな我らにも共通点がある。それは心だ。我が統一するこの人族の国にも心がある。我ら人族に与えられた罪は強欲。何かを欲し、時には手段を選ばず獲物を得ようとする滑稽さ。しかしそれには何かを欲する心がある。感情があるのだ。しかしお主とあの小僧からはなんの心も感じない。お主にはあの小僧に対する従属心しか感じない。あの小僧に限っては無だ。表面上笑っているように見えるがその奥を見てみればただの無。お前達は本当に何者なんだ? お前達は本当にこの世界の種族か?」
「何を言い出すかと思えば。じゃあなんだ? 私やあの方はこの世界の住民ではないと? それでは私達はあのお気楽な勇者共と一緒にされてしまうのか? 気色悪い。例え心が無かったとしたらそれがなんなんだ? 確かに私にはお前達のような嬉しさや悲しみを感じるようなこころは持ち合わせてはいない。しかしお前達それぞれの国に適用出来るくらいの真似ならできる。お前達が思う、嬉しいと思う時に私は笑うことが出来て、お前達が思う、悲しいと思う時に泣くことだって出来る。心からのものじゃなくたって表面上ならそんなの簡単に出来る。それで何が悪い? お前達だってそうだろう? 悲しいなんて思ってなくたってその場に合わせて泣いたりする。結局は価値観の差だ」
先程までの動揺など無かったかのように一気にまくし立てた女に王はしばらく沈黙を貫いた後、静かに口を開いた。
「……貴様は本当に七種族が嫌いなのだな」
「ああ、嫌いだ。お前達が持つ罪も、それを定めた神もな」
「そうか。今日は有意義な話が出来た。我はそろそろ退散するとしよう。脱獄するなら夜中にすると良い。今夜は勇者共と我ら重役が一同に介す夜会だからな」
突然それだけを言い残し、去っていく王に女は何も言わずそのあと姿を眺めていた。




