勇者side その後……
かなり遅くなりました。
すいませんorz
時間は遡り、悠が幻視の森に飛ばされた後の謁見の間では、不安が募っていた。
貴族は、賊を王城に入れてしまった不甲斐ない騎士達に対する不安を。
国の者は、ただでさえ戦意を喪失している勇者達の同胞を何処かに飛ばしてしまったことに対する不安と、勇者達のリーダーである帝流星に対する不安を。
たとえ嫌っていたとしても同胞をなんの迷いもなく身代りにする勇者の人間性を疑った。本当にこの者に我々の未来を託して大丈夫なのかと。我々の決断は本当に間違っていなかったのかと。
「皆の者。色々と思う事はあるかと思うが、一旦おひらきとする」
王の言葉を合図に次々と行動を開始し、謁見の間を去っていく者。
勇者達は侍女に連れられ部屋に戻っていき、貴族達はこんなところに長居は無用だと言わんばかりに我先にと去っていく。
残ったのは王と臣下のみ。だが、王のひとりにしてほしいという言葉で臣下達もしぶしぶ下がっていく。
広い空間にガルシアの身じろぎと息遣いだけが響き木霊する。
「失敗だな。しかしあれは使いやすそうだった。あながち失敗でもないのかも知れん。問題はあの女だ。あの男を変わりに飛ばしてくれたのは助かったが、なまじ力を持っていたあの女のほうが……。そうは思わんか?」
不可解な独り言に突然の問いかけ。普通だったら頭がおかしくなったとしか思えない光景。しかし、ガルシアは悠然とした態度で座っているだけ。
やがて、ガルシアが座っている玉座の後方から一人の男が現れる。
にこにことした笑いを浮かべ、綺麗に整えられた黒い短髪に彫りの深い顔。見てくれは爽やかな好青年といった容姿。
しかし、それは青年の目がしっかりと笑っていればの話。青年をよく見て見れば、彼の後ろに薄らと黒いもやのようなものが見える。それは彼のスキルであり彼の意思でもある。
そしてそれは彼の闇の深さでもある。
「確かに、女は厄介です。しかし私は、あの男で良かったとも思ってますよ。あの男、この世界を救うと勇者達が承認したとき、一人だけ貴方を真っ直ぐ見据えてましたからね」
「しかしあの者は力を持っていなかった。正直いてもいなくてもどうとでもなったと思うが?」
「ふふっ、甘いですね。力だけが全てではないんですよ? それに……」
しばらく流暢に喋っていた青年はそこで意味深に言葉を濁す。
「それに。なんじゃ?」
「いえ、なんでもありません」
当然、言葉を濁されたガルシアは不服そうに眉をしかめるが、それ以上青年に対して問い質すこともなく、話を変える前置きのように咳払いをひとつする。
「まぁ良い。だが、失敗は失敗だ。この始末どうするつもりだ?」
青年はその言葉を待っていたと言わんばかりにクスリと笑い喋り出す。それはもう大変愉快そうに。
「それなら、もう手は打ってあります」
「ほぉ。それはいかような?」
怪しげなその笑いに、ガルシアは興味を持ったように青年に話しかけるが青年は曖昧に微笑むだけ。
「すぐにわかりますよ。すぐに……ね」
その返答には流石に納得出来なかったのか、先程とは打って変わりガルシアは青年に詳細を促す。
「我は交渉相手であり共犯者じゃ。対等な立場としてお主と接しておる。それでも言えぬというのか?」
「ええ。楽しみは後にとっておいたほうが良いでしょう?」
王として威圧を込めた、威厳ある声で青年に問うが、それを意にもかえさない様子で青年は余裕を持ったまま微笑む。
「……良いだろう。今のところは期待して待っておる」
しぶしぶといった様子で折れたガルシアにあくまでも悠然とした態度を崩さない青年。
「ありがとうございます。さすがガルシア王。我が主もあなたのような方と交渉出来て大変満足でしょう」
「そうか。それは我もだ、お主らと交渉出来て良かったと思っておる」
「ふふっ。我が主もその言葉、お喜びになることでしょう。それではそろそろ失礼しますね」
その言葉を最後に、ガルシアが返事するよりも早く自身の闇に溶けるようにして青年は消えてしまった。いや、溶けるというより戻ったと言う様に。
「……厄介な相手だ」
本当に誰もいなくなった広間にガルシアの声だけが響き渡った。
***
きらびやかな調度品に彩られた豪勢な部屋に、長年仕えてきた熟練の美しい侍女達。
そこは彼のために用意された部屋。この世界に召喚された勇者達の筆頭、帝流星の部屋である。
彼は先程の謁見の間での出来事を考えていた。
(あれは、何か策略めいたものがあったのかもしれない。俺を狙って来るなんてそれくらいしか考えられないしそれに、あの女の犯人。人族じゃなかった気がする。ま、どっちにしても俺は助かったけどな。あの家畜のおかげで。近くに家畜が居てよかったぜ)
彼のカンは鋭く、的を射た考察をするが、すぐに満足して違う考えに走ってしまうことが彼の欠点であり、彼の弱点である。力とか物理的なものではない弱さ。
……だからこそつけ込まれる。
「こんにちは。帝流星くん」
自分以外誰もいないはずの部屋から突然の声。警戒心を一気に高めた流星は、声が聞こえた方に顔を向けるが、そこに人はいない。
「こっちですよ」
またしても同じ声が鳴り響き、なんとも言えない恐怖と焦りが増しながらもなんとか声を出すことに成功する。
「誰だ!?」
「失礼。私はあなたに危害を加えるつもりはありません。落ち着いて下さい」
遠くの壁からスーッと闇と共に浮かびあがってきたのは先程の謁見の間で王と会合していた青年である。
「ならなんの用だ」
「いえ、今はなんの用もありません。ただ御挨拶だけしておこうかと思いましてね」
挨拶するためにわざわざこんな所まで来たという青年に、一層の警戒心を高めた流星は隙無く鋭い声で質問を繰り出す。
「そんなことのためにこの部屋まで入ったと」
「ええ。ああ、でも、この事は誰にも言わないで下さい。私と会ったことはくれぐれもご内密に」
「なんで俺がそんなこと約束しなきゃいけないんだ」
「え? 約束してくれないんですか?」
あくまでも飄々とした態度を崩さない青年に流星の疑心は募っていく。
「あたりまえだろ! 今すぐにでも人を呼んだっていいくらいだ」
「それは出来ませんよ。疑うのなら呼んでみてください」
流星の脅しにも動じず、余裕な態度でニコリと笑ったまま首を傾げる青年に、困惑しながらも流星は人を呼ぶためのベルを鳴らす。
数分の沈黙。
普通なら鳴らした瞬間すぐにでも駆けつけてくる侍女達が数分待っても来ない。これは驚くべき事態だった。
「何故だ!? なんで来ないんだ」
焦った流星は部屋の扉に駆け寄りドアノブを捻るがそれでもその扉が開くことはない。
「だから言ったでしょう? 人を呼んでも来ませんよ、と」
「何をした!」
焦りと不安で興奮状態の流星は無意識に自身が身につけている剣に手を伸ばすが、その剣を抜くよりも先に青年の声が被せられる。
「まあまあ、落ち着いて下さい。私はただ、挨拶をしに来ただけなのですから。私のことを誰かに他言しないと約束していただければすぐに帰りますよ」
あくまでも挨拶をしに来ただけと言う青年に、言外に込められた言葉と圧力をかけられた流星はゆっくりと剣から手を離し無理矢理自身を落ち着けさせる。
「……わかった。このことは誰にも言わない」
「ありがとうございます。ご理解がはやくて助かります」
ニコニコとした顔をそのままでそう言ってのけた青年に、一層薄ら寒いものを感じながら無言で相手が帰るのを流星は待つ。
「それではまた」
その言葉を合図に、来た場所からまたしても静かにスーッと闇に消えていった青年。
流星は、青年が消えても尚、しばらくの間動けずそのまま呆然と立ち尽くしていた。




