真理
『万能なる知識を起動。知りたいことはありますか?』
端末自体を起動させるとすぐに聞こえてきたお決まりのこの音声。
「なあ、ここは何処なんだ?」
『ここは"幻視の森"と呼ばれるダンジョンです』
「幻視の森? 幻視の森ってのは確か、不可侵条約を結んだっていう?」
伊達に力よりも知恵を優先し本を読み漁ってきた男。幻視の森の大まかな歴史は知っていた。
『はい。幻視の森は昔、不可侵条約を結びました。七つの種族間でいざこざがあり、不可侵条約を結びざる得ない状態だったのです。幻視の森とはーー』
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺の知識が正しければ幻視の森って高レベルモンスター達がうじゃうじゃいて、生きて帰ったものはいないと言われている場所じゃなかったっけ?」
話を聞いていくたびに嫌な仮説が経って行き、悲観しそうになるこの状況を、一欠片の希望を頼りになんとかやり過ごす。
しかし、すぐにその希望は跡形もなく消え去ることになる。
『はい、その通りです。悠様が現在いらっしゃる場所は、世界で最も危険と評されるダンジョン。幻視の森です』
その台詞を聞いた途端、脳が理解を拒むかのように思考回路が全ての動きを停止する。しかしそれもそのはず、王国では城から追い出されないよう必死になって食らいついてきたのにも関わらず、こんな追い出されるよりも過酷な場所に放置され、自身は未だになんの力もなく無力なまま。己に残されたものはこの端末だけ。
『悠様、強くなれば良いのです。誰にも負けないくらい、強く。そしたら誰も悠様を貶すことなど出来ません。この世界の、絶対的強者に』
ーー絶対的強者。
その言葉は悠の心を引きつけ、掴む。何故か、この時だけは、端末の言っていることを単なる世迷言だとは思わなかった。何時もだったら"できるわけがない"とあっさり諦めていた言葉。しかし、今回だけはその言葉を真理だと思った。誰にも虐げられることのない人生。誰にも負けない存在。絶対的強者。
(ーー誰にも俺を否定させない)
その決意は深く、それは今まで悠自身の奥底に眠ってきた何かが弾けた瞬間だった。虐げられ、底辺で存在するしかなかった彼の下剋上。
獣は今、その重たい首をもたげ、その獰猛な性格の片鱗を見せる。
***
「うわぁぁーー!!!!」
しかし、決意をしてもすぐには強くならないのが悠クオリティ。
洞窟内を歩き出してすぐ、出会ったクマに追いかけられ逃げていた。
「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け! 話せばわかる。いや、言葉理解出来ないけどなんとかするし!」
喚きながら奥へ奥へと進んでいく悠は、いつの間にか洞窟の最奥へとたどりついていた。
しかしそれでも追いかけてくるクマに、とうとう行き当たりまで追いつめられる。
悠の背中が壁にあたり息を詰めるのと、クマの爪が悠を襲ったのは同時だった。
「ぐっ……」
蛇の時の奇跡はなく、致命傷は避けたがそれでも身体に深いダメージをおった悠はなだれ込むように壁を背にずるずると崩れ落ちていく。
出血量が多く、呼吸も思うように動かない。苦悶の表情を浮かべ虚ろな目を目の前に向ける。朧気に見えるその光景は、目の前の獲物を喰らおうと、もう一度鋭い爪が伸びた腕を驚異が振り上げた瞬間だった。
『条件開放。スキルを開放します』
脳内に響く機械的な声。言葉を理解するまで時間がかかった。しかし身体はもとからわかっていたかのようにそのスキルを使いだす。
目の前の驚異と同じように腕を振り上げ、驚異よりも素早く動く。その大きな巨体を右上から斜め左下までにかけて抉った。
自身にかかってくるとても生温かい何か。とても温かくて、気持ち悪くて、鼻につくこの臭いが嫌で、何とも言えない生命の飛沫。
それはクマの生きていた最後の証である。
クマはそのまま後ろに倒れていき、やがてぴくりとも動かなくなった。自身が使おうとした爪の能力と同じもので、この世界で驚異とはなりえない人間の手によって……。
(なんだ……。今の………。スキル? 確かに聞こえた。スキルを開放するって言っていた。完全理解を開放するって……)
クマの生命の灯火が消えてからしばらく呆然としていた悠だったが、だんだんと理解してきたのか、脳内で響いた声を思い出していく。
ーー『完全理解を開放します』
確かに聞こえた声。それは端末の声と同じ機械的な声。あの時悠は蛇の時とは比べものにならないくらいの死を感じていた。どうしようもない痛みに死の恐怖。それは悠の全てを支配していった。徐々に近付いてくるクマの腕をスローモーションで感じていたあの時、突然声が響いた。
完全理解。スキルの内容も使い方も知らなかったが、それでもそのスキルは悠が元々知っていたかのようにまるで身体の一部かのように不自由なく使えた。
『レベルが上がりました』
またもや突然響いてきた声に驚き壁に頭をぶつける。先程受けた傷も予想外に抉ってしまうことになり声にならない声を上げる。
「ぃ……」
しばらく出血が止まるのを待ち、ステータスを確認する。
ーーステータスーー
神月 悠
LV.6
種族:人族
職業:
HP:350
MP:50
STR:24(+5)
AGI:20
VIT:18
INT:15
DEX:22
LUK:16
ユニークスキル:完全理解
スキル:鑑定、言語理解、状態異常耐性、熊爪
属性魔法:なし
称号:異世界人、魔物殺し
自身の空欄だったユニークスキル欄にスキルが増えていることを確認し、その部分をタップすると説明文が表示された。
完全理解:目で見たり聞いたりしたものを瞬間的に理解して取得する能力。その全てを掌握し最大限能力を引き出す。
一度覚えたものは忘れない。
(なんともチートな能力だな……。つまり見れば見るほど聞けば聞くほど能力が増えていくってことか。それに最大限に引き出すってことは相手の能力を相手よりも上手く使えるってこと……だよな?)
説明文を見てから唖然としていた悠は唐突に端末を取り出しあるワードを打ち込む。
(そういえばこの端末。最初は音声ガイド絶対だと思ってたけど、日本でよくある普通のスマホみたいに使えてよかった)
普通のスマホのように使えるようになった端末の画面を見、打ち込んだワードを確認して検索する。すぐに出てくる検索結果に、わくわくとした気持ちで文面を読んでいく。
『スキル、魔力操作を取得』
そう、悠が打ち込んだワードは"魔力操作"。どの魔法を使うにもこれがないと使えないもの。悠は今まで教えてもらうことが出来なかったため、この端末への魔力供給も出来ず、極力電源をおとして使用していた。しかしそんな歯がゆい思いもこれからはしなくてすむ。
この魔力操作は魔力を直接操作して自在に扱えるようにコントロールするスキルであり、この世界で子供の頃から親に教わり取得するものである。初歩の初歩といっても過言ではない。かと言って一朝一夕に取得出来るものでもないが。そんなものを端末の説明文を読んだだけで取得できるこの完全理解というユニークスキルは本当にチートと言える。
「魔物殺し……」
完全理解と共に増えていた魔物殺しの称号に何とも言えない思いが込み上がってくる。それは無能の自分が魔物を殺せたという達成感か、それとも自分が生き物の生命を奪ってしまったという罪悪感からか……。はたまたそのどちらもか。
今の悠には理解し得ないことだった。
魔物殺し:魔物を初めて殺した称号。レベルアップ毎にSTR+1




