異世界転移
再投稿です。
ーー暗闇。それは誰しもを平等に呑み込む。
9月1日。楽しかった夏の長期休暇も開け、まだまだ暑い夏の一日。蝉の声が所々で聞こえ、虫達が大合唱を奏でるこの時期。人間たちは長期休暇が終わり、再び動き始める。特に学生がいい対象だ。そしてそれは彼も例外ではなく当然学校に復帰していた。
来る今日、長い一日が始まった。それは彼、神月 悠にとって深い絶望の始まり。
その日はいつもと同じ、毎日の延長線でなんの変哲もない一日のはずだった。しかしそんな毎日の繰り返しは、唐突に終わりを告げる。
それは一体どうしてなのか。何故、彼が毎日の延長線である平凡な一日から、全く異なった非凡な一日を辿ってしまったのか。
***
学校という作られたシステムは嫌に閉鎖的で、この世界のルールを嫌でも教えてくれる。
最も単純でそれゆえわかりやすい。
それがこの学校という名の小さな世界。
そこには当然、上下関係が出来上がってくる。弱い者は強い者に媚びへつらい、強い者は弱い者を蹂躙する。例えば今みたいに。
「おい、家畜。立てよ、ほら」
教室という名の小さな箱庭で一人の男子生徒が手を差し出す。行動とは裏腹に、ニタニタといやらしい顔で手を差し出すその人物は帝 流星。このクラスの最上位者である。彼に逆らうことは、この小さな世界で自殺をすることと同義である。つまり彼に喧嘩を売ることはこの小さな世界での死を意味する。
「おいおい。家畜は俺のことを無視か?」
彼はこれまで表向き、成績優秀・スポーツ万能・容姿端麗の三拍子揃った、絵に書いたような人生を送ってきた。だが、裏ではいじめを率先して行い、それがあたかもあたりまえかのような言動をする外道であった。今もそうだ。家畜と呼ばれた男子生徒は、腕を掴まなかっただけで無視をしたとして、元々横に伏せっていた身体を蹴られ痛みに顔を歪ませている。もちろん、腕を掴んだところで未来は変わらないことはクラスの誰もが理解していた。
「あーごめんねー。でも、悪いのはおまえだよ? 家畜のくせに俺の優しさを踏みにじるから。おまえさ、自分のカーストわかってる?」
全く悪びれた様子もなく、ヘラヘラと笑い混じりに言われた言葉に男子生徒は無言を貫く。
「おまえってほんとキモイ」
無言だったことが気に入らなかったのか。唐突にそう言い放った帝。
対する男子生徒はどこまでも無言を貫いた。
「外見も何もかも」
いじめを受けている男子生徒の見た目は、デブ、ブサイクと言われるようなものだった。マイナスの部分が強く、しいて良いと言えるのは身長が平均より少し高いという程度。一見して秀でたものはなかった。
「本当に、むかつく。だからさ、一回死んでくれない?」
その言葉に男子生徒は絶句する。いつも言葉だけなら言われ続けてきた死ねの二文字。それだけなら『ああ、またか』程度の気持ちで、驚きはなかったであろう。けれど、帝の手に握られたその刃を見て男子生徒は凍りついた。男子生徒だけではない、周りでその光景を楽しんでいた者達もだ。しかし権力者である帝に対して状況を打破することは誰もできなかった。
男子生徒の全身は今まで以上に悲鳴をあげ、その刃を見てまだ死にたくないと思った。
男子生徒は約束を思い出す。そう、男子生徒には忘れられない約束があった。その約束がこの辛い毎日をやり過ごせてきた活力であり、そのために生きてきたと言っても良いのかもしれない。それほど、忘れられない約束。そしてこれからも続いていく約束。
(だから......まだ死ねない!)
そう男子生徒が強く思った時、世界が歪んだ。
それは一瞬の出来事だった。帝の手に握られた刃渡り数センチの包丁が男子生徒に大きく振りかぶり、男子生徒が死ねないと強く願った時、それは起きた。
誰もが状況を理解出来ず呆然と立ち尽くす。
『ーーザァー。......皆さんこんにちは』
この時間、誰も使っていないはずの放送室から流れてくるスピーカーを介しての放送。
ノイズと共に流れてきた男とも女ともとれない機械的な声。
『あ、驚いてるって感じかな?』
愉しそうに話しかけてくる歪んだ笑い声。
『回りくどいのって好きじゃないから率直に言うね。ーー実は君たちのクラスは他世界からの勇者召喚に選ばれましたー。わーパチパチ。これで君たちも今日から勇者だ』
突拍子もないことを唐突に言い始めた不可解な声。
途端騒がしくなる音。
「え? なに? なにが起きたの?」
「意味わかんない。どういうこと!?」
「私達どうなるの......」
「おい! なんだよこれ! 勇者ってどういうことだよ!!」
状況を理解出来ていない者。
理解したくないとばかりに現実逃避する者。
泣きだす者。怒り狂う者。
冷静にこれからを考える者。
それぞれ多種多様に反応を見せるクラスの面々。
その中で男子生徒はなにもせず、ただ事の成り行きを見守っていた。
『うるさいな。もう少しだから黙ってて』
スピーカーの声が苛立った様子でそう言った途端静かになる教室内。もちろんそれは、彼等ががすごく聞き分けのいいお利口さんだったからではない。強制的に黙らされたのだ。このスピーカーの声の主に。なにをどうやったのか。この中の誰もわからない。ただ、一つだけ全員が共通して理解したのは、この声の主にとって彼等人類は取るに足らないモノなんだということ。そしてその理解は全員を恐怖で怯えさせるのには十分だった。
『うんうん。君たち下等生物はそうやってるのがお似合いだね。...それじゃあ時間もないことだし簡潔に言おう。さっきも言ったとおり君たちには異世界転移してもらう。なんで召喚されたのかとかは向こうで聞いてもらうとして、必要なことだけ教えておこう。召喚されるのはこのクラスとこのクラスの担任だけ。そしてその異世界では君たちが夢見るような能力がある。ま、剣と魔法のファンタジー世界と言った方が通じるかな。この世界からそこの世界に飛ぶことによって君たちは強い能力を手に入れるはずだ。それで何を遂げるのかは君たち次第』
早口にそう言い切ったスピーカーの主はこれで己の役目は終わったとばかりにすぐさまスピーカーのスイッチを切る。スイッチと共に呪縛が解けるかのように一斉に騒ぎ出す彼等。
「ほんとにどうしよう」
「俺達、勇者になるのか?」
「みんな、まずは落ち着こう」
思い思いに騒ぎ出す彼等に鋭い声がかかる。
その声は先程まで男子生徒を殴っていた帝 流星の声だった。先程までの奇行などなかったかのように話し始める冷静な声。いじめを率先してやるような主犯格の存在でも、表向きはクラスのまとめ役で絶対の存在。そんな彼に呼びかけられたら嫌でも権力は彼に帰属し、反射的に静かになってしまうのが彼等。それはいわば、調教された家畜。
「とりあえず落ち着こう。どうやら俺達は夢ではなく本当に異世界に言ってしまうみたいだ」
冷静な声と共に目線を下に下げ、床を見ながらしゃべる帝に自然と彼等の目線も下に向く。
そこには見たこともない魔法陣のようなもの。
先程まではなかったこの魔法陣のようなものに一瞬で彼等は、改めて理解した。本当に自分達は異世界に行くのだと。
「けど、俺達は一人じゃない。だから助け合っていけばきっと大丈夫だ。とりあえず、向こうについたら俺が向こうの人と交渉する。みんなはそれでいい?」
この状況下でそんなことを絶対の存在である帝に言われれば頷かない方が難しい。ほとんどの人間は誰もが周りに流される生き物。だからここで彼等が頷いたのはすぐだった。
しかし、ここで頷いたことにより自分達の未来を帝に託していることに彼等は気付いているのか。そんな簡単に託していいものなのか。いじめられていた男子生徒、神月 悠は内心そう思っていた。
満足気に帝が頷いた時、床の魔法陣のようなものは一際強く輝きだした。




