小銭を数える男
とにかくね、貯金というものは素晴らしいんだよ。
それが銀行の口座やら定期預金やらの高額なものでも、空き缶に詰め込んだ小銭でもだ。
いっくら5円玉を貯めたって数千円にしかならないかもしれない。
雀の涙ほどの利子も付きやしないし、ギャンブルみたく夢もない。
けれどもいつか、いつかその数千円が身を助ける時が来る。
いざ何かあっても俺には貯金がある。あの空き缶にいっぱいの小銭がある。
たとえ何がしかの不幸で、裸一貫、財布は空っぽになっても、
肌着とズボンくらいは買える。まだ何とかなる。
そういうのを心の余裕と言うんだと思う。
よく、あの世にお金は持っていけないと言うけれど、ぼくはね
もしあの世に持っていけるお金があるとしたら5円玉じゃあないかと思うんだ。
見てみなよ、真ん中にぽっかり穴があいていて、稲が掘ってあって、ちょうど刈入れ時の稲の色だ。
珍妙だけれども、何ともお金って風じゃないか。もし江戸時代なら1円玉なんて笑われるだろうし、
他の硬貨にはどうも風情というのが足りない。その点、5円玉なら連中も納得だろう。あの世の関所も一握りほど5円玉を握らせてやりゃあ笑顔で見送りの1人も付けてくれるだろうさ。
お賽銭なんかでも君さ、みんな5円玉を投げ入れるじゃないか、きっとあの世でも5円玉は十分な流通量を持っていて、極楽に行ったって地獄に行ったってちゃあんと使われているだろうとも。
そんな理由ならトレヴィの泉に投げ入れられる500リラの方が、あの世でもきっと流通しているんじゃありません?そもそもああいうお賽銭だって宗教法人が回収して現世に還元されていると思いますけど。
ああ、そうか。外貨というのは考えてもみなかったな。確かにこんな島国でしか使われていない硬貨よりも、ローマの歴史の長い硬貨の方が流通も多いだろうし、信頼も厚いやもしれん。もっと言えばスイス銀行なんかはあの世からでも振込や記帳が出来そうだよ。なんてったって、かの有名なスナイパーの報酬の振込先だし。
ご存じないんですか?スイスという国は先日なくなったんですよ。滅んだんです。
EUに取り込まれ、自治政府を置く、という形で。
なんだって?それはどうしたことだ!スイスは数少ない永世中立国だったっていうのに。
アンバランスな地球の政情を支える杭が抜け落ちてしまった。もうこの世は終わりだ!
嘘ですよ。よくそんなに慌てられますね。
莫大な親の遺産をフランで貯蓄しているってんでもないでしょうに。
それに例え本当だとしたって、せまっ苦しい部屋で空き缶いっぱいの小銭を数えているあなたには一生何の関係もない話ですよ。