第九十九話 ある病院に潜入している理由 その3
数台の馬車がある。
その内二台に馬が繋がれている。
どちらの馬車にも御者がいて、すぐに出発できる状態だ。
私は物陰から気づかれないように馬車を監視している。
ここに学園長が連れてこられて馬車に乗せられるはずだ。
数人の人間が近づいて来る足音が聞こえる。
予想通りだ!
えっ!?
足音の方に目を向けると、予想通りのことと予想外のことが起きていた。
担架で人が運ばれている。
だが、それが二組いるのだ。
くそっ!オトリが用意してあったか!
担架に載せられている人物はどちらも顔に布が被せてある。
くそっ!どっちが学園長だ!?
そう思っている内に担架が馬車に載せられた。
二台の馬車は出発すると、それぞれ反対の方に行こうとしている。
くそっ!どちらか分からない!
二分の一の賭けに出て片方の馬車を追いかけるか!?
だが、「はずれ」だった場合、また学園長を完全に見失って……
ん!?
私は思わず笑い声を出しそうになるのを必死に我慢した。
走り出した馬車を見送っている連中が全員片方の馬車だけを見つめている。
間抜けどもめ!
あなた様たちは視線で私に教えてくれたぞ!
私は目標の馬車の行く方向を確認すると静かに病院から抜け出した。
私は隠してあった馬に乗っている。
暗い夜道の中で馬車を尾行しているが、見失うおそれはない。
馬車は夜道を照らすためにランプを車体に吊り下げている。
夜道での事故を避けるためだろう馬車はゆっくりと走っている。
尾行には気づいている様子はない。
私は夜の闇に紛れる色の服を着ているし馬の色も同じだ。
馬車は郊外から街の方へ向かっているようだ。
馬車には初老の男の御者の他には誰も見当たらない。
御者一人だけなら私だけでも倒せる。
ここで襲撃するか?
あの御者を倒して馬車ごと奪ってしまうのだ。
御者を倒すと言っても命まで奪う必要はない。
気を失わせて道端に転がしていくだけで充分だ。
襲いかかる前に周囲を見回した。
私を尾行して逆に襲いかかろうとしている者がいないか確かめるためだ。
このあたりは見通しの良い場所で隠れる場所はない。
よし!行くぞ!
私は馬の速度を上げた。
馬車と私の馬は並走した。
御者は驚いたようで馬車の速度を上げようとしている。
無駄だ!
私は御者の頭部を一撃した。
御者は気を失った。
馬車に跳び移り馬車を止めた。
御者を道端に転がすと馬車を発車させようとした。
「ああ!ちょっと!待って!」
突然声がしたので驚いた。
声がする方を向くと気絶していたはずの初老の男の御者が立っていた。
「勝手に持って行かないでください。その馬車は借り物なので」
初老の男の御者は……いや、声は初老の男のものではない。
若々しい声で聞き覚えがある。
カオル・タイラの声だ。
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