第九十七話 ある病院に潜入している理由 その1
私は郊外にある病院にいる。
変装をしているので表向きの顔である「通訳・翻訳者」としての私を知る人が見ても私だとは分からないだろう。
私は掃除道具を持って病院内を歩いている。
私は「清掃員」に変装しているのだ。
この変装があちこちを歩き回るのには一番都合がいいのだ。
どこにいても不自然には思われない。
マスクと手袋をしているから顔を隠せるし指紋も残らない。
それに人は何故か清掃員が側にいても石ころ程度にしか感じていないことが多い。
機密事項を清掃員の側で話していたりする。
さて、いよいよ難関だ。
特別病棟の出入口の前まで私は来た。
この特別病棟に学園長がおられる可能性が高い。
この特別病棟は、この病院の他の建物からは独立しており、人の出入りは常にチェックされている。
清掃員でも許可を受けた者しか入れない。
出入口には警備員が常駐している。
普通の民間警備会社の警備員だから私には簡単に倒せるが騒ぎを起こすわけにはいかない。
もちろん、入るための計画はある。
今は、この病院の昼食時間だ。
私の計算通りなら、そろそろのはずだ。
「ちょと、すいません。そこの清掃員さん」
警備員が私に話し掛けてきた。
「はい、なんでしょうか?」
「すいませんけど、こっちの病棟で掃除してくれませんか?」
「えっ!?でも、この特別病棟は許可をもらった清掃員しか入ってはいけないことになっていますよね?私は許可をもらっていません」
「いや、患者さんたちに昼食に出されたシチューが凄く塩辛くて、患者さんたちがみんな皿をひっくり返してしまったんだ」
「あらあら、それじあ、床がシチューで汚れてしまったんですね?」
「はい、それで掃除して欲しいのです」
「ですから、私は特別病棟に入る許可をもらっていません。許可をもらっている人を呼んでください」
「いや、許可をもらっている人は今日の掃除は終わって帰ってしまったんだ。お願いできないだろうか?」
「いえ、許可をもらっていないのに入ると、私は仕事を首になるかもしれません」
「いや、大丈夫。誰にも言わないから」
「本当ですね?誰にも言わないことを約束してくださいよ」
私は特別病棟に堂々と入ることができた。
うまくいった。
特別病棟の患者用の食事も一般病棟の調理場で作られている。
私は調理場に潜入してシチューの鍋に塩を多量に入れた。
その結果こうなっているわけだ。
さて、清掃員としての仕事をしながら学園長を探そう。
特別病棟は全個室で廊下にはドアが並んでいる。
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