第九十五話 ある日記の暗号を解読する理由 その3
「そうなの、それで、そのお客様のお名前は?」
私は表向きは穏やかな態度で当たり前の質問をした。
だが、内心ではカオルの襟首をつかんで「お客様って学園長のことか!?」と問い質したかった。
「えーと、ちょっと、事情があって名前は教えられないんです」
畜生!もったいぶるな!
私は内心は隠して穏やかな態度のまま口を開いた。
「名前を教えられない?それはどういうことなのかしら?」
「その人は病気で長期の療養中なんです。病気だということをあまり表沙汰にしたくないんです」
「その人は男の人なの?それとも女の人なの?年齢はいくつぐらいなの?」
「すいません。仕事を引き受けてもらわないと教えることはできません」
「それなら……」
私は「仕事を引き受けます」と反射的に言いそうになるのを止めた。
危ない!危ない!
これは罠に決まっている!
さて、どうしようか?
数秒で考えをまとめると私は口を開いた。
「あの、カオルさん。私の仕事が何か知っているからここに来たのよね?」
「はい、そうです」
「じゃあ、私の仕事は何?」
「通訳と翻訳でしょう?」
「その通りよ。病気療養している人に関するならば、お医者さんか看護師さんの仕事でしょ?私の仕事じゃないんじゃないかしら?」
あえて突き放すような対応をしてみた。
さて、どう応じる?カオル。
「そこを何とかなりませんか?」
「それなら、その人についてもう少し詳しい情報を教えてちょうだい。そうじゃなきゃ、仕事を引き受けるかどうか決められないわ」
「でも、教えるわけには……」
「女の私に頼むということは、その人は若い女性なのかしら?」
「いいえ、初老の男性です」
カオルは「しまった!言ってしまった!」という顔になった。
うん、人間は間違ったことを言われると反射的に正しいことを言ってしまう場合がある。
カオルはそれに引っ掛かった。
大賢者さまの弟子としてなかなか優秀な男子のようだが社会経験が足りない。
こういう手段に簡単に引っ掛かってしまう。
「あっ!今のは無しで!忘れてもらえますか?」
「ええ、分かったわ。忘れるわ」
甘い!甘いぞ!カオル!
いったん口から出た言葉が消えるわけないだろう!
「その人は市内の病院に入院しているの?」
「いえ、教えるわけには……」
「具体的に病院名が知りたいわけじゃないわ。もし郊外にある病院だったら遠いから行くのは難しいから尋ねているのよ」
「ああ、それなら、郊外にある病院です」
ふふっ!間抜けなカオル!私にもっと情報を寄越しなさい!
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