第九十三話 ある日記の暗号を解読する理由 その1
ある魔導師が自室で机に向かっていた。
部屋には魔導師一人しかいない。
すす
机の上に何枚も紙を並べて何回もそれを読み返していた。
紙に書かれている文字は魔導師自身が書いた物だが、魔導師はそれを一文字も読めなかった。
何故なら、それは暗号で書かれた日記を丸写しした物だったからだ。
くそっ!畜生!まるで読めない!
この大陸で使われている主要な言語のほとんどは読める私でもさっぱり分からない!
暗号で文章の意味はわからなくても普通は使われている文字その物は読めるのだが、この暗号は文字その物がまったく読めない。
過去に数え切れないほど仕事で暗号に関わったが、ここまで解読するための手掛かりがまったくつかめないのは初めてだ!
待てよ……
過去に一番解読困難だった暗号は……
今は滅んでしまった大陸の少数民族の言語をもとにした暗号があった!
その少数民族は覇権主義だった時代の帝国の同化政策により消滅してしまったが、言語の記録はわずかながら残っている。
あらためて暗号を読み返してみると、その言語に似ている。
確か辞書が一冊あったはずだ。
よし!いいぞ!いいぞ!
この言語をもとにした暗号で間違いないようだ。
さて、暗号を解読すると……
ゴ、ク、ロ、ウ、サ、ン
「ご苦労さん」だと!
畜生!馬鹿にしやがって!
暗号のこの部分はオトリだ!
さすがに脳が疲れた。
一休みしよう。
コーヒーにミルクと砂糖をたっぷりと。
学園長はブラックコーヒーがお好きだ。
私に対して「いい豆なのにもったいない」と少し呆れた顔をしていらっしゃった。
だが、ご自分の好みを私に押しつけるようなことはなさらなかった。
学園長を何としても、お助けせねば!
それが学園長の秘書兼護衛としての私の仕事だ。
さて、休憩は終わりだ。仕事に戻ろう。
この暗号の何割かはオトリで、解読しても関係のない文章が出てくるだけなのだろう。
じゃあ、どれが本命なんだ?
この暗号を書いた本人に聞ければ簡単だが、もちろん、そんなことはできないし……
ん?玄関のドアを外からノックする音がする。
今日は誰にも邪魔されたくないから「本日臨時休業」の札をドアの外に出しておいたはずだが?
「すいませーん。誰かいませんか?」
この声!
忘れようのない声だ!
あの「カオル・タイラ」の声だ!
なぜ、ここに来た?
まさか、私の正体を知ったのか?
どうする居留守を使うか?
「留守じゃないのか分かっていますよ。出て来てくれませんか?」
ドアの外からの声が私を追い詰める。
どうする?本当にどうする?
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