第九十二話 ある日記が書かれている理由 その3
さて、どうしようかな?
書くべきか?書かざるべきか?
うーん。悩むなあ。
先祖代々続いている職人の家なんかでは秘伝の技術は文章に残すことが禁じられていて、後継者にのみ口頭で伝えられるという話がある。
秘伝の技術を文章にして残すと、関係のない他者に読まれてしまう危険がある。
それを避けるために、文章に残すことを禁じて口伝にして情報を関係者のみの間で秘匿するのだが、このことには別の危険がある。
秘伝を記憶している人物が後継者に伝える前に不慮の事故などで急死してしまった場合だ。
当然、後継者に秘伝が伝えられることはなく技術は失われてしまう。
確実に技術を伝承しようとするなば文章にして残す方が確実だが、繰り返しになるけど他者に読まれてしまう危険がある。
文章を残して他者に読まれない方法はいくつかある。
その一つとしては文章の保管場所を関係者以外には秘密にすることだ。
しかし、この方法も他者に保管場所を知られてしまう危険がある。
それで、文章その物を暗号にする。
でも、これでも暗号を解読されてしまう危険がある。
だから、他者に秘密の文章を読まれない方法は、文章に書かないということになる。
だけど、秘密を記憶している人間になにかあると、秘密の情報が失われてしまう危険が……
堂々巡りだ!
えーと、もともと何のことを書こうとしていたんだっけ?
ああ、そうだ!
今の「本物の学園長の居場所」を書くか書かないか迷っていたんだった。
秘密を知っている人たちとも普段の会話で「本物の学園長の居場所」は話題にできない。
他者に聞かれてしまうかもしれないのからだ。
だけど、「他者には知られてはいけない秘密」というのを抱えているとストレスがたまる。
何も知らずに普通に学園生活をしている他の生徒たちを見ると、内心で「真相を知っている優越感」に浸ると同時に真相をぶちまけたくもなる。
もちろん、そんなことはしない。
真相が周囲に知られたら学園だけではなく、この大陸すべてを巻き込んだ大変な騒動になってしまう。
やっぱり、この日記帳に秘密を書いてしまおう!
ストレスを少しでも減らすためだ。
本物の学園長が今いる場所は、学園都市の郊外にある長期の治療を必要とする患者が入院する病院だ。
本物の学園長は「精神病で自分を学園長だと思い込んでいる患者」だということになっている。
この日記帳を隠し部屋から盗み出して書き写している者がいた。
暗号なので読めないが、筆写して、日記帳を隠し部屋に戻して、ゆっくりと暗号を解読するつもりでいる。
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