第九十話 ある日記が書かれている理由 その1
ある建物の部屋である人物が椅子に座り机に向かって書き物をしていた。
窓はなく机と椅子があるだけの殺風景な部屋だ。
この部屋は「隠し部屋」であり、この部屋が存在していることを知っている者はほとんどいない。
部屋にいるのは書き物をしている人物だけだ。
もし、他に人がいて書いている文章を見たとしたら奇妙に思うだろう。
市販されている日記帳に書いているので、日記をつけていると誰もが思うだろうが、その文章は判別不能でまったく読めないのだ。
ある人物は日記帳を机に仕舞うと隠し部屋から出て行った。
机の引き出しに仕舞われた日記帳を読めたとしたら次のような文章になる。
この日記帳は暗号で書いている。
ここしばらく起きた出来事を整理するために日記をつけている。
本当は情報漏洩を防ぐために、他の人たちから最近の出来事は日記につけないように言われたのだが、いろいろと衝撃的なことがありすぎて、日記に書いておかないと自分の頭の中で整理できなかったのだ。
それで、日記はこの隠し部屋で他人には分からない暗号で書いて、日記帳は外には絶対に持ち出さないということを約束した。
最近起きたことを早速ここに書くことにしよう。
それで……
えーと……
うー
ダメだ!何から書いていいのか分からない!
あまりにも色々なことがありすぎた!
えーと、えーと、何から書こうか?
とりあえず最近の新聞の記事から書こう。
学園をご訪問なされていた皇帝陛下と大統領閣下は昨日無事に帰国された。
訪問初日に毒物によるテロが起きたが、幸い解毒に短時間で成功し、スケジュールが一部変更になっただけで、無事にお二人の会談は成功した。
テロリストは逮捕されたが、機密事項のため被疑者の氏名については公開されていない。
今は学園は盛大な祭りの後の何となく寂しい雰囲気になっている。
学園長は「生徒の皆さんはお祭り騒ぎの後の気の緩みに気をつけるように」と全学園に向けて訓示した。
学園は平穏な日常に戻っている。
平穏な日常かあ……
裏で起こっていたことを全部知っている立場としては素直に受け取れない言葉だ。
この学園では、もし学園長が行方不明なんてことが起きれば「平穏な日常」とは真逆の状況になっているだろう。
新聞には「学園長が行方不明」なんてことは報道されていないし、勤務時間中の学園長室を見ることができれば、学園長はちゃんとそこにいるだろう。
だが、真実を知っている立場としては皮肉な笑みが自身の顔に浮かんでしまう。
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