第八十四話 学園長が独白している理由 その6
「エレノア。言っておくが、大賢者さまに会うまでは何も話す気はない」
「じゃあ、セオドアおじさまは、お水いらないんですね?」
エレノアは「悪女」のような表情のまま水筒を高く掲げた。
激しく喉が渇いている。
普段は私は水はあまり飲まない。
昼間は厳選された豆のコーヒーを夜は高級なワインを飲むのが習慣だ。
だが、今は水筒の水が欲しくてたまらない。
「水を飲まなくては、私が脱水状態になって倒れたり、悪ければ死んでしまうかもしれないぞ。エレノア。それでもいのか?」
「セオドアおじさまは、ご自分の命を人質にするおつもりですか?それは卑怯ではないですか?」
エレノアが少し軽蔑した目で私を見た。
エレノアから、そういう目を向けられたのは初めてだ。
私は内心少し怯んだが、それを表に出さないように言った。
「ああ!卑怯なことをしなければ政治家などやっとれん!エレノア!本気で将来政治家になりないのなら卑怯なこともやれるようになるべきなんだ!」
これで、ますます軽蔑した目をエレノアは私に向けるだろう。
だが、意外なことに、エレノアが私に向ける目は優しかった。
「セオドアおじさま。初めて私に対して本気で話してくれたような気がします。お礼にお水をどうぞ」
エレノアは水筒からコップに注いだ瑞を私に渡した。
水は生ぬるかったが最高にうまかった。
水を飲んでひとまず落ち着くと私は現在の状況を考えた。
どことも分からない山道をエレノアと二人きりで歩かされている。
これは一種の拷問なのだろうか?
私の疲労困憊させて白状させようとしているのだろうか?
ひょとして、大賢者さまが近くに隠れていたりするのか?
それなら、思いきって、エレノアを人質にして大賢者さまと交渉するか?
たが、私は荒事には自身がない。
ナイフの一本でもないと……。
「すいません。セオドアおじさま」
「なんだ?エレノア。うわあっ!」
いつの間にかエレノアがナイフを持って私の目の前にいた。
「なんだ!?エレノア!?そのナイフで私をどうするつもりだ!?」
動揺している私に対してエレノアは穏やかに答えた。
「ハムとパンがありますので、簡単にサンドイッチを作ろうかと思いまして。セオドアおじさまはハムは薄切りと厚切りどちらがお好きですか?」
ベンチにシートが敷かれて大きなハムとパンが置かれていた。
エレノアが持っているナイフを奪えないだろうか?
駄目元でこう言ってみた。
「エレノア。私にハムを切らせてもらえないか?」
「はい、どうぞ」
エレノアは私にあっさりとナイフを渡した。
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