第八十三話 学園長が独白している理由 その5
「セオドアおじさま。どうしたのですか?黙り込んだりして?」
「私が昔エレノアが壺を割ったと誤解してしまった時のことを思い出していた」
「ああ、あの時のことですか?でも、何故、今、思い出したんですか?」
「今、私が怒鳴ってしまって、エレノアが少し怯えた表情になっただろう?あの時も似たような表情をしていた。それで思い出したんだ」
「ああ、なるほど」
「エレノア!あの時は本当にすまなかった」
私はエレノアに向かって深々と頭を下げた。
「セオドアおじさま。謝らなくてもいいですよ。あの時にちゃんと私に謝ってくださったじゃないですか?」
「だが、今、思い出すと恐怖を感じる」
「恐怖?何に対する恐怖ですか?」
「あの時、エレノアが壺を割ったと誤解したままだったら私とエレノアの間には大きな溝ができていただろう。それにエレノアの心に大きな傷を残してしまったかもしれない。そうしたらエレノアの成長に悪い影響をあたえたかも……」
「もう、セオドアおじさま!私はちゃんと心身ともに健全に成長してますよ!セオドアおじさまの目には今の私はどう見えているんですか?」
そう言われて、私はエレノアを観察した。
幼い頃から可愛い少女だったが、今は誰が見ても美少女に成長した。
肉体的にも精神的にも健康で、心に傷は残っていなそうだ。
私は思ったことをエレノアに話した。
「そうですか、でも、今回のことでは私は少し傷つきました」
エレノアが少し暗い表情になった。
そうだった!
私の裏の顔をエレノアに知られてしまったのだった!
再び罪悪感に襲われるが、私はそれを無理矢理ねじ伏せた。
「エレノア。とにかく、大賢者さまのところに連れて行ってくれ」
私は敢えて事務的に言った。
「分かりました」
エレノアも事務的に返事をした。
もう、どのくらいの時間、山道を歩いているのだろう?
いつも内ポケットに入れてある懐中時計はなくなっていたので、正確な時間が分からない。
エレノアに一度聞いてみたのだか「私も懐中時計は持っていないので分からない」という返事だった。
やはり日頃の運動不足を感じる。
脚が棒のようになり息も絶え絶えになってきた。
「エレノア。エレノア。少し休ませてくれ。み、水を。水をくれ」
「もう少し行けば休める所がありますから、そこまで頑張りましょう」
少し歩くと洞窟があり、洞窟に入ってすぐの所にベンチが一つあった。
私はベンチに倒れ込むように座った。
エレノアは洞窟の奥の方に行った。
戻って来ると、エレノアは水筒を持っていた。
エレノアが私に向けて差し出した水筒を受け取ろうとすると、エレノアは水筒を高く上げて私の手を避けた。
「セオドアおじさま。お水をあげる替わりに何か一つ話してください」
エレノアは私が初めて見る「悪女」のような表情をしていた。
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