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第八話 学園行きの列車が入学式に間に合った理由

ボク、ユリア・ガイウスはカオルくんの説明を聞いていた。


「例えば魔法帝国のほとんどの人は初歩的な『温める』の魔法は使えますよね?その平均的な一人で発生させることのできる温度はカップ一杯水をぬるめのお湯にできる程度です。しかし、その初歩的な『温める』の魔法を使える人が百人で協力魔法を使うと……」


カオルくんは地面に棒で計算式を書いて、計算を始めた。


「これぐらいの温度の熱が発生します」


「それは凄いな!」


計算の結果出た数値を見て、ボクは驚いた。


一人の魔導士ならば、皇帝陛下の宮廷魔導士か皇帝近衛隊の魔導士ぐらいしか出せない温度だからだ。


「それで、列車の乗客の七十パーセントが初歩的な『温める』の魔法を使えると仮定して、協力魔法を使うと発生する温度はこのぐらいになります」


地面に計算式を書いて、答えを出した。


「魔法で、これだけの温度を蒸気機関車のボイラーに送れば、走行可能な蒸気が発生します」


ここまで言われれば、カオルくんが何を言いたいのか分かった。


「カオルくん。つまり、石炭を燃やさずに普通の蒸気機関車を動かすのが可能になるわけだね。二酸化炭素が発生せず煙が出ないからトンネルを通ることが可能になるわけだ。それで協力魔法というのは具体的には、どうやるんだい?」


一時間ほど後、ボクとカオルくんは蒸気機関車の運転台にいた。


鉄道側との交渉と乗客たちに協力してくれるよう頼むのに一時間掛かってしまった。


当然、反対や不満はあったが、ボクの実家の権威を使って押し切った。


実家の権威を使うのは不本意であったが、折角のカオルくんのアイデアを無駄にはしたくなかったからだ。


ボクの右手は前に向けられていて、左手は後ろに向けて銀で出来た針金を握っている。


針金は蒸気機関車の後ろにある炭水車の上を通り、その後ろにある客車の中に入って行く、針金は列車の最後尾まで届く長さで、その針金を「温める」の魔法を使える乗客たちが握っている。


カオルくんが教えてくれた協力魔法の使い方は、驚くほど単純だった。


魔力を伝導する銀製の針金を協力者全員で握って、タイミングを合わせて魔法を使うだけなのだ。


ただし、銀製の針金はカオルくんの師匠が特殊な加工をした物で、荷物車に積んであったカオルくんの荷物から取り出した物だ。


普通の銀製の針金では、協力魔法には使えないそうだ。


「六、五、四、三……」


カオルくんがボクの隣で、懐中時計の秒針を見てカウントダウンしている。


「二、一、ゼロ!今です!」


機関士が合図のために汽笛を鳴らした。


協力者のみんなが一斉に「温める」の魔法を使い始めたはずだ。


その証拠に、左手の針金から魔力が流れ込んで来るのを感じる。


生まれて初めての感覚にボクは戸惑ったが、体内の魔力が今までにないほどにみなぎった。


右手から魔力を放出して、ボイラーの水を沸騰させた。


蒸気機関車は動き始めた。


無事にトンネルを抜けると、ここから先は石炭を燃やして走るので、ボクとカオルくんは運転台から降りて客車に戻った。


入学式開始に急いで駆け込めば間に合う時刻に、列車は到着した。






ユリアはペンを止めた。


「カオルくんは本当に頭が良いな。彼女ならどんな難題にぶつかっても、その優秀な頭脳で解決できるだろうな」






平良薫ことカオル・タイラは、自室で木箱を開けていた。


「僕は本当に頭が悪いな。これを着る機会を逃すなんて……」


東方諸島国語で独り言を男言葉でつぶやきながら、木箱の中を見ていた。


木箱の中には、学園の男子用制服が入っていた。


「師匠が折角用意してくれた高級な生地で上等な仕立ての物なのに……、うっかりして列車の荷物車に積んでもらった木箱に入れたままにしていて、手荷物に移すのを忘れていた。列車が学園に着いた時に気づいたけど、既に荷物車から下ろされて、荷馬車で寮に向けて運ばれた後だった。荷馬車を追い掛けていては入学式に間に合わないから、学園が用意している大量生産の制服を受け取ったけど……」


自分の着ている女子用制服を見た。


「学園の職員から、これを渡されて、初めて僕が『書類上は女子』になっていることが分かったけど……、あらためて考えると『女子』としてこの学園で生活することにしたんだから、下手に男子用制服は着ない方が良かったのか?それに男子用制服を来ていてもユリアさんみたいに『男装した女子生徒』としか見られなかったらショックだし……」


ドアを外から叩く音がした。


カオルには一瞬それが何かは分からなかったが、師匠から教えられた「ノック」だと気づいた。


(東方諸島国ではドアは無くて、部屋の出入口は襖や障子だからな。ノックなんて習慣は無かったからな)


カオルは大陸中央語の女言葉に切り替えた。


「はい、どちら様でしょうか?」


「カオルさん。私よ。エレノアよ。お部屋に入っても良いかしら?」


「少し待って下さい」


カオルは男子用制服の入った木箱の蓋を閉めると、ドアを開けた。


エレノアは部屋に入ると、床に置いてある数個の木箱に目を向けた。


「荷物の整理の最中だったのね?お邪魔だったかしら?」


「いいえ、明日からの授業に必要な物を取り敢えず用意したので、後は明日からゆっくりと整理するつもりです」


「時間はあるのね?それなら、カオルさんにお願いがあるの」


「わたしに?」


エレノアは日記帳を差し出した。


「私の日記をカオルさんに読んで欲しいの」


エレノアは楽しそうだった。


カオルは戸惑った。


「あ、あの……、わたしの祖国の東方諸島国では日記は他の人に読ませるための物ではありませんし、わたしの記憶では、大陸でもそうだったと思うのですが?」


「もちろん。私の祖国の機械連邦でも、そうよ」


「でしたら、何故なのでしょうか?」


「私の本当の気持ちをカオルさんに知ってもらいたいからよ。私はカオルさんのことが大好きなの!」


カオルは顔を赤くした。


(エレノアさんが僕のことを『大好き』と言ってくれるのは、あくまで『女同士の友人』としてだと分かっているけど、こんな美少女に『大好き』って言われたら気分が良いな。できるなら、エレノアさんには僕が『男』だと認識して、そう言ってもらいたかったな……)


「あっ!?誤解しないでね!」


エレノアは少し慌てて手を軽く振った。


「私の『大好き』の意味は、『女同士の友情』ですからね。それ以外の意味は無いわよ。中学生の時に誤解されちゃって、少し騒ぎになっちゃったこともあったし……」


カオルには「少し騒ぎになっちゃった」の意味が分かる気がした。


(女性同士の同性愛、大陸の言葉で言うところの『百合』じゃないか?と、疑われたんだろうな。まあ確かにエレノアさんは『女の子』の僕に対してスキンシップ過剰なところがあるな)


カオルが内心でそんなことを考えているとは知らずに、エレノアは話を続けていた。


「ユリアはカオルさんと出会って二週間になるんでしょ?私は今日会ったばかりだし、少しでもユリアとの差を埋めたいのよ」


「わたしはエレノアさんもユリアさんもどちらも大切なお友達だと思っています」


「それなら、私とユリア、どちらの方が好きなの?」


カオルは少し虚をつかれたが、よどみなく答えた。


「それは小さな子供に『お父さんとお母さん、どちらが好きなの?』と質問するようなものではないでしょうか?」


エレノアは納得した顔になった。


「確かに不適切な質問だったわね。ごめんなさい。カオルさん。でも、お父さん、お母さん……か、カオルさんが子供だとすると、ユリアがお父さんで、私がお母さんね。家族みたいで楽しいわね。あっ!?誤解しないでね!」


エレノアはさっきより激しく手を横に振った。


「私とユリアは幼なじみの仲良しで、二人とも男嫌いで、ユリアが男装しているから、私とユリアが『そういう関係』だと邪推する人もいるけど、事実無根だからね?」


「分かっています」


「話を戻すけど、ぜひ、このところは読んで欲しいの」


エレノアは日記を開いてカオルに見せた。


「今日の午後の出来事が書いてあるわ」


(断わる方が、エレノアさんに悪いみたいだな)


そう思って、日記帳を受け取ると、カオルは読み始めた。






私、エレノア・フランクリンは、ユリアとカオルさんとのお喋りを楽しんでいた。


お喋りをしている内に気づいた事がある。


今日、出会ってからカオルさんと私は大陸の共通語の大陸中央語で会話している。


大陸中央語は、機械連邦の公用語である連邦語と魔法帝国の公用語である帝国語の共通する発音や単語などを混ぜ合わせて作られた人工言語だ。


連邦語と帝国語を母国語としている人には比較的覚えやすく、大陸のたいていの国の義務教育で必修科目になっている。


しかし、弊害も指摘されている。


大陸中央語を覚えれば、大陸のほとんどの国で会話が可能なため他の言語を学ぼうとしないのだ。


私自身も母国語である連邦語と大陸中央語しか話せない。


帝国語を習ったこともあるのだけど、大陸中央語に比べると難しくて、ほとんど覚えることはできなかった。


カオルさんは完璧な発音の帝国語を話せると言う。


それで、カオルさんに尋ねてみた。


「カオルさんは、帝国語を話せるそうだけど、もしかしたら連邦語も話せるのかしら?」


「はい、わたしは連邦語も話せます」


カオルさんの連邦語は完璧だった。


数分ほど、私はカオルさんとの連邦語での会話を楽しんだ。


「おい、おい、ユリア。君とは反対にボクが連邦語が苦手なのは知ってるだろ?仲間外れにしないでくれよ」


ユリアが苦笑しながら文句を言った。


それに対して私が笑いながら返事をしようとした時、外から大きな声が聞こえた。


ドアを開けて、廊下に出ると怒鳴り声を出している中年女性がいた。


「男爵夫人だ」


ユリアが小さな声で私に言った。


「カオルくんのことを列車で一等車から放り出そうとした男爵夫人だよ。トニア男爵家の夫人だ」


トニア男爵夫人の様子から見ると、何かに怒っているようだったが、早口の帝国語で話しているので、私には聞き取ることはできなかった。

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