第七十六話 カオルたちが隣の個室に移動した理由 その18
時間は少しさかのぼる。
エレノアと大統領の会話が続いている部屋。
この部屋は厳重なセキュリティがされていて誰も中を覗くことも会話を盗み聞きすることもできないはずだった。
だが、例外があった。
「部屋の中を覗くことはやはり無理ですか?」
「はい、残念ながら大賢者さまの魔法によるセキュリティを突破することは困難で……」
「ああ、謝る必要はないですよ。部屋の中の会話が聞こえるだけで充分です。大賢者さまのセキュリティの穴を見つけて、それを利用したのは、あなたの魔導師として優秀なことを証明しています。魔法には詳しくない私にもそれくらいは分かります。むしろ、あなたを誉めるべきです」
「ありがとうございます。学園長」
セオドア・フランクリン大陸中央学園学園長は部下の感謝の言葉にうなづいた。
「しかし、まだ試験段階の『電話』で盗み聞きが可能になるとは驚きました。文章を遠くに送れる電信のように、音声を遠くに送れる電話はあちこちで研究中ですけど、まだ実用段階には達していないと聞いていましたからね。学園の研究所で一度試作品を試したことがありますが、雑音が酷くてほとんど聞こえませんでしたからね」
「学園長。この電話で音声が明瞭に聞こえるのは電話線で音声が電気信号に変えられて送られて来るのを受話器で音声として再現される時に、私が魔法で雑音を除去しているからです」
「なるほど、その魔法は誰にでも使えるのかね?」
「はい、一般的な魔導師ならば私が開発した術式を使えば誰でも使えます。ですが、魔力の消費量が多過ぎて普通の通信手段としては効率が悪すぎます」
「つまり、一般的な遠距離通信としては普通に電信を使った方が効率が良いということだね」
「はい、電話の実用化にはまだまだ時間がかかると思われます。しかし、盗み聞きをするのには充分使えます」
「盗み聞きか……私を尊敬しているエレノアの会話を盗み聞きしているのは流石に心が少し痛むな」
「そうでしたら、学園長は席をはずされて、私が後から報告しましょうか?」
「いや、エレノアは大統領から私の裏の顔が知らされている。ここまで来れば最後まで聞かなければならん」
ドアが外からノックされる音がした。
「すいません。すいません。どなたかいらっしゃいますか?」
ドアの外からの声に学園長の部下の魔導師が答えた。
「はい、何のご用でしょうか?」
「すいません。道に迷ってしまって、道を教えてはくれませんか?」
「どちらに行きたいのでしょうか?」
「地図を持っていますので、外に出て来て、ここがどこか説明してもらえませんか?」
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