第七話 学園行きの列車が遅れた理由
僕、平良薫ことカオル・タイラはトンネルの入り口を見つめていた。
あのトンネルを抜ければ、いよいよ大陸中央学園に到着するのだと思うと、気持ちが高まってくる。
(よし!学園では祖国ではできなかった。男としての生活を満喫するぞ!)
あれこれと色々と考えていると、何かが壊れる激しく大きな音がした。
音の方に振り向くと、駅の端にある大きな構造物が崩れ落ちるのが見えた。
崩れ落ちた構造物に機関車が一両潰されていた。
「トンネルが通れないとは!どういう事なのですか?学園への到着が遅れてしまいますわ!」
港町の駅で僕を一等車から追い出そうとした男爵夫人が喚いていた。
しかし、今度はそれを止める人間は誰もいない。
列車の乗客がほとんど駅のホームに降りて、駅長さんに詰め寄っているからだ。
「ですから、この駅で交換する予定だったあの機関車が見ての通り潰れてしまったので、トンネルの中で列車を引っ張る機関車が無いのです」
駅長さんは崩壊した構造物の下敷きになって潰れている機関車を指差した。
しかし、乗客たちは駅長さんの説明に納得しなかった。
食堂車で見覚えのある顔の中年男性が、代表するように発言した。
「駅長さん。それなら、ここまで俺たちの列車を引っ張ってきた機関車にトンネルの中も引っ張らせれば良いだけだろ。それとも、この機関車は故障したのか?石炭か水が足りないのか?」
「いいえ、お客さま。故障はしていませんし、石炭も水も充分にあります。ですが、この機関車ではトンネルを通ることはできないのです」
駅長さんの乗客たちは納得せず。ますます興奮して駅長に詰め寄った。
みんなバラバラに声を上げるので、誰が何を言っているのか分からないほどだった。
大きな鐘の音が聞こえた。
駅長さんが手動で鳴らす鐘を叩いたらしい。
本来は列車の発車の合図に使う物のようだった。
「落ち着いてください。お客さま」
鐘の音に驚いて一旦動きを止めた乗客たちに、駅長さんは説明を始めた。
「トンネルの反対側にある駅に、代わりの機関車をこちらに送るように電信で既に連絡しました。代わりの機関車を連結すればすぐに出発できます」
駅長さんの言葉に乗客たちは、安心したようだった。
さっきまであった殺気立った雰囲気が治まったので、駅長さんも安心した表情になった。
その時、駅舎から駅員さんが跳び出してきて、駅長さんに駆け寄るとホームにいる人全員に聞こえる大声で叫んだ。
「大変です!駅長!トンネルの反対側の駅でも似たような事故が起きて、機関車が壊れてしまって、こちらに送ることができないそうです!」
ホームは前にも増して騒然となった。
「お茶をどうぞ、ユリア姫さま」
駅長さんがテーブルの上にお茶を置いた。
「駅長さん。『姫』とは呼ばなくてかまわない」
「では、ユリアさまとお呼びしても?」
「もちろん。構わない」
僕とユリアさんは、駅長さんに駅長室に招き入れられた。
応接用のテーブルを挟んでソファーにユリアさんと駅長さんが向かい合って座っていて、僕はユリアさんの隣に座っている。
僕もユリアさんもホームの騒動から一歩引いていたが、騒動が大きくなったところでユリアさんが「ボクが代表して駅長と交渉する」と言ったのだ。
十五歳の女の子が代表することに不安を表す人は多かったが、僕たちが乗っている列車の乗客はほとんどが帝国の人間のため、ユリアさんの希望通りになった。
僕も駅長室にいるのは、ユリアさんから「アドバイスを頼んでも良いかな?」と頼まれたからだ。
「ボクのような小娘が代表になるなんて迷惑をおかけしてすまない」
「いえ、いえ。むしろ助かりました。帝国の大勢の上流階級の方々のお相手をするほうが大変でしたので……」
「では早速本題に入らせてもらうが、今発生している問題は、カオルくんが説明してくれた通りなのかい?」
「はい、その通りです」
駅長さんは、ユリアさんに向けて軽く頭を下げながら興味深い視線を僕に向けた。
僕が説明したのは、次の事だ。
大陸の二大強国「魔法帝国」と「機械連邦」に、どちらかの影響下にある数十の国の主要都市は鉄道で結ばれている。
列車は全てが蒸気機関車が牽引している。
蒸気機関車は石炭を燃やして発生した熱によりボイラーでお湯を沸かし、その水蒸気でピストンを動かて、動輪を動かすことで走行する。
石炭を燃やすことで、酸素を消費して二酸化炭素が発生する。
発生した二酸化炭素は蒸気機関車の煙突から煙として排出されるので、長いトンネルを汽車が走る時には、トンネルの中で煙が籠もって、乗務員や乗客が窒息する恐れがある。
それを避けるために、長いトンネルには普通トンネル内の空気を換気するための空気穴が開けられている。
しかし、大陸中央学園への唯一の鉄道トンネルには、空気穴は開けられていない。
理由は軍事上のものである。
もし、学園に攻めてくる軍隊があるとしたら陸路では鉄道を使うはずで、普通の蒸気機関車では窒息の恐れがあるので学園トンネルを通ることはできないからである。
もちろん。学園ではトンネルを通ることが可能な特別な蒸気機関車を用意している。
それが無火蒸気機関車である。
無火蒸気機関車とはボイラーの代わりに蒸気蓄圧器を備えていて、地面に固定されたボイラーから水と蒸気を蓄圧器に送り込まれて、機関車は貯めた蒸気の力で動くのだ。
無火蒸気機関車自体は、石炭を燃やさずに動くので煙は出さない。
そのため学園トンネルを乗務員・乗客が窒息の恐れ無しに通ることができる。
「その無火蒸気機関車に蒸気を充填する定置式ボイラーが、ああなってしまったわけか……」
ユリアさんはソファーに座ったまま窓から外を見た。
「はい、その通りでございます」
駅長さんも窓から外を見た。
僕も外を見て、既に見た光景を再確認することになった。
駅の構内の端にある崩れた大きな構造物、それが定置式ボイラーであり、それに潰されているのが無火蒸気機関車であった。
「それで駅長さん。復旧には、どれぐらいの時間が掛かる?」
ユリアさんは視線を駅長さんに戻すと尋ねた。
「トンネルの反対側にある駅の方が無火蒸気機関車のためのメインの設備でして、こちらは予備的な物です。あちら側が復旧の見込みが今だに立っていません」
「どのくらいの時間で、復旧の見込みが立つのだろうか?」
「少なくとも、本日のお昼頃まで待っていただくことになるかと……」
ユリアさんは考え込む表情になった。
駅長さんは縋るようにユリアさんを見た。
「駅長さん。ボクの方からみんなを説得することにしよう」
「ありがとうございます。ユリアさま」
駅長さんは深く頭を下げた。
僕たちが駅長室を出ると、ユリアさんは周りをゆっくりと見回した。
「誰もいないね。これから話す事は、ボクたちの秘密だよ」
ユリアさんは僕にだけ聞こえるように小声で話し始めた。
「今回の事故は、ボクに対する妨害工作の可能性が高いね」
僕は驚いた。そんな事は僕は想像もしていなかったらだ。
「ボクが学園の入学式に間に合わなければ、我がガイウス家の恥になる。そうなれば喜ぶ人もいるからね」
「あの……、ユリアさんは、そんなに敵が多いのですが?」
ユリアさんは悪戯っぽく笑った。
今まで僕はユリアさんのことを「格好良い女の子」だと思っていたが、こんな「可愛い女の子」の顔にもなるんだと初めて知った。
「敵ね……、心当たりが多過ぎて誰がやったのかは特定できないな。さすがにボクを直接傷つけるのはマズいからね。こんな回りくどいことしたんだろうね」
ユリアさんは気を取り直すように、ニッコリと笑った。
「とにかく、鉄道が再開するのを待つことにしよう。入学式までは、まだ1週間あるしね」
平良薫ことカオル・タイラはペンを止めた。
「結局は入学式の前日になっても鉄道は再開しなかったんだよな。ユリアさんを助けたいと、ああいう事したけど……、良かったのかな?」
ユリア・ガイウスは日記を書く手を一旦止めた。
顔は楽しそうな笑顔だった。
「ボクのためにカオルくんが力になってくれて、とても嬉しかったな」
駅のホームはまたも騒然としていた。
入学式まで後一日となったのに鉄道再開の目処が立たないのだ。
「鉄道は諦める!駅長さん!歩くか馬車でトンネルを通らせてくれ!」
「お客さま。学園の規則で鉄道以外の手段でトンネルを通るのは禁じられているのです」
「それなら、鉄道で近くの港に行って、そこから船で学園に行く!すぐに手配してくれ!」
「遠回りになりますので、一週間以上は掛かります。入学式には間に合いません!」
ボク、ユリア・ガイウスは黙ってそれを見ているしかなかった。
これがボクの推測通りボクへの妨害工作だとしたら、他の人たちは僕のせいで迷惑を掛けてしまったからだ。
罪悪感で押し潰されそうだった。
周りを見るとカオルくんが見当たらなかった。
顔をあちこちに向けると、駅の構内の空き地のようになっている所にカオルくんがいた。
「何をしているんだい?カオルくん」
カオルくんは地面に棒で何かを書いていた。
「多分、この計算式だったと思うんですけど」
カオルが書いていたのは、魔法の魔力を計算するための計算式だった。
「書いてある記号から魔力のための計算式だと分かるけど、この式は初めて見るよ?」
「やっぱり、そうですか、師匠はまだこれは発表していなかったのかな?これは協力魔法と言うべき魔法の計算式です」
「協力魔法?初めて聞くけど?」
「僕の師匠が最近開発した新しい魔法ですからね。僕の計算が正しければ、これでトンネルを通れますよ」
「どういうことだい?」
ボクはカオルくんの「師匠」という言葉も気になったが、それよりも「トンネルを通れる」という発言の方が気になった。
「協力魔法というのは複数の人間が協力して、通常の何倍もの魔力を発生させることのできる魔法のことです」
そのような魔法は初めて聞くが、カオルくんの説明を邪魔しないために、ボクは相槌を打つだけで続きを促した。
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