第六十三話 カオルたちが隣の個室に移動した理由 その5
それにしても、男爵家の娘に過ぎないこのあたし、アン・トニアが皇族の皇太子候補でもあるサリオンさんとこんなに気軽に話ができるような関係になれるとは思いませんでした。
手紙でこのことを伝えたら、あたしの母は、どう思うのでしょうか?
見栄っ張りな母は喜ぶでしょうか?
いえ、あり得ないことだと信じないかもしれませんね。
本当だと分かった時の母が驚く顔が見てみたいですね!
サリオンさんのことに話を戻しますね。
泣きじゃくるサリオンさんを駅前の個室のある喫茶店に連れて行ったわ。
内密の相談なんかに使われるお店で、話が漏れないように個室は防音になっているの。
あたしとサリオンさん、エレノアさん、ユリアさんの四人で個室に入ったわ。
サリオンさんを泣きやませようと、エレノアさんとユリアさんはなだめていました。
だけど、あたしは正反対のことをしたわ。
こう言ったの。
「泣いて!もっと泣いて!サリオンさん!」
あたしの言葉を聞いたサリオンさんたちは言葉もないくらい驚いていたわ。
「サリオンさん!あなたは何もできない自分の無力さに泣いているのでしょう?分かります!あたしはサリオンさんたちと『お友達』になれたことは嬉しいです。だけど、少し悲しくもあるんです」
「悲しいって……、何で?」
サリオンさんの質問に、あたしは答えた。
「サリオンさんたちは身分も高いし、身分を抜きにしても高い才能を持った人たちでもあります。でも、あたしはありふれた男爵家の娘で、個人としても皆さんのようにたいした才能は持っていません」
エレノアさんが「そんなことは……」と口を挟もうとした。
「エレノアさん、失礼ですけど、あたしに最後まで話させてください」
エレノアさんを黙らせて……、今、思い出すと本当に失礼なことをしちゃいましたね。
本当にすいませんでした。エレノアさん。
えっ?そのことはいいから話を続けて?
また話が逸れちゃいましたね。
話を戻しますね。
「皆さんに勉強を教えてもらったりして、この学園に入学する前よりも、あたし自身は向上していますけど、皆さんにあたしが優っている点はどこもありません。そこが少し悲しくてコンプレックスになっているんです。でも、無力なあたしだからこそ分かることがあります」
あたしは息継ぎをして一気にサリオンさんに向けて話した。
「自分の無力さが悲しい時は思いっきり泣きなさい!泣くことが『恥』だなんて思わないで!涙が枯れるほど泣いてしまってから後のことは考えればいいんです!」
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