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第六話 カオルが自分が男だとバレないように改めて決意した理由

「……というのが、ボクとカオルくんの初めての出会いだったのさ」


私、エレノア・フランクリンは第四女子寮の最上階である十階にある私の部屋でユリアから話を聞いていた。


私、ユリア、カオルさんの三人は、外で立ち話をいつまでもしているわけにはいかないので、ここに場所を移すことにしたのだ。


「貴族であることで傲慢に振る舞うなんて、その男爵夫人は本当に嫌な人ね」


私がそう言うと、ユリアは苦い物を口に入れたような顔になった。


「そう言わないでくれよ。エレノア。ボクも准皇族だということで男爵夫人に傲慢に振る舞ったということでは同じなんだから。自分が嫌になるよ」


少し落ち込んだユリアにカオルさんが声をかけた。


「でも、ユリアさんのお陰で、わたしは一等車に乗ることができました。あらためてお礼を言わせていただきます。本当にありがとうございました」


「列車の中でも言ったけど、ボクに感謝する必要は無いよ。君は一等車の切符を持っていたんだ。一等車に乗るのは当然の権利だよ」


「でも、初対面のわたしのことを『友人』だと嘘をつくようなことまでしていただいて……」


「男爵夫人が他人の権利を平然と侵害するのに腹が立ったのさ。でも、それを阻止するためには、ボクも結局は実家の権威を使うことしか思いつかなかったのを情けなく思っているしところさ」


少し落ち込んでいるユリアのために、私は話題を変えようと思った。


「ところで、列車を入学式に間に合わせるために、カオルさんがしたことって何だったの?」


「ああ、それはね……」


私はユリアの説明を聞いた。


込み入って長い話なので、ここでは書かない。


だけど、カオルさんがとても頭が良いことはよく分かった。


私はカオルさんを思い切り抱き締めた。


「凄いわ!カオルさん!可愛いだけじゃなくて、頭も良いなんて!寮の前で会った時は大陸のことを何も知らないのかと思ったけれど、凄い物知りじゃない!ますます好きになっちゃうわ!」


「エレノアさん!エレノアさん!」


「なあに?カオルさん?」


「む、胸が!わたしの顔に当たっています!」


「気持ち悪いのかしら?」


「い、いえ、むしろ、気持ちが良いです」


ユリアの笑い声が聞こえた。


「カオルくん。少し我慢していてくれ。エレノアは可愛い子犬や子猫やヌイグルミ、小さな子供を見ると、胸を当てて抱き締める癖があるんだ。しばらくすれば満足して放すから」


しばらくカオルさんの触りごこちを堪能してから放した。


カオルさんは顔を真っ赤にしていて、とても可愛らしかった。


「あっ、あの、エレノアさん。失礼な質問かもしれませんが……」


「何かしら?カオルさん」


「エレノアさんは男の人にも、こういう事するんですか?」


私は自分の顔が反射的に不機嫌な表情になったことを感じた。


もちろん。こんなに可愛いカオルさんに対して不機嫌になったわけではない。


昔の嫌な記憶を思い出したのだ。


「あっ、あの、やっぱり失礼な質問でしたか?」


少し怯えた感じになったカオルさんを安心させるために、私は笑顔をつくった。


「いいえ、そうじゃないわ。質問の答えだけど、もちろん。男相手にこんな事はしないわ。私は少し男嫌いで男性不信だしね」


「えっ!?」


「学園長のデラノおじさまみたいに年上の大人の男の人や年下の男の子は平気なのだけど、同い年ぐらいの男性は苦手なのよ」


ユリアが私の言葉を補足した。


「ユリアにもボクにも共通の男性で嫌な思い出があるんだ。それでボクもユリアと同じく同い年ぐらいの男性は苦手なんだ。思い出したくないから、この話題はこれで終わりにしないか?カオルくん」


「分かりました」


それからは三人での楽しいお喋りの時間になった。






エレノアは日記を書いていた手を止めると、にっこりと微笑んだ。


「カオルさんとの学園生活は素晴らしいものになりそうね。楽しみだわ」






同じ頃、平良薫ことカオル・タイラは日記を書く手を止めると、ため息を吐いた。


「エレノアさんもユリアさんも男嫌いとは、ますます僕が本当は男だとばれないように気をつけなきゃ。これからの学園生活は毎日が緊張の連続だな。楽しむ余裕なんて無いな」





同じ頃、ユリアは自室で机の上に広げた包装紙に日記を書いていた。


包装紙に書きたい事を全て収めるため、小さな細かい文字で書くのは結構大変な作業である。


しかし、ユリアの顔は楽しそうであった。






ボク、ユリア・ガイウスがカオル・タイラくんを助けた理由は、はっきり言えば個人的な興味からだ。


男爵夫人の横暴に腹が立ったのも事実だが、列車の窓越しに見たカオルくんの姿に心を引かれたのだ。


黒髪に黄色い肌の小柄な異国の女の子が、男物の服を着ている。


そして、その口から発する帝国語は、言語学の学者のように正確な物だった。


彼女とは初対面なのに男爵夫人に「友人」と言ったのは、カオルくんを助けるための手段だったが、本心から彼女と「友人」になりたいと思った。


これが恋愛なら「一目惚れ」と言えるだろう。


もちろん。ボクは男装しているが、同性である女性に恋愛感情を持つ趣味は無い。


列車が駅を発車してから、ボクとカオルくんは車内にある一等車の乗客のみが利用できる談話室で会話を楽しんだ。


会話から分かったが、彼女はかなりの博識だった。


だけど、彼女が男装をしている理由については尋ねなかった。


それをすると、逆にボクが男装している理由についてカオルくんが尋ねてくるだろうからだ。


たいていは人から質問されれば、「男物の服の方が動きやすいから」などと適当な嘘で誤魔化しているが、本当は違う。


カオルくんとは本当に友人になりたいから嘘は言いたくないが、まだボクの秘密を話せるほど親しいわけではない。


家族以外では、幼なじみで親友のエレノアにしか話してはいないのだ。


カオルくんとは、エレノアとのように良い友人関係を築けるのだろうか?


ボクの心は期待と不安が混在していた。


話は逸れるが、カオルくんと寮の前で再会して、彼女が男装していた理由を知った時には、笑いを堪えるのが大変だった。


「女の子の一人旅は危険だから、男の子に変装していた」と言っていたが、いくら何でも無理がある。


カオルくんは、どんな格好をしていても「可愛い女の子」にしか見えないだろう。


奇妙に思ったことは、もう一つある。


一等車は全部が個室で、ボクもカオルくんも個室を一人で利用していたのだが、ボクの個室かカオルくんの個室で二人きりになろうとすると、何故かカオルくんは「個室で二人きりになるのは、はしたない」と拒否したのだ。


確かに大陸の習慣では、同じ部屋で未婚の若い男女が二人きりになるのは、はしたない事とされている。


しかし、もちろんの事だが、女同士なら問題は無い。


奇妙には思ったが、もしかしたらカオルくんの祖国の東方諸島国には、そういう習慣があるのかと思い、個室で二人きりになる事を無理強いはしなかった。


さて、カオルくんの豊富な知識と素晴らしい決断力を目撃することになった出来事に話を移そう。


それは列車が後一日で大陸中央学園に到着する距離まで来た時だった。


学園の新入生は余裕を見て、たいてい入学式の数日前に学園に到着して寮に入寮する。


ボクもカオルくんも同じ列車に乗っている数十人の新入生も、入学式の一週間前に到着する予定のこの列車に乗っていた。


列車は順調に進み、予定通りに学園に到着するようだった。


ボクは食堂車で朝食をカオルくんと一緒に食べていた。


ウェイターが運んで来たお茶は、ボクの好みより少しぬるかったので、ボクは両手でカップを包み込むようにすると、「温める」の魔法を使った。


「あっ!?今、ユリアさん。『温める』の魔法を使いましたね?『温める』の魔法は魔法帝国では、誰にでも使えるというのは本当なのですか?」


「カオルくん。本当だよ。『温める』の魔法は帝国では小学校で最初に習う魔法だからね。ティーカップ一杯程度の水の量なら、子供でも水からお湯にすることができるよ。カオルくんの国では、『温める』の魔法は珍しいのかい?」


「僕の国では『魔法』は『神術』と言って、神官や一部の武士しか使えないんです」


「神官は分かるけど、『ブシ』とは何だい?」


「僕の国の戦士で、戦闘を専門とする貴族のようなものです。ですけど帝国で言う武官だけでなく、文官としての仕事もしています」


「なるほど、東方諸島国における魔法は、昔の帝国と同じなのか、何代か前の大賢者さまが魔法を理論的に解き明かされる前は、帝国でも皇族・王族・貴族だけが魔法を使えたと言うからね」


「それが今は帝国では、市民階級や解放奴隷まで使えるようになったんですね」


「帝国の魔法至上主義者は魔法の価値が下落したと嘆いているけど、ボクはそうは思っていないけどね」


朝食を終えたところで、ちょうど列車が停車した。


ボクとカオルくんは駅のホームに降りた。


この駅では機関車の交換のために、三十分停車する。


列車の前の方を見ると、険しい山々があり、その山を貫くトンネルの入り口が見えた。


トンネルを抜ければ、いよいよ学園の敷地内に入る。


ただし、トンネルを抜ければすぐに校舎が見えるわけではなく、そこには学園で生活する人々の胃袋を満たすための農地が広がっており、さらに学園には列車で丸一日掛かる。


「あの、トンネルだけが陸地を通って学園に行ける唯一のルートなんですよ。ユリアさん」


「カオルくんに聞くまで、ボクは知らなかったよ。君は本当に知識が豊富だね」


学園の周囲は北側・東側・西側は険しい山脈に囲まれている。南側は海に面している。


山脈にはトンネルは、目の前にある一本しか掘られていない。


技術的にはあと数本掘ることは可能だそうだが、学園上層部は戦時を考えて一本だけにしている。


いざという時は、トンネルを塞いでしまえば、敵軍は地上からの進攻ルートを失うからだ。


南側の海から攻めることはできるが、敵軍は狭い海峡を通らねばならず。学園海軍での迎撃は容易だからだ。


この知識は、カオルくんから聞いてボクは初めて知った。


帝国では、まだまだ「軍事については女性が関わるべきではない」という意識が強いので、ボクは知らなかったのだろう。


そう言えば、カオルくんがどのようにして豊富な知識を得たのか聞いていなかった。


質問しようと口を開こうとした。


その時、何かが壊れる激しく大きな音がした。

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