第五十四話 カオル・大賢者・皇帝・大統領が同じ部屋にいる理由 その1
「ご注文の物をお持ちしました」
ドアの外からの声に、大賢者が魔法で一瞬で、この店の店員に間違いないことを確認した。
魔法でロックしていたドアを開けた。
「入ってください」
「失礼いたします」
数人の店員が部屋に入って来た。
カオルたちは丸いテーブルを囲んで座っていた。
そのテーブルの上に、店員たちは両手に抱えていた物を並べた。
並べ終えると、店員たちは部屋から出て行った。
大賢者は魔法で再びドアをロックした。
テーブルに並べられた物を皇帝と大統領は、財宝を見つけ出した探検家のような目で見つめていた。
「大賢者さま、確認いたしますが、この部屋のセキュリティーは万全なのですな?」
皇帝の質問に、大賢者はうなづいた。
「ワシが魔法で施したセキュリティーは間違いなく万全だ。この部屋の内部を『覗き見』『盗み聞き』するのは不可能だ。魔法で強化してある壁やドアは攻撃魔法や爆弾でも破壊して部屋に侵入するには、三十分はかかる。三十分もあれば、ワシらがこの部屋にいた痕跡をすべて消して、脱出するのは可能だ」
「なるほど、それは安心ですね。では、始めるとしましょう」
大統領はテーブルの上に並べられた物の一つに手を伸ばした。
大統領が手を伸ばした物に、ほとんど同時に皇帝も手を触れた。
皇帝と大統領は静かに、にらみ合った。
「皇帝陛下、私の方が先に手を伸ばしたのですよ?」
皇帝は軽く首を横に振った。
「手に触れたのは、余の方が先だ。大統領閣下」
「いや、私の方が先に手を触れました」
「繰り返すが、余の方が先に手を触れた」
「相変わらず帝国は頑固ですね。『この大陸すべての物は皇帝の支配下にある』などという古い主張を持ち出す気ですか?」
「もちろん、大陸の西半分は、連邦が所有して開拓した土地であり、あなたがたの物だ。古き時代の皇帝たちの主張を持ち出したりはしない。だが、これは話が違う。これは余の物だ」
皇帝と大統領は無言でにらみ合ってから、大賢者に目を向けた。
「連邦と帝国との間で紛争が起きたら、大賢者さまに仲裁を頼むのが慣例です。大賢者さま、お願いいたします」
大統領の言葉を受けて、大賢者はカオルに目を向けた。
「カオル、ワシの弟子として、二人の仲裁をしてみろ」
カオルは、皇帝と大統領に交互に目を向けた。
「あの……、お二人とも譲る気は無いのですか?」
「私には無いです」
「余にも無い」
カオルは正直困惑していた。
ここは学園都市にある有名スイーツ店の個室。
そこで、ケーキ一つをめぐって皇帝と大統領が争っているのだ。
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