第五十三話 カオルが初対面の人に怒鳴ってしまった理由
「カオルさん、驚かせてしまったみたいね。私の事情を説明するわね」
エレノアの説明は、次のようなものであった。
エレノアは、機械連邦初の女性大統領になることを目指している。
機械連邦においては女性の実業家や政治家もいるが、「女性の社会進出」については、まだまだ偏見が多いため少数である。
「女性は家庭にいるべき」という社会的風潮が強いのだ。
「女性政治家や女性実業家に何人か直接会って話を聞いたことがあるけど、男性から『女が社会に出て、男を部下にして働いているなんて生意気だ』なんて言われるのは、まだいい方で。同じ女性から『いつ仕事を辞めて家庭に入るの?』なんてことも言われるのよ。男性からだけじゃなく、同じ女性からも偏見は強いのよ」
「それは分かります。わたしの祖国の東方諸島国では更に酷いですよ。武家でも商家でも当主に女性はゼロですから。でも、奥さんが旦那さんのことを裏からコントロールしていて、実権を握っているところもありますよ」
「連邦や帝国でも、そういう家はあるわ。でも、私は名実ともにトップに立ちたいのよ」
「それで話を戻しますけど、わたしたちが結婚したら『女同士で子供ができない』のが何故好都合なのですか?」
「私の実家はフランクリン家の本家なのだけども、私は一人っ子で兄弟姉妹はいないわ。本家を存続させるためには、私は分家から、お婿さんを迎えなければならないのよ」
「連邦トップクラスの名家であるフランクリン家への婿入りともなれば、狙っている男たちは多いんじゃないんですか?」
「その通りよ。カオルさん、分家の男どもは実家にいる時は何かと理由をつけて私に会いに来たし、この学園に入学してからも、頻繁に手紙を送りつけて来るのよ。はっきり言って煩わしいのよ」
「在学中は『結婚』は無理でも『婚約』はできますからね。わたしと婚約することで煩わしさから逃れるつもりですか?」
「その通りよ。カオルさん」
「でも、わたしと結婚して三年ぐらいで子供ができなければ『後継者』の問題が発生しませんか?」
「そう、それが狙いよ」
「どういうことですか?」
「子供ができなければ、分家から『養子』をむかえることになるわ。どこの分家も自分の子供を本家の養子にしようと、私のご機嫌をうかがうことになるわ」
「そうやって、フランクリン一族全体を操るつもりなんですね?でも、上手く行きますか?」
「上手く行かせるわ。もちろん、私と将来結婚するかの選択権はカオルさんにあるわ。あっ!もう、こんな時間!カオルさん寝ましょう。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
カオルとエレノアは同じベッドの上で一緒に寝ようとしていた。
「あっ!言い忘れていたわ。カオルさん、ユリアやアンさん、サリオンさんも、あなたに結婚を申し込むつもりだそうよ。それじゃあ、今度こそ、おやすみなさい」
エレノアが寝てしまった後、カオルはもんもんとして眠れなかった。
いよいよ帝国の皇帝と連邦の大統領が学園を訪問する前日の晩になった。
カオルは大賢者の部屋にいた。
「なるほど、それで、カオル、お前は、ここのところ寝不足だったのか」
大賢者は笑いながら言った。
「師匠、笑い事じゃないですよ!本当にみんなからプロポーズされたんですよ!?本当に僕はどうすれば……」
悩むカオルに対して大賢者はますます笑った。
「良いじゃないか?モテモテで、みんなは『返事は卒業まで待つ』と言ってくれているんだろ?卒業までに返事を決めればいいじゃないか?」
「気楽に言ってくれますね。師匠、みんなには色々と嘘を言ってますから待たせるのは心苦しくて……」
カオルは大賢者の横にいる今日が初対面の二人に目を向けた。
「師匠、話は変わりますけど、そちらのお二人は何ですか?」
「説明しただろ?ワシの古くからの知り合いだ」
「何で寮の師匠の部屋にいるのですか?」
「二人とも一度でいいから学園の女子寮に入ってみたいというのでな」
「師匠!忘れているんですか?ここは『男子禁制』なんですよ!?お二人は『男』じゃないですか!?」
「すでに、この女子寮にはワシとお前という男が二人いるじゃないか?二人が四人になったところで、大して変わらんだろう」
「一応、僕と師匠は『女子生徒』ですけど、こちらのお二人は、そうじゃないでしょ!?教職員でも生徒でも無い人を女子寮に無断で入れるのは問題です!」
「いいじゃないか。どうせ明日になれば二人は学園中から大歓迎されることになるんだから」
「何で!?明日、学園を訪問する予定の『皇帝陛下』と『大統領閣下』が、今、ここにいるんですか!?」
カオルが指差した初老の男性二人は、正真正銘の魔法帝国皇帝オキロ・アウグストゥスと機械連邦大統領ロバート・ジェラルドであった。
二人はキョロキョロと物珍しそうに、あちこちに視線を向けている。
「私がここ学園の男子生徒だった頃、女子寮の秘密の花園には一度入ってみたいと思っていましたが、大統領になってから数十年前の願いが叶うとは!感謝感激です!」
「うむ、同感だ!余も生徒だった時は何度も馬身鉄道に乗って、この女子寮の前の駅を通ったものだ。女子寮前の駅で男子生徒が降りただけで変質者あつかいされてしまうからな。無念の涙をのんだものだ。皇帝になってから若き日の夢が叶うとはな!まことに嬉しい!」
カオルは思わず叫んでしまった。
「大陸を代表する二つの超大国の国家元首が何をしているんですか!?」
大賢者が「防音」の魔法をしているので、声が外に聞こえる心配は無い。
だが、叫んでしまってからカオルは我に返った。
「皇帝」と「大統領」に向かって自分が怒鳴ってしまったことに気づいたからだ。
「大変失礼をいたしました。申し訳ありませんでした。皇帝陛下、大統領閣下、謝罪いたします」
頭を下げるカオルに対して皇帝と大統領は軽く応じた。
「気にするな。余は構わん」
「私も構いません」
皇帝と大統領という地位にありながら、自分という子供に怒鳴られても余裕で応じる二人の姿に、カオルは尊敬の気持ちが芽生えかけた。
だが……。
「いやあ、異国の美少女に怒鳴られるというのは快感なのだな!皇帝である余を怒鳴る者などいなかったから今まで気づかなかった」
「私も同感です。大統領となると表向き品行方正でいなければなりませんからね。こんなことを選挙民の前で言ったら落選間違いなしですが」
「うわあっ!皇帝陛下、大統領閣下、と言っても大賢者の僕の師匠と同じで一皮剥けば『ただの変なジジイ』じゃないですか!」
大賢者、皇帝、大統領の三人がカオルの反応に愉快そうに笑った後、大賢者が真剣な表情になって言った。
「さて、カオル、お喋りを楽しむのは、ここまでにして本題に入ろう。明日の皇帝と大統領の学園への公式訪問についてたが……」
星明かりと月明かりだけだった空が東からゆっくりと日の光に照らされていく。
学園中がざわめいている。
学園の表玄関である学園中央駅の駅前広場では、ざわめきは最も大きかった。
ざわめいていながらも駅前広場に集まった群集には緊張感があった。
この大陸の二大超大国の国家元首である皇帝と大統領が学園を訪問するからだ。
二大超大国の国家元首の史上初の直接会談が学園で行われる。
間違いなく大陸の歴史に残る出来事の目撃者となれることに、群集は興奮していた。
遠くから汽車の汽笛の音が二つ同時に聞こえた。
二つの列車が同時に駅のホームに入って来た。
それらは皇帝専用列車と大統領専用列車であった。
同時に別のホームに停車し、皇帝近衛隊に囲まれた皇帝が列車から降り、大統領警護隊に囲まれた大統領が列車から降りた。
二人は少し離れて並んで歩いて、駅前広場に出た。
駅前広場に集まった群集からは歓声が上がった。
二人は近づくと握手を交わした。
在位している魔法帝国皇帝と現職の機械連邦大統領が初めて握手を交わした歴史的瞬間であった。
群集からの歓声はさらに大きくなった。
皇帝と大統領に一人の少女が近づいた。
事前に決められていた予定通りだったので、皇帝近衛隊も大統領警護隊も、その少女が近づくのを止めなかった。
少女は学園の女子用制服を着ていた。
学園生徒全員を代表して、二人を歓迎するカオル・タイラ歓迎委員会委員長であった。
カオルは皇帝と大統領に同時に歓迎の花束を渡した。
次の瞬間、皇帝・大統領・カオルの三人が地面に倒れた。
周囲は騒然となり、救急馬車が呼ばれて三人とも学園中央病院に搬送された。
その日、発行された新聞号外では、皇帝と大統領が倒れて入院したことが報じられた。
「これが、さっき出たばかりの夕刊ですよ」
「ほう、号外よりも詳細が報じられているな。これによると、あの花束には毒物が仕掛けられていたとあるな」
「花に毒物が塗られていて、熱をあてると気化して、それを吸った者に害をなすのだそうですよ」
「なるほど、毒を塗った花を触っただけでは害は無く、気化した物を吸った時だけ害のある特殊な毒物をであったのか、事前にチェックしても分からないな」
「遠距離から魔法で花束に熱を照射して、気化させたのだそうですよ」
「なるほど、上手い手段だ。毒を気化させる程度では魔力が低くて、事前に探知することはできない。余たちを暗殺するような手段としては、『強力な攻撃魔法』『銃による狙撃』『爆弾』などをどうしても想像してしまうからな。このような手段は盲点だ」
「どの新聞も『皇帝と大統領が生死の境をさまよっている』とは書いてありますけど、カオルさんの容体についてはほとんど何も報じられていませんね」
「不公平なことだな。そうは思わないかね?カオルさん」
「まあ、どうでもいいんですけど、僕としては。皇帝陛下と大統領閣下の容体が重大ニュースとしてあつかわれるのは当然ですし、ところで、師匠、皇帝陛下、大統領閣下、これからのご予定は?」
カオル、大賢者、皇帝、大統領はある店の個室にいた。
「頼んでいた物が届いてから話すことにしよう」
大賢者の発言と同時にドアが外からノックされた。
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今まで一話4000文字で書いてきましたが、次話からは一話1000文字で書いてみます。
スローペースの更新になると思いますが、よろしくお願いします。