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第五十二話 エレノアがプロポーズした理由

エレノアの疑問にカオルは答えた。


「今でも、大賢者の……、つまり、わたしの師匠の所有に連邦全部の土地がなっているのは、師匠の話によると、『保険』のためだそうだよ」


「保険?」


「うん、そう。初代ジョージを大統領として建国した『機械連邦』は、今でこそ、『魔法帝国』と肩を並べる大国だけど、建国当初は弱小国だった。『鉄砲』で帝国に対して、軍事力では一時的に優位に立ったけど、総合的な国力ではくらべるのも馬鹿らしいほどの格差だった。経済的・文化的に併合されるか、属国にされる危険が常にあったんだ。そのための『保険』だったそうだよ」


カオルの話を聞いて、少し考えた後、エレノアは口を開いた。


「なるほどね。分かったわ。最悪の場合、連邦が帝国に併合されても、大陸西部に住んでいる連邦市民……、帝国から見れば逃亡奴隷は、大賢者さまの『所有する奴隷』になることで生き残ることにしたのね?」


「その通りだよ」


「でも、それじゃあ、連邦建国当初なら分かるけど、今は、連邦と帝国の国力は同じぐらいだわ。何で、『保険』として、今でも連邦全土が大賢者さまの所有になっているの?」


「それは、ちょっと複雑な話になるよ。歴代の大賢者たちが連邦全土の土地を所有してきたのは、少し嫌な言い方になるけど、連邦の『弱み』を握っているんだ。そして、大賢者は、帝国の方の『弱み』も握っている」


「帝国の『弱み』って何なの?……、ああ、ごめんなさい、カオルさん、私には教えられないわね。下手をしたら、ユリアたちの『弱み』を私が知ることになるわね」


「エレノアさんが、どうしても知りたいというなら教えるよ?」


エレノアは少し黙って考え込んだ。


「カオルさん、私を試しているの?将来、政治家を目指している私としては、『帝国の弱み』を知っていた方が良いけど、そうすると、ユリアたちとは不公平になるわ。みんなとは『お友達』でいられなくなるかもしれないわ」


「エレノアさん、悪いけど、正直言って、その考えは甘いと思うよ。エレノアさんは、連邦の政治家のトップの大統領を目指しているんでしょ?今まで、女性で大統領になった人はいないし、政治家や実業家でも女性は、まだまだ少ない。そんな状況で、馬鹿正直な方法で、大統領になれると思っているのですか?」


「カオルさん、あなた結構キツいこと言うのね。最初に会った時には、少し気弱な感じの女の子にも見えたのに?」


「エレノアさん、わたしのこと嫌いになりましたか?」


「いいえ、会ったばかりの頃は、『頭の良い可愛い異国の女の子』とだけ思っていたけど、ある意味、それは、私が、あなたを『ペット』や『ヌイグルミ』と同じように、ただ可愛がっているだけなのよね。それでは、対等の関係の『お友達』とは言えないわ。今、本当に、私たちは『本当のお友達』になれたのかもしれないわね。そうは思わない?カオルさん」


カオルは、それには直接答えなかった。


「話を戻しますけど、師匠が連邦と帝国両方の『弱み』を握っているのは、バランスを維持するためなんです。どちらか一方だけの『弱み』を師匠が握っているという状況になると、長年維持されてきた『大賢者』『帝国』『連邦』の三竦みの状況が崩れますから」


「なるほどね。政治的なパワーバランスを維持するためなのね。バランスが崩れたら、大陸全土を巻き込んだ戦争になりかねないものね」


エレノアは納得するように何度もうなづくと、別の疑問が浮かんだようで口を開いた。


「それと、素朴な疑問なのだけど、連邦の一般市民の間で、普通に連邦の土地は売り買いされているわ。私の実家の屋敷は、私の数代前のご先祖が買った物で、私は土地の権利書が、ちゃんとあるのを見たことがあるわ。連邦全土の土地の所有者が大賢者様ならば、何故、売り買いが可能なの?」


「それは、連邦の上層部の一部しか知らないことですが、『所有権』ではなくて、『使用権』を売り買いしているんです」


「『所有権』ではなくて、『使用権』?どういうことなの?」


「連邦全土の土地を所有し続けているのは、歴代の大賢者ですけど、連邦政府との秘密の契約で、『使用権』は自由に売買可能になっているんです」


「それじゃあ、大賢者様が、『使用権』を私たち連邦市民から取り上げる、と言ったら、どうなるの?」


「それこそが、師匠が握っている『連邦の弱み』です。『使用権』すべてを連邦市民から取り上げて、帝国皇帝に連邦全土を売りつけることさえ可能なんです」


「なるほどね。そうなったら、私たち連邦市民は、『皇帝の奴隷』までにはならなくても、『皇帝の小作人』にはなってしまうわね。大賢者様は、そうやって自分の『権威』を維持しているのね」


「あの……、エレノアさん、歴代の大賢者のこと、師匠のことを軽蔑したりはしないんですか?」


「軽蔑する?何で?」


「だって、大陸の人たちには、大賢者は『聖人』のようにあつかわれています。でも、裏の顔は少し大げさに言えば『脅迫者』です。裏の顔を知ってしまって、普通は軽蔑しませんか?」


エレノアは曖昧な笑みを浮かべた。


「大陸には、子供向きに分かりやすく書かれた歴史上の偉人たちの伝記があるのだけど、カオルさんは読んだことある?」


「はい、師匠の弟子になったばかりの頃、大陸の言語と歴史の勉強を兼ねて読みました」


「ああいう本では、偉人たちが成し遂げた偉大な業績について書かれているのは勿論だけど、偉人たちは全員が人間的に『聖人君子』だったように書かれているわ。それを最初に読んだ時に、カオルさんは、どう思った」


「あまりに人間的に立派過ぎて、東方諸島国の人間と大陸の人間は、生き物として大分違うんじゃないなと思いました」


エレノアは軽く笑い声を立てた。


「小さい頃、私の方は本に書かれたことを素直に受け取って、偉人たちを本当に『聖人君子』だと思っていたわ」


「素直に受け取らなかった。わたしは素直じゃなくて、ひねくれているって言うんですか?エレノアさん」


カオルは少し頬を膨らませた。


エレノアは愉快そうに笑った。


「違うわ。『物事には子供には見せられない裏がある』ということを知るのが、カオルさんの方が早かったということよ。例えば、半世紀ほど前の連邦の有名な偉人で、貧しい家庭の子供たちも教育を受けられるように、初等教育の無料化の実現に貢献した人を知っている?」


「はい、知っています。エレノアさんの親族に当たる男性でしたよね。確か名前は……」


「待って!カオルさん!名前は言わないで!その男の名前を聞くのは嫌なの!」


「エレノアさんが名前を聞くのが嫌なのは、彼の個人的な所業が原因ですか?」


「カオルさんは知っているのね?」


「はい、彼は結婚していて奥さんがいたのですが、複数の貧しい女性と関係を持って、全員を妊娠させたのでしたよね?」


「そう、そして、生まれた子供たちは認知もしなかったし、養育費を出そうともしなかった。私の直系のご先祖さまである当時の本家の当主が、後始末をして、女の人たちと子供たちは生活には困らなかったそうだけど、大人向きの歴史書で、初めて、それを知った時には、すごくショックだったわ」


「確かに、彼は子供向けの本には、家庭的で、すべての女性に対して親切な紳士として書かれていますからね。まあ、子供向けの本に彼の実態を書くわけにはいきませんからね」


「私は、彼のことは嫌いだけど、彼の功績は認めているわ。それと同じで、大賢者さまの裏の顔を知っても軽蔑したりはしないし、尊敬する気持ちに変わりは無いわ。ところで話は変わるのだけど、私たちの将来に関わる重要な話をしたいの」


「わたしたちの将来に関わる重要な話って、何ですか?」


「ねぇ、カオルさん、私たち結婚しない?もちろん、この学園を卒業してから数年後の話よ」


カオルは、エレノアの口から発せられた言葉に驚愕したあまり、何も反応ができなかった。


(聞き違いじゃないよね?当たり前だけど、女同士で結婚なんかできない。僕が『本当は男』だとバレたのか?……ということは、エレノアさんは『男』の僕に魅力を感じて……)


「ああ、ごめんなさい。カオルさん。言葉が足りなかったわね。もちろん、『女同士』で結婚なんかできないわ。カオルさんは魔法で『男の体』になれるのよね?みんなには『女の体』の方が魔法による偽装だったと言ってくれればいいわ。そうすれば、私たちは普通に『男と女』として結婚できるわ」


「あの……、それって、わたしと『偽装結婚』したいってことですよね?」


「そうよ」


エレノアは、あっさりと答えた。


「何で、そんなことを……、ああ、わたしが将来、師匠の跡を継いだ場合、わたしが持つことになる『大賢者の特権』が目当てですね?『政略結婚』ですね?」


「その通りよ。カオルさん、私のこと軽蔑した?」


「いいえ、わたしの祖国でも上流階級は政略結婚が当たり前ですし、少女向けの小説のように『恋愛結婚至上主義』というわけでもありません。でも、『政略結婚』の相手に本当に、わたしでいいんですか?いくつか問題がありますが?」


「問題って、何かしら?」


「まず、表向きはともかくとして、『女同士』では子供ができません。『後継者』がいないのは、エレノアさんのような名家では問題になるのでは?」


質問を口に出しながら、カオルは複雑な心境だった。


(本当に僕は男だからエレノアさんと『子づくり』は可能なのだけど、エレノアさんは、まだ僕のことを『本当に女』だと思っているから、こんな質問をしなきゃならない。いっそのこと、僕が『本当に男』だと告白しようか?いや、『女同士』で『偽装結婚』『政略結婚』しようとするエレノアさんの真意を知る方が先だ!)


「カオルさん、子供ができないと分かっているのなら却って好都合よ。私の実家のフランクリン家には親戚が多いのだもの。後継者にするために養子にできる子供なら沢山いるわよ」


「えっ!?」


カオルは驚いた。


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