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第五十一話 大賢者が機械連邦で高い権威な理由

「カオル、何故、その小さな箱の中に重要な物が入っていると分かる?」


カオルは右手を大賢者と繋いだまま、左手で小さな箱を持った。


「この木箱、かなり古びていて、蓋に刻まれていた文字も、かなり薄れていますけど、『フランクリンの薬屋』と読めます。エレノアさんのご先祖の初代フランクリンが経営していた薬屋で販売していた薬箱ですよね?しかも、この箱は、初代フランクリンが帝都で薬屋をしていた頃の物では無く、大陸西部に逃亡してからの物ですよね?」


「確かに、その箱は、初代フランクリンの薬屋で販売していた物だが、何故、大陸西部に逃亡してからの物だと分かる?」


「この箱を作る材料に使われている木は大陸西部でのみ生えている物です」


「その通りだ。カオル、初代フランクリンは、大陸西部に来る逃亡奴隷に、風土病の治療薬は無償で提供していたが、それ以外の薬は有料で売っていた。その薬箱に薬が詰められて客に渡されていたんだ」


「この薬箱その物が歴史的に貴重な物ですね。開拓初期の大陸西部は慢性的な物不足でしたからね。こういう木箱は他の物を作る材料に再利用されちゃって、ほとんど残っていませんからね。これ以外では連邦の博物館に展示されている一つだけですからね」


「さて、カオル、ここで問題だ。その箱の中には何が入っていると思う?」


「手に持った感じだと、軽いですね。やっぱり、これも書類ですか?」


「本当に書類が入っていると思うか?」


カオルは少し考え込んだ。


「師匠が、そう言うからには書類じゃないんでしょうね。でも、片手で持てる大きさで、軽い……、師匠、この箱を揺すってもいいですか?」


「構わんよ。箱が傷つかないように注意してくれればな」


カオルは箱を自分の左耳に近づけると、軽く揺すった。


「箱の中で何かが動くような音がしない……、中身がたっぷりと詰まっていて隙間が無いのか……、それとも、空っぽなのか……」


「空っぽの箱を何でワシがわざわざ『物置』に置いておくのだ?」


「そうすると、中身がたっぷりなのかな?……、いや、捻くれ者の師匠が、そう言うと言うことは……、この箱は中身は空っぽなんでしょう?」


「おい、おい、師匠を『捻くれ者』と呼ぶとは、何て弟子だい?それはともかく、繰り返して言うが、何で、わざわざ空の箱をここに置いておくのだ?」


「この箱、その物が重要なのでしょう?」


「その箱その物は、今は歴史的に貴重な物だが、当時は一家に一箱はある。ありふれた物だったんだぞ?」


カオルは、それには応えずに箱の横と裏を見た。


「カオル、何をしている?」


「この箱、その物に何か彫り込みがしてあるんじゃないかと……、箱の外側には『フランクリンの薬屋』としか彫り込んでいない……、そうか!箱の内側に何か彫り込みがしてあるんですね!その彫り込みが重要な物なんだ!」


「なるほどね。そう思うなら、蓋を開けて、中を見てみろ」


カオルは箱を地面に置いて、蓋を取り外した。


「あれっ!?箱の中には何も彫られていない!」


蓋を左手に持ったまま、カオルは箱の内側を舐めるように見た。


箱の中には何も入ってはおらず。


箱その物には、長年の汚れが染み付いているだけだった。


「どういうことなんだ!?これは!?」


カオルは自分の左手で自分の頭を押さえようとして、左手に蓋を持ったままなのに気づいた。


蓋の裏側が目に入ると、カオルは納得した表情になった。


「なるほど、こういうことだったんですね」


蓋の裏側に、文章が彫られていた。






『物置』から、カオルと大賢者は出た。


二人とも手ぶらで何も持っていなかった。


大賢者は「物置」の入り口を閉じた。


「師匠、その『物置』が、それ一つしかないのは残念ですね」


「ワシも残念に思っている。ワシの数代前の大賢者が、この魔法を開発したのだが、弟子に教える前に、不慮の事故で亡くなってしまい、この魔法は受け継がれなかったのだ。ワシも使い方しか分からん」


「師匠なら研究すれば、魔法を解析できるんでしたよね?」


「ああ、だが、そのためには、この魔法の研究だけに専念して、ワシ1人では最低10年はかかる。その間は、他のことはできなくなる。ワシにはやらねばならねことが色々あるのだ。一つのことだけには専念できん」


「他の人に研究を任せることもできないんでしたね?」


「例えば、帝国のトップクラスの魔導師が50人ほどで研究チームを組んで、50年ほど一致団結して、この魔法を研究すれば、完全に解析するのは可能だろう」


「でも、師匠、二つの理由から、それは不可能だと言ってましたよね?」


「ああ、まず、一つ目の理由は、帝国のトップクラスの魔導師たちが一致団結することはありえない。魔導師たちは出世競争のライバル関係にあるからな。例え、皇帝が厳命したとしても、お互いを出し抜こうとして、足の引っ張り合いになる。100年掛かっても、まともに研究なぞできんだろう」


「師匠、二つ目の理由が、『物置』を研究するためには、収納されている物を全部出して、空にしなければならないからでしたよね?」


「そうだ、だが、『物置』以外の場所に保管しておくにはヤバい物が多過ぎる。結局、研究は不可能ということだ」


「確かに、今、見てきた。薬箱の蓋の裏側に彫られていた文章なんて、特に連邦にはヤバ過ぎる物ですね。これ、エレノアさんに話してもいいんですか?」


「その判断は、お前に任せる」






翌日の夕食後、女子寮のエレノアの部屋で、カオルはエレノアと二人きりで歓談していた。


最初は、カオルとの会話を楽しんでいたエレノアは、カオルから「重要な話がある」と、その内容を聞いた途端、幽霊を見たかのように青ざめた。


エレノアは真冬に池に落ちたかのように、身体を震わせながら机に向かった。


椅子に座ると、机から日記帳を取り出して、ペンを持った。


「ちょっと!ちょっと!エレノアさん!何をしようとしているの!?」


「えっ!?何って……、今、カオルさんから聞いたことを日記帳に書こうと……」


「エレノアさん!落ち着いて!今、わたしが言ったこと、日記帳に書いておけることだと思う!?」


エレノアはゼンマイの切れたゼンマイ仕掛けの人形のように数秒動きを止めた。


数秒後に、ペンを放り投げるように手から放すと、日記帳を机の引き出しにしまった。


「ごめんなさい。カオルさん、冷静さを失っていたわ」


「こちらこそ、ごめん、こんな大変なこと、エレノアさんには教えない方が良かったかな?」


エレノアは首を軽く横に振った。


「いいえ、教えてくれて、ありがとう。でも……」


エレノアはヨロヨロと椅子から立ち上がると、ベッドに向かった。


「さすがに、ショックだったわ。まだ寝るには早い時間だけど、ベッドに横になるわ」


「それじゃあ、エレノアさん、わたしは、これで失礼……」


カオルはエレノアの部屋から出て行こうとした。


「待って!カオルさん!その……、私と一緒に寝てくれない?」


「えっ!?ええええっ!?」


「お願い!カオルさん!こんな不安な気持ちじゃ、今夜は1人では寝られないわ!」


「で、でも……」


「私を、こんな不安な気持ちにさせたのは、カオルさんなのよ?責任を取ってはくれないの?」


「分かりました。寝間着を取って来ますので、ちょっと待っててください」






カオルはエレノアと一緒にベッドの中にいた。


「ああ、やっぱり、カオルさんのベッドの中での抱き心地は最高だわ。今まで、何度誘っても、カオルさんは一緒に寝てくれなかったのだもの。ようやく、夢が叶ったわ」


「あの……、エレノアさん、不安で寝れないって話は……」


「もちろん、本当よ。今も不安で不安でたまらないわ。こうやって、あなたの身体の温もりを感じることで、少し安心できるのよ」


「すいません、やはり教えない方が良かったですか?」


「いいえ、『連邦初の女性大統領』を目指している私としては知っておかなきゃならなかった情報よ。でも、仲の良いお友達の誰にも相談できないのは辛いわね」


「それは、ユリアさんたちのことですか?」


「そうよ。ユリアも、アンさんも、サリオンさんも大切なお友達だけど、帝国人だわ。帝国と連邦両方の利益のために活動する人たちだけど、双方の利益が、どうしても一致しない時は、帝国の利益を優先するわ。こんな連邦にとって重要な秘密を彼女たちには話せないわ」


「わたしは東方諸島国人ですよ?わたしも祖国の利益を最優先しますよ?」


カオルは少し真剣な声になって言った。


エレノアも少し真剣な声になって答えた。


「それは当然よ。誰でも自分の利益のために行動するものよ。でも……、やっぱり、ショックだわね。初代フランクリンが、そんな文章を残していたなんて……、連邦その物を揺るがす大問題だわ」


薬箱の蓋の裏に彫られていた文章は、次のようなものであった。


『大陸西部の土地の全ての所有者は、大賢者であり、その所有権は歴代の大賢者に継承される』


「私のご先祖さまの初代フランクリンと初代ジョージが、当時の大賢者さまが大陸西部の土地全部の所有者ということにしたのね。理由は分かるわ。当時の帝国政府は大陸全土を自国の領域だと主張していたわ。風土病で住民がいなかった大陸西部も当然帝国の土地だったわ。帝国から見れば『逃亡奴隷』に過ぎなかった初代ジョージたちが『土地の所有権』を主張しても認められるわけは無かったわ」


「師匠から聞いたけど、初代フランクリンと初代ジョージは自分たちの方から当時の大賢者に頼んで、大陸西部の土地すべての『所有者』になってもらったそうだよ」


「そうね。帝国も大賢者さまの土地を強制的に取り上げるなんてことはできないわ。そうすることで、初代フランクリンたちは『間借り人』として大陸西部における居住権を帝国に認めさせようとしたのね。連邦で大賢者さまが高い権威な裏の理由が分かったわ。だけど……」


「だけど……、何です?エレノアさん」


「何で、今でも連邦全部の土地の本当の所有者が、大賢者さまということになっているの?」

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