第五十話 大賢者が魔法帝国で高い権威な理由
カオルの言葉に、大賢者は答えた。
「まあ、たしかに遠大な計画なんて物は無い。『マサミ』が『カオル』の妹弟子ならば、カオル、お前がエレノアさんたちに今まで一度も話したことが無いというのは不自然だったな」
「確かに、僕も不注意でした。事前に何か上手い言い訳を考えておくべきでした」
「まあ、しかし、我ながら『大賢者の遠大な計画』というのは便利な言葉だのう。実は何も計画なんぞ無くても、有ると、誰でも信じてしまう」
「師匠、それだけ大賢者の『権威』は大陸の社会に浸透しているということです。ところで、本当の『大賢者の遠大な計画』について話しませんか?」
「カオル、何だそれは?」
「とぼけないでください。歴代の大賢者が長年に渡って貯め込んで来た『大賢者の秘宝』があるのでしょう?それを使った計画があるのではないですか?」
大賢者は愉快そうに笑った。
「カオル、お前は大陸の三流雑誌に載るような、そんな与太話を信じているのか?」
「まあ、確かに大陸に来てから初めて読みましたけど、世間の怪しげな噂話を集めた雑誌には、大賢者が帝国の皇帝や連邦の大統領にさえも大きな顔ができる理由は、『大賢者の秘宝』があるからだと、その秘宝は人間の精神を操ることができる魔道具だと」
大賢者はさらに愉快そうに笑った。
「カオル、お前は魔法について何を学んでいるんだ?魔法は手から火を出したりなどの物理現象を発生させることはできるが、人間の精神を操るような魔法は存在しない。それは魔法理論として、すでに証明されている。ああいう雑誌は、書く方も読む方も嘘の話だと分かって楽しむ物だ」
笑っている大賢者に対して、カオルは真剣な顔で応じた。
「それは知っています。僕が言いたいのは、以前、師匠から見せてもらった。『大賢者の物置』にあった物です。あの物置にあった物があるから、歴代の大賢者たちも、そして師匠も、大陸において皇帝や大統領より、ある意味高い地位にあるのでしょう?」
大賢者は笑うのを止めて、真剣な顔になった。
「カオル、それじゃあ、物置に行くぞ」
大賢者は立ち上がると、懐から何かを取り出した。
それは鍵であった。
錆びていて古めかしいが、何の変哲も無い普通の鍵のように見える。
大賢者は、その鍵を何も無い空間に鍵穴に差し込むように突き出した。
そして、大賢者はカオルにも聞こえないような小さな声で呪文を唱えた。
大賢者の前の空間にドアがあらわれた。
そのドアが開くと、ドアの中には薄暗い空間が広がっていた。
「カオル、一緒に入るぞ。前に一度入ったから分かっているだろうが、絶対にワシの手を話すなよ」
大賢者は自分の左手をカオルに向けて差し出した。
「分かっています。師匠」
カオルは自分の右手で大賢者の左手をつかんだ。
二人は手をつないだまま開いたドアの中に入った。
二人は薄暗い空間を並んで歩いた。
「しかし、師匠、前に一度入った時も思いましたけど、これだけ広い空間を『物置』と呼ぶのは変じゃないですか?」
「普段は使わない物を入れておく場所だ。『物置』と呼ぶのが、一番ふさわしいだろ?」
カオルは上下左右を見回した。
「師匠、天井も壁も見えなくて、広過ぎて気持ち悪いくらいですよ。この空間に『果て』はあるんですかね?」
「『果て』が、あるのか無いのかも不明だ。歴代の大賢者の一人が一カ月ほど、この空間を探検したことがあったが、『果て』には辿り着けなかったそうだ。繰り返し注意しておくが、握っているワシの手をこの空間にいる間は絶対離すな。ここから、お前は出られなくなるからな」
「分かっています。こんな所で死ぬまで暮らすつもりはありません」
二人が、しばらく歩くと薄暗い空間の中に、まばゆい光があふれる場所があった。
そこには、金塊や銀塊が山のように積み上げられていた。
「師匠、前に一度見た時にも思いましたが、金銀をガラクタでも積み上げているみたいに置かずに、きちんと整理整頓したらどうですか?」
カオルはニヤニヤ笑いながら言った。
大賢者もニヤニヤ笑いながら返した。
「カオル、分かってて言ってるだろう?この空間に入れるのは、ワシと手を繋いだ二人だけだし、魔法は一切使えなくなる。手作業だけで、これだけの量を整理したら、どれだけ時間が掛かるから分からん。適当に放り込んでおくだけで精一杯だ」
大賢者は、いったん言葉を切ると、少し真剣な顔になってカオルに質問した。
「カオル、ところで、この金銀の山を見て、どう思う?」
「個人の財産として見れば莫大な量になりますけど、帝国や連邦の中央銀行に大金庫に保管されている公表されている金銀の量から見れば大した量ではありません。個人の財産としてならば、関白さまの金蔵にある金銀の方がはるかに多いです」
「おお、カオル、そういうことが言えるようになったか、初めて、この金銀の山を見せた時とは、まるで違うな」
「僕が師匠の弟子になったばかりの時に、ここに来ましたね」
「そうだ。あの時は、お前は無感動に金銀の山を眺めているだけだったからな。帝国の皇族・大貴族や連邦の大資本家の子弟に、これを見せると目の色を変えて興奮するのにな。動じないお前がよほどの大人物かと思ったぞ」
「あの頃の僕には銅貨十枚でも大金でしたからね。金銀の山を見ても価値が分からなかっただけですよ。しかし、師匠、ある意味、悪趣味ですね。まだ幼い有力者の子供たちに、これを見せて、大賢者の財力を見せつけるなんて」
「そうすることで、幼い純真な子供たちに、『大賢者の権威』を刷り込んでいるんだ。将来、子供たちが親の地位を継いだ時に、大賢者を自然に『敬う』ようになるようにな。カオル、お前の言った通り、大賢者の地位は公的な裏付けの無い、曖昧なものだからな。地位を維持するためには色々とやらねばならん」
「大賢者も楽な商売じゃ無いですね。ところで、師匠、この物置の中で行きたい場所があるんですが?」
「どこに行きたいんだ?」
「古紙が山になっている所です」
カオルと大賢者は、「物置」を奥の方に進んだ。
歴史的に価値のある品物や、貴重な美術品・工芸品が山になっている場所もあったが、二人は、それらには目もくれず、どんどん奥に進んだ。
やがて、大量の紙が山のように積み重ねられている場所が見えてきた。
紙の山から漂って来る臭いに、カオルは顔をしかめた。
「師匠、相変わらずカビ臭さが酷いですね。この空間に入れておいた物は劣化しないんじゃ?」
「仕方ないたろ。歴代の大賢者たちが手に入れた時点で、保存状態が悪く、紙屑同然になっていた物も多いのだから、この空間に入れておいた物は劣化はしないが、再生もしないんだ」
カオルは古紙の山から適当に一枚を引き抜くと、その紙に書かれている文章を読んだ。
「日付は三百年ほど前、帝国のある伯爵家から、ある公爵家に宛てに送られた書状ですね。公爵家に赤ちゃんが産まれたお祝いの品を贈るとあります」
「さて、カオル、その書状の意味は分かるか?」
大賢者は、学校の授業中に生徒に授業内容を理解しているか質問する教師のような態度で言った。
カオルも生徒のような態度で答えた。
「はい、公爵家に男子が生まれたので、馬一頭と魔導杖一つを贈ると書状にはあります。しかし、この書状と一緒に現物を贈ったのでは無く、現物は後から贈ることになっております」
「普通は贈答品に書状を添えて、現物を一緒に贈るものだが、現物が後からになっている理由は、何だ?」
「はい、帝国の大貴族と言うと、領地からの莫大な収入で、贅沢な生活をしているイメージがありますが、確かに収入は多いですが、支出も多いんです。自由に使える金は意外に少ないんです。特に貴族同士の交際費がかさむんです。贈答品に掛かる費用も馬鹿になりません。毎年の新年の挨拶の定期的な贈答品を始めとして、出産祝いや火事見舞いなどで不意に贈答品を贈らなければならなくなることも多いのです。その時に手元不如意で品物を用意できない場合があります。その場合、書状で贈答品の目録だけを送って、現物は後から、とします」
「それで、カオル、書状を送って、現物を送るまでの間隔は、普通、どれくらいだ?」
「普通は、三ヶ月から半年ぐらいですが、一年以上経っても現物を送らない、と言うか、送れないという状況にある場合もありますが」
「そうだ。帝国貴族にとって、書状で一度送ることを約束した贈答品を送らないのは、大変な恥になる。例え、何年経とうと、贈答品は送らなきゃならない」
「でも、師匠、この書類によると、現物を結局は送っていないようですが?」
「そうだ。その書状が送られた直後、連邦独立戦争が起きてな、出征した公爵家も伯爵家も当時の当主や跡取りの息子が戦死してな。お家断絶の危機にあったが、親戚から養子を迎えたり、女子にも家の相続を認めたりして、ようやく家が存続したんだ」
「それで、混乱の中で、贈答品についての処理が適切に行われなかったんですね。でも、混乱していて、しかも、三百年前の話ですよ。今さら、『恥』にはならないのでは?」
大賢者は首をゆっくりと横に振った。
「そうじゃない。独立戦争当時は、皇族にも、かなりの戦死者が出て、皇族でも、いくつかの家が断絶の危機にあった。それでも、贈答品のやり取りは、きちんとしている。皇族に貴族からの贈り物があって、それが高価な品であった場合は、『お返し』として同じくらい価値のある物を送るんだ。最近でも、四百年ほど前の皇帝が『お返し』をしていなかった書類が見つかったので、その子孫に利子をつけて返したほどだ」
「なるほど、師匠たち、歴代の大賢者たちは、この書類をネタにして、帝国の大貴族を脅していたんですね?」
「ありていに言えば、そうだ。『弱み』を握ることで、大賢者の『権威』を維持したのだ」
「ところで、師匠、連邦の方の『弱み』のネタは、そっちですね?」
カオルが指差した先には、小さな箱が一つ置かれていた。
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