第五話 カオルとユリアが「友人」になった理由
平良薫ことカオル・タイラは、机から離れると部屋にある木箱の一つを開けた。
「確か、あれは、この中に……、あった、あった」
木箱の中から四角くて細長い物を取り出した。
包装紙を剥くと、中から黒い物があらわれた。
大陸に住む人間のほとんどは、それを見たら黒い土のようなカタマリとしか思わないだろう。
カオルは何のためらいも無く、それを口に入れた。
「やっぱり、羊羹はうまいな!大陸のクッキーやケーキとかもおいしいけど、故郷の味が一番だな!荷物の中に入れておいて良かった!」
嬉しそうに二口ほど頬張ると、木箱の中に戻した。
机に戻ると、日記の続きを書き始めた。
ここで入学式の二週間ほど前に戻って、僕がユリア・ガイウスさんと初めて会った時の事を書くことにしよう。
僕は祖国の東方諸島国から大陸にある大きな港町まで、師匠の蒸気船で送ってもらった。
この港町は魔法帝国の領土で、ここから大陸中央学園までは、大陸横断鉄道を利用して一週間ほどかかる。
学園にも港はあるので、学園まで直接船で行っても良かったのだが、師匠の
「学園に行く前に大陸の社会を少しでも経験しておく方が良いだろう。お前が知っている大陸の社会は、私が教えた事と本からの知識だからな。実際に経験しなければ分からない事も多いだろうからな」
という言葉に従い、僕は鉄道を利用することにしたのだ。
港で船から降りると、鉄道の駅が見えた。
歩いて百メートルもない。
駅の方に同じデザインの服を着た男の人が数人いた。
その内の一人が僕に近づいて来た。
「お荷物をお持ちしましょうか?」
帝国公用語で僕に話しかけて来た。
師匠の蔵書に鉄道について書かれた本があったので、この男の人たちが、どういう人たちか僕には分かる。
鉄道の駅に配属されている「手荷物運搬人」、大陸の共通語である大陸中央語で言うと「ポーター」だ。
その職業名の通り、列車に乗る乗客の荷物を列車まで運ぶのが仕事だ。
「帝国語が分からないのかよ?黒髪に黄色い肌……、東の島の住んでいる野蛮人か?変なガキに声をかけちまったぜ」
おっと!頭の中の記憶を探っていたので、黙り込んでいた僕をこのポーターさんは、帝国語が分からないと判断してしまったらしい。
それに早速、差別的発言を受けた!
師匠から聞かされていたので東方諸島国の人間は、大陸の人間から野蛮人あつかいされていることは知識としては知っていたが、実際に体験すると新鮮だった。
「もちろん。言葉は分かりますよ。ポーターさん」
僕が師匠に習った完璧な発音の帝国語で話すと、ポーターさんは猿が人間の言葉を話したような驚いた顔になった。
「僕は、この列車に乗るので、荷物を頼みます」
僕は服のポケットから師匠が手配してくれた鉄道の切符を取り出して、ポーターさんに見せた。
「大陸中央学園行きの一等車……」
ポーターさんは切符を見て、さらに驚いている。
ポーターさんの気持ちは分かる。
大陸中央学園行き列車の一等車と言えば、料金は高いし格式も高い。
それに僕のような野蛮人の子供が乗るのだから、驚くのはむしろ当然だろう。
僕の祖国である東方諸島国で言えば、大名のみが宿泊できる宿泊施設である本陣に旅芸人が泊まるようなものだ。
ポーターさんは値踏みする目で僕を見た。
僕が着ている服は、大陸の僕と同年代の比較的裕福な男の子が着るジャケットとズボンだ。
師匠が用意してくれた物で、生地は高級品だし、仕立ても上等な物だ。
ポーターさんが急に愛想笑いを僕に向けた。
「失礼しました。お荷物はどこですか?お運びいたしますよ」
ポーターさんにとって僕は「野蛮人」から「裕福な野蛮人」に格が上がったらしい。
僕は背後にある船から下ろされた数個の木箱を指差した。
「この木箱を運んでくれ。それと列車に連結されている荷物車に載せる手続きもしてくれ」
僕はわざとお屋敷に住んでいるような子供が、自分の家の使用人にするような少し横柄な言葉遣いにした。
その方がポーターさんが僕を「野蛮人の金持ちの子供」だと誤解して、あつかいが良くなりそうだと判断したからだ。
「かしこまりました」
ポーターさんは僕が相場の二倍のチップを渡したためだろう、嬉しそうに木箱を運び始めた。
木箱が荷物車に積み込まれたのを確認すると、僕は一等車に向かった。
そこで大陸に僕が上陸して二度目の差別的発言を受けた。
「うちの娘が、こんな野蛮人と同じ一等車に乗るなんて耐えられませんわ!すぐにつまみ出しなさい!」
僕は太った中年女性のヒステリックな喚き声を聞いている。
中年女性の背後には、小柄な僕と同年代と思われる女の子がいた。
小柄な女の子が、この中年女性の娘のようだ。
女の子はヒステリックに喚き立てる母親に、むしろ戸惑っているようだった。
母親の主張は、つまりこうだ。
母親は魔法帝国で古くから続く男爵家の男爵夫人で、女の子は男爵家のご令嬢だ。
女の子は僕と同じ大陸中央学園の新入生で、学園に行くために僕と同じ列車に乗る。
母親は、その付き添いだ。
その母親は、僕が一等車に乗ろうとしているのを見ると、「名誉ある帝国貴族と東の島の野蛮人が同じ車両に乗るなど、とんでもない!」と喚き始めたのだ。
正直言って不愉快に思ったが、それより僕の好奇心の方が勝っていた。
(へぇー、帝国の貴族の女性の一般的な服装って、本当に本で読んだ通りなんだな)
中年女性も女の子も腰まで長く髪を伸ばしている。
それが大陸の上流階級の女性の一般的な髪型で、さらに宝石が散りばめられた髪飾りをしている。
頭に宝石が散りばめられた髪飾りをするのは、大陸の魔法帝国の上流階級の女性のファッションで、大陸でも機械連邦の上流階級の女性はしないそうだ。
大陸のファッションについては感覚的にはよく分からない僕が見ると、宝石が散りばめられた髪飾りは装飾過多に見える。
師匠に言わせると最近の流行は装飾過多な方で、昔は比較的地味な方が流行した時期もあったそうだ。
そんな事を考えていると、駅員さんが僕に話しかけて来た。
「申し訳ありませんが、お客さま。二等車の方にお移りいただけないでしょうか?もちろん。差額分はお返しいたします」
駅員さんは困った顔をしていた。
最初は駅員さんは「正規の切符を持っているお客さまの乗車を拒否することはできない」と男爵夫人を説得しようとしていたのだが、男爵夫人は自分の主張を引っ込めることは無く、それどころか、このあたりの有力者らしい夫の男爵の名前を持ち出して駅員さんに圧力をかけるような事までほのめかした。
このあたりの住民である駅員さんにとっては、後から有象無象の嫌がらせを受けるかもしれない事は避けたいだろう。
むしろ僕は駅員さんに同情した。
(仕方がない。東方諸島国で旅芸人やっていた頃には、どこに行くのも歩くしかなかったんだ。足を動かすこと無く、目的地に着くだけでも贅沢だな)
と思って、二等車に移ることを駅員さんに言おうとした。
「待ちたまえ!男爵夫人!ボクの友人をどうする気だね?」
声の方を見ると、大陸中央学園の男子用制服を着た長身の女性がいた。
僕は、その女性を見て驚いた。
僕の頭の中の大陸の女性のファッションの知識には無い服装・髪型をしていたからだ。
女性なのに男子用制服を着ている事にも驚いたが、髪が肩あたりで切り揃えられた短髪だった。
宝石が散りばめられた髪飾りもしていない。
目の色も髪の色も銀色で、特に髪の色は長く伸ばしていないのが、もったいなく思えるほどの美しい銀色だった。
「これは、ユリアさま。お久しぶりです」
男爵夫人は今までヒステリックに喚いていたのを忘れたように、その女性に丁寧に挨拶をした。
ご令嬢も丁寧に挨拶をした。
男爵夫人が丁寧に挨拶をしていることは、この男装した女の子も上流階級の人間なのだろう。
「男爵夫人。久しぶりだね。去年帝都インペラトールポリスで皇帝陛下主催のパーティーで会った以来だね」
男爵夫人からユリアと呼ばれて女の子は、声を聞けば女の子と分かるが男言葉だった。
しかし、不思議と男言葉が似合っていた。
「あの、ユリアさま。この野蛮人の子供が友人とは、どういうことなのでしょうか?」
男爵夫人の質問にユリアさんは平然と答えた。
「友人は、友人以外の何者でもないよ」
「すると、こちらの野蛮人……、いいえ、この子供はユリアさまの以前からのお知り合いなのですか?」
男爵夫人の質問にユリアさんは平然と答えた。
「いや、今初めて会った」
その答えに男爵夫人が呆然としていると、ユリアさんは僕に顔を向けた。
「自己紹介をさせてもらおう。ボクの名前はユリア・ガイウスだよ。君の名前を教えてもらえるかな?」
ガイウス……、ガイウス……、頭のどこかに引っ掛かっている名前だな。
ああ!思い出した!
魔法帝国の皇帝の姓は「カエサル」だが、「ガイウス」は初代皇帝の分家の姓で、准皇族としてあつかわれている。
ユリアさんは帝国では、皇族の次に貴い家系だということになる。
「僕の名前は平良薫。大陸風に言うと、カオル・タイラです」
僕が帝国語で自己紹介を返すと、ユリアさんが自分の右手を僕に向けた。
それが「握手」の意味だと分かった僕は、右手を差し出した。
僕たちは、しっかりとお互いに手を握り合って握手をした。
「よろしく、これでボクたちは友人だよ。カオルくん」
ユリアさんが笑顔を僕に向けた。
男爵夫人が恐る恐るといった弱々しい感じで、ユリアさんに話しかけて来た。
「あの……、ユリアさま。今会ったばかりの子供を友人と言うのは無理があるのでは?」
「男爵夫人。短い付き合いでも『友人』と呼べる人もいれば、古くからの付き合いでも『ただの知り合い』でしかない人もいる。ボクの両親は男爵夫人を『友人』だと思っているし、ボクもそうだ」
ユリアさんは笑顔を男爵夫人に向けた。
僕に向けたものとは違い、どこか冷たい感じのする笑顔だった。
「それとも男爵夫人は、ボクの『友人』ではいたくないのかな?」
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