第四十九話 カオルの妹弟子の名前の理由
エレノア・フランクリンは、日記を書き続けていた。
「待った!待った!エレノアさん!紹介もまだなのに、わたしの妹弟子に胸を押し付けようとしないで!」
カオルさんが私と妹弟子さんの間に強引に割り込んで来て、私と妹弟子さんを引き離した。
少し残念だけど、カオルさんの言う通りね。
まだ、妹弟子さんのお名前も知らないのに、失礼なことをしちゃったわね。
「ごめんなさいね。カオルさん、妹弟子さんの紹介をしてもらえるかしら?」
「はい、では、あらためまして、この赤毛でツインテールの女の子が、わたしの妹弟子で、名前はマサミ・タイラです。姓がタイラ、名がマサミです」
「初めまして、マサミ・タイラです。年齢はみなさんと同じ十五歳です。みなさんと同じクラスに転入します。これから、よろしく、お願いします」
「こちらこそ、よろしく、お願いします」
マサミ・タイラ?
マサミという名前は大陸人では聞いたことの無い名前だし、タイラはカオルさんと同じ姓だ。
彼女は東方諸島国人なのだろうか?
でも、彼女の赤毛も顔立ちも大陸人にしか見えない。
「あの、マサミさん、お尋ねしたいことが……」
「分かってます。エレノアさん、ウチが大陸人にしか見えないのに、名前が東方諸島国の物なことですね?」
「ええ、そうよ」
「ウチの両親はれっきとした大陸人です。ウチの名前については理由があるんですけど、説明するには話が長くなるのですけど、いいですか?」
「構わないわ」
あっ!書き忘れていたけど、この場には、私とカオルさんとマサミさんの他に、ユリア、アンさん、サリオンさんもいた。
他のみんなもマサミさんに色々と質問したりしたのだけど、全部書くと長くなり過ぎるから、ここでは省略する。
私とマサミさんのことを重点的に書くことにするわ。
マサミさんは本当に可愛いわね。
華奢で小柄な身体は、私と同い年の十五歳とは思えないほどだわ。
顔は幼さを感じさせて、ほっぺたは柔らかそうで、指でぷにぷにと、つつきたくなる。何よりも見事なのは、マサミさんの髪だわ。
赤毛をツインテールにしている。
赤毛を嫌う女子もいるのだけど、彼女の赤毛は綺麗だった。
色は鮮やかで、髪は綺麗な波を描いている。
ツインテールは幼さを感じさせる髪型だから、大人に見せたがる女子が多い高校生ぐらいではツインテールにしない女子が多いのだけど、マサミさんにはその髪型が幼くすら見える容姿に、よく似合っている。
ああ、それと、マサミさんから聞いた彼女の名前についても書かなきゃ。
「ウチは、帝国人のお父ちゃんと連邦人のお母ちゃんの間に生まれて、この大陸で生まれて十歳まで育ちました」
「マサミさん!可愛いわ!」
私はマサミさんに抱き付こうとした。
「ちょっと!ちょっと!エレノアさん!話し始めたばかりで、マサミに抱き付かないで!」
カオルさんに阻止された。
「だって、喋り方が可愛いじゃない!」
「あの……、ウチの喋り方のどこが可愛いんでしょうか?」
マサミさんは、キョトンとした表情で、私に尋ねて来る。
その表情も可愛い!
「マサミさんが、自分のことを『ウチ』と言うのが可愛いし、『お父ちゃん』『お母ちゃん』と言うのも可愛いわ!」
マサミさんは少し動揺したようだった。
「あっ!すいません!自分のことを『ウチ』と言うのも、両親のことを『お父ちゃん』『お母ちゃん』と言うのも、連邦の一部地域の方言でしたね?連邦標準語か大陸中央語の『わたし』『お父さん』『お母さん』に直した方がいいですか?」
「駄目!駄目よ!マサミさん!そのままがいいわ!可愛いもの!」
「でも、直さないと、みんなさんから『田舎者』と馬鹿にされるんじゃないですか?」
「安心して!私とユリアは女子生徒の間では大きな影響力があるのよ!私たちがマサミさんを馬鹿にするようなことは許さないわ!ユリア、協力してくれるわよね?嬉しいわ!ユリアはやっぱり親友だわ!サリオンさん、男子生徒の方は、あなたに頼むわよ!そんな面倒臭そうな顔しない!男子がマサミさんを馬鹿にするようなことをしたら全部あなたのせいにするわよ!?そう、最初から素直にうなづいていればいいのよ!」
そこまで一気にまくし立てると、息苦しくなったので深呼吸をした。
深呼吸をすると、少し落ち着いた。
落ち着いて周りをみると、みんな若干引いているのが分かった。
「ごめんなさい。私、暴走しちゃったわね。マサミさん、今日が初対面なのに嫌な思いさせちゃったかしら?」
マサミさんは首を軽く横に振った。
「いいえ、嫌な思いなんかしていません。今日、会ったばかりのウチをエレノアさんは心配してくれているんですね?失礼な言い方ですけど、何で、でしょうか?」
「もちろん、マサミさんとお友達になりたいからよ。私とお友達になってくれる?」
「はい、もちろんです。たった今から私たちはお友達です」
私とマサミさんは握手を交わした。
「ちょっと!マサミ!自分の名前についての説明を早くしなさい!さっきから全然話が進んでいないでしょ!」
カオルさんが割り込んで来た。
さっきから、私がマサミさんと仲良くしようとすると、カオルさんが邪魔するように割り込んで来るわね。
カオルさんが私に悪意を持つ訳ないし、何でだろう?
うーん……。
あっ!そういうことね!
「カオルさん、安心して、私がカオルさんをないがしろにしたりはしないから!」
「えっ……、あの……、エレノアさん、どういう意味……、うわっ!?」
私はカオルさんに抱き付いた。
「ごめんなさいね。マサミさんばかりに夢中になっちゃって、カオルさんは嫉妬しちゃったのね?」
「嫉妬!?ぼ……、いや、わたしが!?嫉妬じゃ無いですよ。エレノアさんがマサミに抱き付いたりするのが嫌なだけで……、嫉妬にしか聞こえませんね。うわっ!」
私はカオルさんをさらに強く抱き締めて、カオルさんの顔に私の胸を押し付けた。
「カオルさんもマサミさんも二人とも大切なの。こう言ったら、二股掛けている男みたいだけど、私たち女同士で良かったわ。何人が相手でも友達になれるのだもの」
「カオル姉さま、姉さまばかり、エレノアさんに抱き締められて、ズルいです!」
「マサミさんは、カオルさんのことを『カオル姉さま』って呼ぶのね。ますます可愛いわ!」
私はマサミさんを抱き締めた。
ああ、マサミさんを抱き締めるには、カオルさんを放さなきゃいけないのが残念だわ!
この後も、私は暴走を続けた。
長くなるので、そこは省略する。
マサミさんの名前についてを書いておこう。
彼女の両親は大陸人だが、商人として二十年ほど前に東方諸島国に渡った。
両親は商売のため東方諸島国に、ずっと滞在しており、そこで、男の子二人、女の子を一人生んだ。
その女の子がマサミさんだ。
マサミさんの両親は東方諸島国の貴族の「タイラ家」に色々と商売上のことでお世話になっていた。
この「タイラ家」は、カオルさんを養子にしている「タイラ家」の分家だそうだ。
マサミさんの両親とタイラ家との間で、マサミさんが生まれる前に、生まれた赤ちゃんが女の子だったら、タイラ家の養子にすることを約束していた。
そうすることで、タイラ家とマサミさんの両親との関係を強くしたのだそうだ。
大陸においても二つの家の間で関係を強化する時には、普通は両家の男女で婚姻関係を結ぶが、結婚適齢期の男女がいない場合は、一方の家の子供をもう一方の家に養子に出す場合がある。
マサミさんも、このケースで生まれてすぐにタイラ家に養子になったそうだ。
マサミさんの名前は東方諸島国の文字で書くと、「正美」、意味は「正しく美しい」だそうだ。
マサミさんにふさわしい名前ね。
「それで、マサミさんは、何故、大賢者さまのお弟子さんになったの?」
「ウチは正真正銘の大陸人ですけど、東方諸島国生まれの東方諸島国育ちですから、大陸の文化や習慣には疎いんです。それを心配した義理の両親と実の両親が心配して、東方諸島国に来た大賢者さまに弟子に、ウチを弟子にしてくれるように頼んだんです」
マサミさんの答えに続いて、カオルさんが意外な事を言った。
「実は、マサミが師匠の弟子になったのは、わたしより先なんです」
「あら?それなら、何故、カオルさんが『姉弟子』で、マサミさんが『妹弟子』なの?普通、逆じゃない?」
私の疑問にマサミさんが答えた。
「ウチは大賢者さまの弟子ですけど、カオル姉さまとは違って『次の大賢者候補』じゃないんです。ウチの両親たちが大賢者さまに頼んだのは、『家庭教師』としてだけだったんで、大賢者さまの弟子としては、ウチよりカオル姉さまの方が立場が上なんです」
「なるほど、そうだったの。あれっ?変だわ。カオルさん」
「何が変なんですか?」
「マサミさんのことは、今回転校して来るまで、カオルさんからマサミさんのことを聞いたことが全然無かったわ。何故、話してくれなかったの?」
「ええと……、それは……、その……、ですね……」
カオルさんが言い淀んだ。
何かマズいことを聞いちゃったのかしら?
カオルさんに代わってマサミさんが答えた。
「ああ、それはですね。大賢者さまがカオル姉さまに、ウチのことを口止めされていたからです」
「何故、口止めされていたの?」
「大賢者さまは、ウチらに理由を教えてはくれなかったわ。何か遠大な計画のためだそうです」
「そうだったの。分かったわ」
エレノアは日記を書く手を止めた。
「大賢者さまの遠大な計画って、何なのかしら?偉大な大賢者さまの考えられることだから、私には想像もつかない計画なんでしょうね」
同じ頃、カオルの部屋で、カオルとマサミは話をしていた。
部屋に第三者がいたとしたら奇妙な光景が見えただろう。
二人とも口は動かしているが、声は出していないのだ。
盗み聞きを警戒して、声を出さずに東方諸島国語で二人は話している。
二人とも読唇術が使えるのだ。
カオルは、こう言っていた。
「師匠、大賢者さまの遠大な計画って、何ですか?そんな物は無いでしょう?」
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