第四十七話 カオルが大賢者に連絡をした理由
「そうよ。カオルさん。叔父さまを疑うのは心苦しいのだけど、証拠がある以上は仕方がないわ」
「エレノアさん。真剣な話をするけど、本当に学園長が敵のグループの一員だとしたら、どうするつもりなの?」
「どうするつもりって……どういう意味なの?」
「学園長が敵グループの一員だとしたら排除しなければならない。この場合の『排除』の意味は分かるね?エレノアさん」
カオルは今までに無い真剣な顔になって言った。
「ええ、分かっているわ。叔父さまを犯罪者として逮捕するか、事件を表沙汰にしないのなら、政界を引退してもらうことになるわね」
エレノアが、あっさりと言ったので、カオルは少し驚いたようだった。
「エレノアさんは学園長のことを尊敬しているし、実の叔父さんでしょ?それなのに排除するのに抵抗が無いみたいだけど?」
「私の実家のフランクリン家は機械連邦の建国に関わった名家なのよ。そして連邦の発展に長年貢献してきたのよ。でも、歴代のフランクリン家の中には表に出せないようなスキャンダルを引き起こしてしまった人間もいるわ。そういう人は秘密裏に『排除』してきたのよ。フランクリン家の名誉と権力を守るために」
カオルは恐る恐る尋ねた。
「その……、『排除』された人たちは、どうなったんですか?」
「私の話が怖いの?カオルさん。確か、大賢者さまの書かれた本で読んだけど、カオルさんの国では家の名を汚すようなことをした人は、自分で自分のお腹を剣で切る『セップク』ということをして、罪を償うのよね?」
「まあ、間違いでは無いですけど、『切腹』は、わたしの国の一般庶民はしません。『ブシ』とか『サムライ』とか呼ばれている支配階級の戦士階級の人たちが『カタナ』という戦士階級のみが持つことを許されている剣で自分の腹を斬ることで、自分の命で自分の罪を償うとされています」
「私の国の方では、拳銃を自分の頭に突き付けてバーン!とするのが罪を償う方法としては一般的ね」
「本で読んだ知識なんですけど、帝国の方では貴族が自分で罪を償うには、攻撃魔法を出す手のひらを自分の胸に押し付けて心臓を貫くそうですね」
「私がエレノアから聞いた話だと、それは本当のことらしいわよ」
カオルは黙り込んでしまって何か考えているようだった。
「どうしたのかしら?カオルさん。何を考えているの?」
カオルは、ゆっくりと口を開いた。
「いや、わたしはやっぱり小さな村の猟師の子供で、旅芸人の一座の芸人に過ぎないんだなと思って、エレノアさんやユリアさんみたいな良家のお嬢さまとは違うんですね」
「あら、今はカオルさんは大賢者さまのお弟子さんで、カオルさんの国の宰相の義理の娘なのでしょう?大陸の基準では、カオルさんも立派な『良家のお嬢さま』なのよ?」
カオルは苦笑した。
「わたしはエレノアさんたちみたいに生まれながらの上流階級ではありませんから。わたしの国の宰相さまの義理の子供になって上流階級としての教育も受けましたが、やっぱり本質的な部分で上流階級の人間には成り切れないんですよ。今のわたしには血の繋がった家族も親戚も誰もいませんが、親族を家の名誉のために『排除』するという上流階級の考えにはイマイチなじめないところがあります」
「そうね。私の家はお金持ちだから衣食住には不自由したことは無いし、私の父も母も元気だわ。だから、カオルさんがご両親を亡くした悲しみにも、カオルさんが旅芸人だった時の苦労にも、頭では『分かったつもり』になっているけど、本当の意味では分かってないのでしょうね」
「わたしが両親を亡くしたのは、とても悲しいですし、旅芸人だった時には色々と辛い思いもしましたけど、今はとても幸せです」
「今は幸せって、お腹を空かせる心配が無くて、いつでも、お腹一杯食べられることかしら?」
「それも重要な事ですけど、何よりも大切なのは、自分にとっての世界が大きく広がったことです」
「カオルさんにとっての世界が広がった?」
「はい、もし、わたしの両親が、わたしが幼い時に亡くならなかったとしたら、私は父と同じように猟師になっていたでしょう。故郷の小さな村と狩猟に行く、近くの山や森、そして、たまに、獲物を売ったり、買い出しに行く近くの小さな町、それが、わたしにとっての全世界で、それ以外の世界を知らずに一生を終えていたでしょう。それは、それで幸せだったと思いますが……」
「私にとっては不幸だわ!カオルさんと出会うことも無いなんて!」
「ありがとうございます。エレノアさん、わたしもエレノアさんに出会えなかった人生なんて考えられないです。こうして、エレノアさんと親友になれたことも含めて、わたしにとっての世界が広がっているのは幸せです。でも、あくまで、例え話としてしますが、わたしが故郷の村で一生を過ごして、この学園に来なかったとしたら、エレノアさんの学園生活は、どうなっていたでしょうか?」
「分からないわ。想像できない。と言うより、カオルさんのいない学園生活なんて想像したくはないわ!」
「わたしがいてもいなくても、エレノアさんにとっての学園生活は、今とあまり変わりは無かったんじゃないかと、わたしは考えているんですが……」
「そんなことは無いわ!」
エレノアは立ち上がると、カオルに詰め寄った。
「大違いよ!特にサリオンさんのことは、カオルさんがいなければ、どうしようもなかったでしょ?」
「相変わらず、サリオンさんに対するエレノアさんの印象は悪いみたいですけど、わたしがいなかったとしても、サリオンさんはエレノアさんに危害を加えることは無かったと思いますよ?」
「そんなこと無いわ!だって、授業の初日に……」
カオルはエレノアをなだめるように言った。
「確かに、あの時、サリオンさんはセクハラと言えることをしましたが、でも、彼は『悪人』と言うより、『軽率な人』と言うべきですよ。一応、彼なりに反省はしているみたいですよ。その証拠に、わたしはサリオンさんの『彼女』として、ずっと付き合っていますが、わたしにセクハラはしたことはありません」
「それは、サリオンさんの好みが、私やユリアのような胸の大きな女性だからで、カオルさんの胸は貧弱だから……」
エレノアは言葉を口から出してしまってから罪悪感に溢れた顔になった。
「ごめんなさい!カオルさん!カオルさんの胸を貧弱だなんて!私は何てことを言ってしまったのかしら!」
「いえ、わたしの胸が女性としては貧弱なのは事実ですから気にしなくていいですよ」
「駄目よ!カオルさんが許してくれても、私が私自身を許せないわ!私に罰を与えてちょうだい!」
「あの、いつの間にか話が逸れています。話を戻しましましょう。話の本題は学園長のことでしょう?」
「そうね。そうだったわね。カオルさん。どうやって、叔父さまを排除しようかしら?叔父さまは学園長として大きな権力を持っているし、政治家として連邦にも大きな影響力を持っているから、ただの学園生徒にしかすぎない私たちには排除するのは困難を通り越して不可能だわね。どうしましょう?」
「質問に質問で返すのは失礼ですけど、エレノアさんは学園長を排除するとしたら具体的にどうされますか?」
「そうね……」
エレノアは考え込んだ。
「私個人の力だけでは、どうしようもないわね。私の実家の力は借りなきゃならないだろうし、場合によってはユリアの実家の力も借りなきゃならないかもしれないわね。それでも足りなければ、とても嫌だけど、サリオンさんの力も借りなければならなくなるわね」
「しかし、エレノアさんが、あちこちから力を借りて、学園長を排除したとしたら、あちこちに、エレノアさんは『借り』をつくることになりますよ?後から返すのが大変になるのでは?」
「それは、後から何とかするわ。まずは、叔父さまを排除することを優先しないと」
「でも、あちこちから力を借りて学園長を排除したとしたら、どうやっても目立ちますから、こっそりと学園長を排除するのはできなくなりますよ?」
「そうね。よほど上手くやらないと、フランクリン家どころか連邦の政界全体がダメージを受けるわね」
カオルは今までよりも真剣な表情になって言った。
「しかし、もし、学園長の排除が上手く行ったとしても、『蜥蜴の尻尾切り』で終わってしまうかもしれませんよ?」
「蜥蜴の尻尾切りって……、叔父さまが敵の組織のリーダーじゃないの?」
「あくまで、わたしの推測ですが、学園長は連邦への影響力は大きいですが、帝国の方にはそれほどじゃありません。敵の組織は連邦と帝国の両国に跨がっています。両国に大きな影響力を持っている人物が組織のリーダーだと思われます」
「連邦と帝国の両国に大きな影響力を持っている人?誰なのかしら?心当たりが無いわね。でも、そんな人物に対抗できるのかしら?私の実家は連邦にしか影響力がないし、ユリアの実家は帝国にしか影響力はないわ。サリオンさんの実家も同じだし……、両国に影響力を持っている人物の力をこちらも借りないと、対抗するのは難しいわね。でも、そんな人物が私たちの知り合いにいたかしら?」
「いるじゃないですか?わたしの知り合いに、一人」
「カオルさんのお知り合い?」
「わたしの師匠です」
エレノアは、それまで悩んで深刻な顔をしていたのが、安心した笑顔になった。
「そうだったわね!これで安心ね!連邦の大統領閣下でも帝国の皇帝陛下でも大賢者さまを敵には回せないわ!敵の組織のリーダーが誰であっても怖くないわ!」
エレノアは自室に戻り、部屋にはカオルが一人だけになった。
カオルは机に向かうと、大賢者からもらった日記帳に今日の出来事を書き始めた。
締めくくりに、こう書いた。
「師匠、これを読んでいるんでしょう?連絡をくれませんか?」
カオルはベッドに入ると、眠りについた。
部屋の時計の針が真夜中の十二時を指す頃、窓が外から音も無く開いた。
人が一人、開いた窓からカオルの部屋に入って来た。
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