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第四十二話 カオルとサリオンが喫茶店で待ち合わせをした理由

カオルたちが待ち合わせに使ったこの店は、老夫婦が二人だけで経営している店舗兼住居の喫茶店だ。


最近の喫茶店には客引きのために若いウェイターやウェイトレスがいる店も多いが、この店は美味しいコーヒーや紅茶を出す店として一部で有名である。


値段はやや高く、繁華街からは少し離れた場所にあるため客はまばらであった。


カウンター席に座っていたサリオンは、コーヒーを飲み干すと、老店主に代金を渡した。


「すまんが、トイレを借りたい」


「そこの奥の廊下を右に曲がって、ドアが三つあります。左のドアが男子トイレ、真ん中が女子トイレです。右のドアは家の方に通じているので気をつけてください。鍵が掛かっているので開きませんが」


サリオンは老店主に頷くと、奥の廊下に歩いて行った。


ここまで、カオルとサリオンは一切目を合わせず、声も掛けなかった。


テーブル席に座ったカオルは、注文した紅茶をゆっくりと飲み干した。


カオルは代金を支払うと、老店主に尋ねた。


「すいません。お手洗いをお借りしたいのですが?」


老店主の答えは、サリオンへのと同じだった。


カオルは喫茶店の奥の廊下を歩いた。


廊下の行き止まりには、ドアが三つ並んでいた。


左と真ん中のドアには、それぞれ「男子トイレ」「女子トイレ」と張り紙がしてあり、右のドアには「注意!こちらは住居です!」と張り紙があった。


カオルは注意深く周囲を見回した。


廊下は途中で直角に曲がっているので、店舗からはここは死角になっている。


カオルは周りに誰もいないのを確認すると、右のドアをノックした。


最初に二回ドアを叩いた後、少し間を空けて三回叩き、また少し間を空けて一回叩いた。


「カオルです。開けて下さい」


ドアが中から開いた。


開いたドアの向こうには老店主の妻である老婦人がおり、左手をポケットに入れていた。


老婦人は老人とは思えない素早い動きで、ポケットに隠していたナイフをカオルに突き付けた。


カオルは右手の親指と人差し指でナイフを摘むと、「崩壊」の魔法を使った。


ナイフはプリンのように軟らかくなり、崩れて床に散らばった。


「うわー、何度見ても面白いわね。カオルさまの崩壊魔法は」


老婦人は珍しい見せ物を見た子供のように喜んでいた。


カオルは少し呆れていた。


「あのー、毎回毎回、わたしに刃物を突き付けるのは止めませんか?刃物がもったいないでしょう?」


「他人がカオルさまに変装して来る可能性がゼロとは言えないでしょう?『崩壊』の魔法が使えるかどうかで確認するのが一番確実な方法でしょう?」


「それなら、そこらへんに落ちている石でも持って来て、それに崩壊魔法を使わせればいいじゃないですか?」


「それじゃ、面白くないでしょ?おっと……、長々と立ち話をしている場合じゃないわね。いつもの部屋でサリオンさまが、お待ちです」


カオルは案内された部屋のドアをノックした。


「カオルです。サリオンさん開けて下さい」


部屋の中からサリオンの声がした。


「カオルさんだな?本当にカオルさんだけなんだな?他に人はいないな?」


「いません。わたしだけです」


「婆ちゃんもいないな?」


「いません。店の方に戻りました」


「よし、開けるぞ」


サリオンは内側からドアを少し開けると、顔だけを出した。


カオル以外いないのを確認すると、カオルを部屋の中に入れた。


「歓迎委員会委員長代行にサリオンさんがなる件ですけど、エレノアさんたちは了承してくれました」


「そうか!良かった!」


「あのー、話は変わりますけど、老婦人、何とかなりませんか?顔を合わせるたびにナイフを突き付けて来るのは堪らないのですが……」


サリオンは困った顔になった。


「婆ちゃんは、小さい頃の俺の乳母だったから、俺もあまり強くは言えないんだ。若い頃は我が家専属の暗殺者のナイフ使いとして婆ちゃんは裏の世界では有名だった。カオルさん相手に久し振りに腕を振るえるから嬉しいんだろう」


「元暗殺者を乳母にしたんですか!?何を考えているんですか!?サリオンさんの家は!」


「俺の警護役も兼ねていたんだよ。婆ちゃんは。それよりも……、これ、どう思う?」


サリオンは猫のヌイグルミをカオルに見せた。


「可愛い猫ですね」


「可愛い!?それだけか!?」


「可愛い物は、可愛いとしか言いようがありませんよ」


「確かに可愛いけれど、このヌイグルミは、それだけじゃないんだ。連邦の工場で大量生産されている製品じゃなくて、帝国の有名な職人が手作りした品で限定百個しか作られなかった……」


カオルは煩わしそうに右手を振った。


「わたしはコレクターじゃないんですから、そういうのには興味ないんです。それにしても……」


カオルは部屋の中を見回した。


部屋はヌイグルミやアクセサリーなど「可愛い物」で一杯だった。


「また、増えましたね。サリオンさんがエレノアさんと同じ『可愛い物好き』だったとは意外でした」


「俺個人としては男が、こういう物を集めていても恥ずべきことじゃないと思っているが、世間一般では、そうじゃないからな。特に熊か虎が二本の足で立っているような俺みたいなヤツはな。皇太子候補としてバレたら、ライバルから攻撃材料にされかねん」


「だから、『デート』のたびに、アリバイ作りに、わたしは利用されていたんですね?」


「カオルさんと一緒に、こういう物を買えば、カオルさんへのプレゼントだと店員は思うだろ?カオルさんと一緒に何度か行った馴染みの店では、俺が一人で行っても店員に変な目みられなくなったよ。それどころか、店員に『あの黒髪の彼女さんに毎日プレゼントを買っているんですね。そんなに彼女さんが好きなんですね』と言われたよ」


「サリオンさんが好きな物を好きなだけ買えるようになったのは良いのですが、サリオンさんからプレゼントされた事になっている物を部屋に飾らないと変ですから、わたしの部屋はサリオンさんからの貰い物で一杯ですよ。本を置くスペースが無くて困っているんですよ」


「この家の他にも学園に俺の隠れ家はいくつもある。そこに置いてもいいぞ」


「わたしは本を集めるのが趣味じゃないんです。読むのが好きなんです。手元に置いておきたいんです。それは、ともかく、確認しておきたいことがあるのですが?」


「おう?なんだ?」


「サリオンさんは本当にエレノアさんとユリアさんと仲直りしたいのですか?」


「もちろんだ」


「どういう形で、ですか?」


「どういう形とは?」


「『友達』として仲直りしたいのですか?それとも、『恋人』としてなんですか?まさか、またエレノアさんとユリアさんに二股掛けるつもりじゃないでしょうね?」


カオルの詰問するような口調に対して、サリオンは気弱そうに首を横に振った。


「普通に友達に戻りたいだけだよ。それに、小学生の時、俺は二股を掛けているつもりは無かった」


「どういうことです?」


「俺は二人とも恋人にしたかったんだ」


「それを二股を掛けていると言うのでは?」


「親爺も爺様もたくさんの女を愛人にしているから、それが当たり前だと小学生の頃の俺は思っていた」


「ああ、帝国の皇族では血統維持のため正妻以外にも複数の女性と関係を持つのが当たり前でしたね」


「そうなんだ。だから、子供の頃の俺は、世間一般では『男が同時に複数の女と関係を持とうとするのは悪いことだ』というのを知らなかった」


「エレノアさんの出身の連邦では社会的地位の高くて金持ちの男でも、公然と愛人を持ったりしたらスキャンダルになりますからね。こっそりとしている人は多いみたいですが……」


「そうだろ?だから、エレノアが怒ったのは分かるんだが、ユリアが怒った理由が今でも分からない」


「ユリアさんの実家は准皇族ですから血統維持のために代々の当主は、複数の女性を囲っていましたが、今の当主、ユリアさんのお父さんですが、正妻だけで側室はいません。子供はユリアさんだけなんですが、後継ぎである男子が正妻との間に生まれなかった場合、男子を得るために側室を持つのが普通なのですが、ユリアさんのお父さんは奥さんを深く愛しているようで、側室を持つのを拒否しています。だから、エレノアさんは男が複数の女性と関係を持つのに嫌悪感があるみたいです」


「なるほど、そういうことか。しかし、カオルさんが羨ましいよ」


「わたしの何がですか?」


「カオルさんは『女』だろ?エレノアやユリアと友達として、ずっと一緒にいられるじゃないか?」


「まあ、そうですね」


サリオンはカオルの頭の先から足元を見た。


「何ですか?わたしをジロジロ見たりして?」


「自分で言うのも何だけど、俺は小学生までは華奢な体で可愛くて、カオルさんみたいな感じだったんだ。よく女の子に勘違いされて嫌だったよ」


「その気持ち分かります。男なのに女に勘違いされるなんて、凄く嫌ですよね」


「何で?カオルさんに俺の気持ちが分かるんだ?」


「えーと、それは、その……」


「まあ、いいや。だから、背が伸びて、筋肉がついて、男らしい体になった時は嬉しかったんだけど、今となっては、女の子に勘違いされる華奢な可愛いままでいたかったな」


「可愛いままだったら、どうしたのですか?」


「女装して女子寮に入って、エレノアやユリアと一緒に暮らす!」


「それは、それで大変ですよ。とにかく、サリオンさんがエレノアさんたちと仲直りできるように、わたしは協力しますから、歓迎委員会では、わたしの指示に従って下さい」






数日後の夜、女子寮の自室でエレノア・フランクリンが日記を書いていた。






今日は、歓迎委員会としての仕事の初日だった。


授業が終わった後、歓迎委員会の部屋に向かう途中、私の心は期待と不安で一杯だった。


期待は、もちろん、カオルさんと一緒に委員会での仕事ができることだ。


不安は、あのサリオンさんと一緒に仕事をしなければならないことだ。


複雑な気持ちのまま、私は委員会の部屋のドアをノックした。


「私です。エレノアです」


「今、鍵を開けます。ちょっと待って下さい」


カオルさんの声がした。

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