第四十一話 カオルが歓迎委員会委員長代行を任命する理由
「それで、昼間に頼んだ歓迎委員会の事ですけど、わたしが歓迎委員会委員長になるのは決定事項です」
カオルは話を切り出した。
「あの……、疑問なのですけど、この学園の高等部の生徒会組織の委員長は全員選挙で選ぶように校則で定められてはいませんでしたか?歓迎委員会は臨時の委員会ですけど、校則ではやはり選挙で選ばなきゃならないのでしょう?まだ選挙をしていないのに、カオルさんが委員長に決定なんですか?」
「良い質問ですね。アンさん」
カオルはアンに説明を始めた。
「確かに、臨時に設けられた役職である歓迎委員会委員長も全校生徒による投票で選ばれなければならない。だけど、今回の場合は選挙無しで、わたしは委員長に選出される事になるわね」
「選挙無しで選出とは、どういう事なのですか?」
「歓迎委員会委員長に立候補するのは、わたしだけなのよ。立候補が一人だけの場合は無投票で当選になるのよ」
「何故、カオルさん一人だけが立候補者なのですか?」
カオルは少し皮肉な笑みを浮かべた。
「まあ、リスクを考えると、わたしの他には立候補者はいないのが当然ですね。誰も火中の栗を拾いたくないのよ」
「火中の栗ですか?」
「そう、この学園で各委員会の委員長になろうとする生徒は、ほとんどが将来の進学や就職に有利になるために立候補するの。普通の学校と違って、ここは『国』あつかいされている人口も規模も巨大な学園だからね。そこで委員長として実績を上げれば、将来は開ける。だけど……」
カオルの言葉をアンが引き継いだ。
「だけど、委員長として何か失敗をすれば将来に響くという事ですね。確かに、皇帝陛下と大統領閣下を学園の生徒を代表して歓迎するのは大変名誉な事ですけど、失敗したら大変ですからね」
「そういう事、それで、話を戻すけど、わたしが歓迎委員会委員長に正式になる前に、三人にお願いした事は了承してもらえるでしょうか?」
「私が副委員長」
エレノアが答えた。
「ボクが会計」
ユリアが答えた。
「あたしが書記でしたね?委員会の役員は委員長の指名だけで決められるんですよね。エレノアさんとユリアさんは、ともかく、あたしまで役員になって良いのでしょうか?」
「わたしが学園で一番信頼できる人たちは、ここにいる三人なんです。もちろん、何か問題が起こった時には、全責任は、わたしが取ります。皆さんに迷惑をかける事はありません」
「もうっ!水臭いわよ!カオルさん!私たちは、お友達でしょ?本当のお友達は、お互いを助け合うものよ。多少の迷惑なんて気にしなくていいのよ。むしろ、これで私はカオルさんとの友情が確認できて嬉しいわ」
エレノアがカオルを抱き締めた。
「ふがっ!ふがっ!ふがっ!」
「なあに?カオルさん。言葉にできないほど、私との友情が嬉しいの?」
「エレノア!君の胸をカオルくんの顔に押しつけている!窒息寸前になっている!カオルくんを離すんだ!」
「あら、ごめんなさい。真剣な顔で話しているカオルさんが、あんまり可愛いので、つい……」
「つい……、じゃないよ。エレノア。何度も言ってるけど、その癖は直した方がいいよ。いきなり相手を抱き締めるだけなら、ともかく、君の大きな胸を相手の顔面に押し付けるのは息ができなくなって危ないよ。カオルくん。大丈夫かい?」
「はぁ、はぁ、はい、大丈夫です。ユリアさん」
カオルは考えていた。
エレノアさんは、いきなり抱き締めてくるけど、僕はすぐに抜け出そうと思えば抜け出せるんだよな。
なのに、何で、僕はそうしないで、息苦しいのに、エレノアさんの方から離すまで抱き締められたままでいるんだ?
すぐ抜け出したら、エレノアさんの友情を拒否しているみたいで、彼女の気持ちを傷つけるからか?
それとも、彼女に抱き締められていると、幼い頃に母ちゃんに抱き締められたのを思い出して、心地良いからか?
いや、自分の気持ちに正直になろう。
男としてエッチな欲望からだ。
一度だけ、エレノアさんの上半身裸を見ちゃったけど、彼女の巨乳は裸婦画のように……、いや、それとは比べ物にならないほど綺麗だった。
そして、僕を抱き締めてくる時に、顔面に感じる彼女の巨乳の感触は何にも例えようが無い。
柔らかいが弾力があり、顔面に押し付けるられている時、とても息苦しいが、天に昇りそうなほど気持ち良い。
男の僕の方から彼女の胸を触りに行ったら犯罪だが、彼女の方から押し付けて来るのだから何も問題は無い……。
……問題が無い訳が無いか……。
エレノアさんは、僕を女だと思っているから平気で抱き締めるんだよな。
やっぱり、彼女たちを騙しているのは罪悪感があるなあ。
でも、その彼女たちに、特にエレノアさんとユリアさんに無理なお願いをしなければならないのだ。
「話を戻しますね。昼に話した委員長代行に指名する人物については了承していただけるでしょうか?」
エレノアとユリアが、苦い物を口に入れたような顔になった。
「カオルさん。どうしても、委員長代行は必要なの?委員会に関する校則では、委員長の役員に委員長代行というのは無いのだけど?」
「はい、エレノアさん。校則では委員長は『臨時に規定に無い役職を創設し任命できる』となっています。過去の前例でも委員長代行という役職を臨時に創設した事がありますから校則上は問題ありません」
「それで、カオルくん。委員長代行には何をしてもらうつもりなんだい?」
「ユリアさん。普段は何もしてもらう事はありません」
「何もしてもらわない?」
「はい、ただいるだけです。『その人物』には、わたしと一緒に行動してもらいますが、何も仕事はありません。厳密に言うなら『わたしと一緒にいる』のが仕事です。エレノアさんとユリアさんにとっては、彼と一緒に仕事をするのは不愉快でしょうが……」
「あたしはともかく、エレノアさんとユリアさんが不愉快な思いをするのが分かっているのなら、どうして!?よりにもよって!あの!『サリオンさん』を委員会代行にするなんて言うのですか?カオルさんは?」
少し非難を込めた口調になっているアンをエレノアが止めた。
「アンさん。ボクらのために怒らなくてもいいよ。カオルくんが委員長代行にサリオンを指名したのは、判断としては正しい」
「でも……、でも……、ユリアさんとエレノアさんにとってサリオンさんは……」
泣き出しそうになっているアンを今度はエレノアが止めた。
「アンさん。私たちを心配してくれるのは嬉しいけれど、ユリアの言う通りカオルさんの判断は正しいわ」
「ですが……、サリオンさんは昔エレノアさんたちに酷い事を……」
「私はサリオンさんの事は今でも許していないし嫌っているわ。でも、私は連邦初の女性大統領を目指していると言ったでしょ?政治家になるのならば色々な人と一緒に仕事をしなければならないわ。嫌っている人や憎んでいる人と上手くやらなくてはならないのよ。それに、いつまでもサリオンさんを避けてはいられないわ。今回は良い機会だと思うの」
エレノアとユリアは目を合わせると、お互い頷いた。
「ボクもサリオンと昔のように仲良くするつもりは無いけど、彼とは『仕事』の上では上手く付き合えるようにするよ」
「お二人とも大人なんですね。あたしだけが『大人の事情』も分からずに我が儘を言っている子供みたいです」
「それは違うよ。アンさん。そういう純粋な心も大切にしなきゃならないと思うよ。わたしがエレノアさんとユリアさんとサリオンさんを歓迎委員長の役員にした理由は、どちらかと言うと裏の汚い事情だからね」
カオルはアンを慰めるように言った。
「わたしが歓迎委員長になったら他の生徒のみんなに色々と指示を出すことになる。でも、全員が素直に従ってくれるとは限らない。わたしは大陸からは『野蛮人』あつかいされている東方諸島国出身なのに大賢者さまの弟子だからね。面と向かって言われたことは無いけど、『反発』や『嫉妬』のようなモノを他の生徒から感じることがあるよ。歓迎委員長になったら、それが強くなるかもしれない。エレノアさんとユリアさんには、その盾になってもらいたいんだ」
「お二人が盾なんですか?」
「そうよ。エレノアさんは連邦の名家であるフランクリン家出身で、ユリアさんは帝国の准皇族だからね。その二人の『友達』のわたしを敵に回すようなことをする人間は少ないだろうからね」
「でも、盾ならば、お二人だけで充分なのでは?」
「それは違うよ。アンさん」
ユリアが口を挟んだ。
「ボクたちは二人とも女だし、委員長のカオルくんも女だから、男尊女卑ほどではないけど、女のボクたちから委員長の役員として指示されるのに抵抗がある男子生徒もいるだろう。男性皇族であり皇太子候補であるサリオンがいた方が物事がスムーズに進むと思うんだ」
「事情は分かりました。でも、何故、あたしが書記なのですか?あたしはエレノアさんやユリアさんに比べれば、ただの田舎貴族の娘ですし、勉強もスポーツも得意じゃないですよ?」
「アンさんには、わたしとは別の視点で物事を見て、助言して欲しいんだ。わたしの知っている大陸の一般常識は、師匠から学んだのと本で読んだことだからね。抜けているのも多い。助けがいるんだ」
「分かりました。書記になるのを引き受けます。話は変わりますが……」
アンは、カオルの部屋の中を見回した。
「ずいぶんと可愛らしいお部屋になったと言うか……、華やかになったと言うべきか、最初カオルさんの部屋に置いてあるのは本ばかりだったのに、ずいぶんと変わりましたね」
カオルの部屋の中は、可愛らしいヌイグルミやアクセサリーで一杯だった。
「サリオンさんが、わたしとの『デート』のたびに買ってプレゼントしてくれるんですよ。明日の放課後も『デート』の予定ですから、みなさんがサリオンさんの委員長代行を認めてくれたのを話しますね」
次の日の放課後、カオルが待ち合わせ場所の喫茶店に入ると、すでにサリオンがカウンター席に座っていた。
しかし、カオルはサリオンに声もかけず、目も合わせずにテーブル席に座った。
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