第四十話 カオルが大賢者に手紙を書いている理由
カオルは手紙を書き続けていた。
失礼な質問かもしれません。
しかし、考えれば考えるほど、師匠は今回の事のために僕を弟子にして、今年、大陸中央学園に入学させたとしか思えないのです。
それと、僕が書類のミスにより「女子生徒」として学園に入学した事についてですが、あれは本当に書類のミスだったのでしょうか?
学園長が東方諸島国語で書かれた師匠からの推薦状を翻訳ミスをして、それで学園の書類上の僕の性別が「女性」になってしまったのですが。
考えてみると、師匠は何故、推薦状を東方諸島国語で書いたのでしょうか?
学園に東方諸島国語を読める人間は誰もいないのは、師匠なら当然知っているはずです。
学園長は師匠の東方諸島国語で書かれた推薦状を翻訳する時に辞典を使いましたが、あの辞典はどこから来た物だったのでしょう?
大陸では帝国でも連邦でも東方諸島国を蛮族と蔑んでいて、僕の国の言葉を学ぼうとする者はおらず。
東方諸島国語の辞典など作られるはずがありません。
東方諸島国の人間で大陸の言葉を習得しているのは、昔は細々と行われていた大陸との貿易を担当する者たちだけです。
彼らは貿易の利益を独占するために、身内だけで大陸の言葉の知識を秘匿し、他に知られないように文書にはしません。
となると、あの学園長室にあった辞典を作ったのは、誰なのでしょうか?
僕の答えは、「師匠」です。
師匠に面と向かって、こう言えば、「お前は私を『男性』と『女性』の単語を取り違えるようなヤツだと思っているのか?」と言うでしょうが。
取り違えでなかったとしたら?
ワザとだとしたら?
いや、学園長も師匠と共謀して、書類ミスに見せかけて、僕を「女子生徒」として入学させたのでは?
そんな考えが、僕に生じました。
当然、師匠は「男のお前を女子生徒として学園に入学させるのに、何の意味がある?」と言われるでしょうが、それに対する僕の答えはこうです。
僕が学園の学生を代表して歓迎委員会の委員長になったとしたら、当然、協力してくれる他の生徒が必要です。
今、僕には、エレノアさん、ユリアさん、アンさん、の三人の『親友』と言える人たちがいます。
彼女たちは委員長としての僕に協力してくれるでしょう。
特に、エレノアさんとユリアさんは、連邦と帝国の有力者のご息女です。
委員長としての僕が他の生徒たちに指示する時、僕が直接するより、彼女たちを通した方がスムーズに行くでしょう。
でも、彼女たち二人は「男嫌い」です。
僕が男子生徒として学園に入学したとしたら、彼女たちとは親友にはなれなかったでしょう。
男子生徒として入学したとしたら、サリオンさんと僕の関係は、今のような「偽りの彼女」ではなくて、「男同士の友人」になれたかもしれませんが、それではマズかったのでしょう?
帝国の皇太子候補であるサリオンさんとだけ親しくなるのは、パワーバランスを考えるとマズいと考えたのでしょう?
今年の学園高等部の新入生には、連邦出身の有力者の子息の男子生徒はいません。
僕が連邦出身のエレノアさんと帝国出身のユリアさん両方と親しくなるのが一番都合が良かったのでしょう?
だから、師匠と学園長は、僕が「本当は男」とバレるリスクを負うとしても、僕を「女子生徒」として入学させたのでしょう?
ああ、でも、勘違いしないで下さい。
僕は師匠と学園長に責めているわけでも文句を言っているのでもありません。
それに今まで書いた事は、全部僕の想像……、いや、妄想の可能性もあるのですから。
師匠が策謀をめぐらして、僕を女子生徒として学園に入学させたのだとしても、僕に師匠を恨む理由はありません。
師匠の弟子になる事が無く、あのまま旅芸人の一座にいたよりは、遥かに僕にとって明るい未来が開けています。
それに、僕の考えが当たっていよういまいと、僕が歓迎委員会委員長として、皇帝陛下と大統領閣下の歓迎を成功させなければならないのには変わらないのですから。
さて、長々と師匠への手紙を書いてきましたが、この手紙を師匠に送るつもりはありません。
書き終えたら、ただちに破棄します。
東方諸島国語で書いていて、さらに暗号にしていますが、今の僕の立場からすると、郵送される途中で誰かに盗み読みされる可能性があるので。
僕自身以外誰にも読まれない手紙を書いているのは、自分自身への現状の確認と、エレノアさん、ユリアさん、アンさん、への……。
カオルの部屋のドアが外からノックされた。
「カオルさん。お部屋にいるかしら?」
エレノアの声がした。
「はい、います。鍵を開けますから、ちょっと待って下さい」
カオルは書いていた手紙を机の引き出しに入れた。
ドアを開けると、エレノア、ユリア、アンの三人がいた。
「カオルさん。昼間は、ありがとうございました」
アンがカオルに向けて頭を下げた。
「アンさん。お礼を言う必要はありませんよ。トニア前男爵は、わたしが女でアンさんの彼氏じゃないのを最初から知っていましたし、アンさんに婚約を薦めるつもりも無かったんですから」
エレノアが少し怒ったように言った。
「でも、アンさんのお爺さまを悪くは言いたくないのだけど、少し酷いわね。国からの任務のカモフラージュに孫娘を使うのだものね」
「まあ、まあ、エレノアさん。あたしはお爺さまに怒ってはいませんよ。それよりも、カオルさんの男装が見れたのが楽しかったです。カオルさんが本当に男の子でしたら、あたしの恋人になって欲しかったですよ」
「そうね。私も同感だわ」
「ボクもだよ」
「あのー、アンさんはともかく、エレノアさんとユリアさんは同い年の男性が苦手でしたよね?わたしが本当に男だとしたら、恋人どころか、友達にもならなかったんじゃないですか?」
エレノアとユリアは目を合わせると、うなづき合った。
「そうだったでしょうね。私たちは友達にもなれなかったでしょうね。でも……」
エレノアの言葉をユリアが引き継いだ。
「ボクとエレノアの二人で話したんだけど、男装しているカオルくんを見ていたら、もしもカオルくんが本当に男性だとしたら、ボクたちの関係に別の可能性があったんじゃないかと思ったんだ」
「別の可能性ですか?」
「そうだよ。ボクとエレノアがカオルくんをめぐって恋の修羅場になっていたかもしれない」
「修羅場って……、わたしを恋人として独占したくなるという事ですか?」
カオルの質問にエレノアが答えた。
「そうよ。だから、カオルさんが女の子で良かったわ。私やエレノアやアンさん。誰がカオルさんの恋人になったとしても、そうなったら私たちは親友として、こうして四人で仲良くしてはいられなかったでしょうね」
「は、はあ……、そうですか……」
カオルは内心複雑だった。
エレノアは悪戯っぽい表情になった。
「ねぇ、もしカオルさんが男の子だったら、私たち三人の内誰を恋人にしたい?」
「そ、それは……」
カオルは考えた。
僕は三人とも上半身裸を見ちゃったけど、エレノアさんは巨乳で、ユリアさんは美乳、アンさんは二人にくらべれば寂しいけれど……。
いや!いや!三人をそんな目で見てはいけない!
でも、本当に恋人になれたとしたら、あの胸の感触を僕のモノにできるんだよな。
特に、エレノアさんは何度も僕を抱き締めて来るから、服ごしに巨乳を僕は感じているけど、恋人になれば生で巨乳を揉むのもできるように……。
駄目だ!駄目だ!
彼女に対して、そんなよこしまな考えを抱いては駄目だ!
「カオルさん。何故、私の胸をジーッと見ているの?」
「恋人同士になれて揉んだら、気持ち良さそうだなと思って、あっ!失礼しました!」
カオルは思わず本音を言ってしまった。
「もうっ!カオルさん。私の胸を嫌らしい目で見る男の人みたいよ!女同士なのだから許すけど」
「すいませんでした。エレノアさん」
「頭を下げる必要は無いわよ。揉みたいのならば、揉んでもいいわよ?」
エレノアはカオルに向けて胸を突き出した。
「ほ、本当にいいのですか?」
「もちろんよ。私たちは女同士のお友達でしょ?このくらいはスキンシップよ」
カオルはエレノアの胸に手を伸ばして、寸前で止めた。
「あの、エレノアさん、ユリアさん、アンさん。わたしが本当は皆さんに嘘をついていて騙しているとしたら、どうしますか?」
「私たちを騙している?何を嘘をついているって言うの?」
「わたしは本当は女の子じゃなくて正真正銘の男の子なのに嘘をついて、女子生徒としてこの学園に入学して、皆さんを騙しているんです」
エレノアたちは笑い出した。
「カオルさんが男の子だなんて!そんな事あり得ないわよ!」
「証拠を見せます」
カオルは着ている服をすべて脱いだ。
裸になったカオルの下半身には、彼が男性だと証明するモノが付いている。
エレノアたちは一瞬それをジッと見つめた後目を逸らした。
「それが、アンさんのお爺さまが言っていた『男体化』の魔法なのね。男の人の裸見た事無いから、本当の男の体と同じなのか、私には分からないけど」
「ボクもだよ」
「あのー、あたしは男の人の裸を見た事があります」
アンの言葉に他の三人は驚いた。
「どこで見たの!?アンさん。男とお付き合いした事無いって言っていたじゃないか?」
カオルは裸のまま思わずアンに詰め寄っていた。
「小さい頃、夏に避暑のため田舎の別荘に行った時、近くの村の子供が裸で川を泳いでいるのを偶然見ちゃったんです」
カオルたち三人はホッとした。
「それで、アンさん。ボクたちの中で本当の男の裸を見た経験があるのは君だけなんだけど、魔法で男体化したカオルくんの体は本当の男の体なのかな?」
「ユリアさん。その通りです」
エレノアたちは面白い喜劇を見たような表情になっていた。
「カオルさん。冗談はこのくらいにして、本題に入りましょう。歓迎委員会について話しましょう」
「エレノアさん。分かりました」
カオルは服を着ながら考えていた。
裸を見せても、三人には僕が本当に男だとは思われなくなっちゃったな。
彼女たちに僕が男だと証明する日は来るのだろうか?
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