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第三十九話 カオルが歓迎委員会委員長になる理由

カオルは考えていた。


素っ裸で、どこからどう見ても男の体の僕を目の前にしながら、トニア前男爵は僕を「女」だと確信している。


どういう事だ?


トニア前男爵はサウナ風呂の個室を借りた。


帝国では限られた人間の間で密談をしたい時には、サウナの個室を使う事が多い。


他人を排除できるし、密閉された部屋なので声が漏れにくいからだ。


個室でカオルと二人きりになると、トニア前男爵はカオルの裸をジロジロみながら言った。


「さすが、大賢者さまは凄いな。肉体の性別を変える魔法があるとはな」


そういう事か!


カオルは納得した。


「ワシが君が本当は『女』であるのを知っている訳を言っておこう。ある手段を使ってワシは学園の内部書類を手に入れた。それによると、今年、東方諸島国から入学した生徒は一人。名前はカオル・タイラ。東方諸島国の宰相閣下の娘で、大賢者さまの弟子だ。たが、性別は書類には『女性』と明記されている」


それ、学園長のミスなんですよ!


とカオルは言うわけには行かなかった。


どちらにせよ。カオルがアンの本当の彼氏では無い事は、バレてしまった。


カオルは、どうするべきか考えた。


「安心したまえ。カオルくん。君がアンの本当の彼氏で無くとも、ワシはどうこうするつもりは無い」


「でも、アンさんに婚約を薦める話はどうなるのですか?」


「ああ、その話か、ワシは最初からアンに婚約を薦める気は無い。ワシの若い頃ならともかく、十五歳で婚約は早過ぎる」


「どういう事ですか?アンさんの話では……」


「婚約の話は、ワシがこの学園に来る口実を作るための嘘だ。あくまでプライベートな用事で、ここに来ていると『奴ら』に思わせなければならないのでな」


奴ら?誰の事だ?


「奴らというのは誰の事ですか?」


少し考え込むような顔をした後、トニア前男爵は口を開いた。


「まあ、これは機密なんだが、数日後には新聞で発表される予定だから話しても良いか。一ヶ月後この学園で、我が帝国の皇帝陛下と連邦の大統領閣下が直接会談をなされる」


「それは凄いですね。歴史上初ですよ」


魔法帝国と機械連邦は今では友好関係にあるが、連邦が帝国から独立した当初の関係は最悪であった。


帝国から見れば連邦は「帝国からの逃亡奴隷どもが、科学などという妖しげな力で、でっち上げた国」であるし、連邦から見れば帝国は「自分たちを迫害した魔導師たちが支配する国」であった。


双方の国内の事情により、皇帝と大統領が直接会談するのは不可能で、帝国と連邦の外交交渉では、帝国宰相と連邦副大統領が最高レベルの会談になっていた。


友好関係を演出するために、退位した元皇帝や退職した元大統領が個人的に会談する事はあったが、それはあくまで非公式であった。


在位中の皇帝と在任中の大統領が公式に直接会談するのは初めてで、それだけで歴史上に残る出来事であった。


「歴代の皇帝陛下と大統領閣下の直接会談を妨害してきたのは、帝国の『再征服派』と連邦の『解放派』ですよね?」


帝国から戦争により連邦が独立すると、帝国内部では「再征服派」と呼ばれる派閥が生まれ、連邦では「解放派」と呼ばれる派閥が生まれた。


帝国の再征服派の主張は、「大陸の全ての土地と人民は魔法帝国皇帝の支配下にあり、大陸西部を不法に占拠している機械連邦を自称する国家など再征服しなければならない」である。


一方、連邦の解放派の主張は、「帝国の特権階級に独占されていた『魔法』ではなく、誰でも使える『科学』の力で新たに国を興した連邦こそ、大陸の全ての人民を解放する使命を持つ」である。


しかし、帝国での再征服派も連邦での解放派も政治的決定において方針としては採用されなかった。


連邦独立戦争直後は、帝国政府は混乱した国内の建て直しに精一杯であったし、連邦政府には帝国本土に攻め込める国力は無く、広大な未開拓の土地がある大陸西部の開拓により国力を増強するのを優先させたからである。


帝国が国内の混乱を収めた頃には、連邦は西部開拓の成功により国力を増強させており、容易に征服するのは不可能となっていた。


同じく連邦も国力が増大しても帝国からの防衛には充分でも進攻には不足していた。


微妙なバランスの上に両国の関係は成り立ち、表向きは友好関係を築き上げた。


帝国と連邦の対立など、歴史上の出来事としか思っていない者も両国には多いのだ。


しかし、再征服派も解放派も主流派にはなれなかったが、消滅もしなかった。


裏で暗躍して、帝国と連邦の友好関係を壊そうとしている。


「再征服派と解放派を潰すのに成功したのですか?」


「いや、ある程度弱体化させるのが上手く行っただけど、むしろ、弱体化したからこそ活動が活発になっている。困ったものだ。殺虫剤を撒くと生き残りは激しく動くからな」


トニア前男爵は家の害虫駆除について話しているように答えた。


「トニア前男爵がさっき言った『奴ら』が皇帝陛下と大統領閣下の直接会談を邪魔しようとしているのですね」


「そうだ」


「『奴ら』は帝国の再征服派ですか?連邦の解放派ですか?」


「どちらだと思うかね?カオルくん」


トニア前男爵は授業中に生徒に問題を出す教師のように言った。


カオルは考えた。


再征服派と解放派のどちらかと考えるのなら……。


トニア前男爵は帝国内務省の警察官僚だった。


退官しているが、これまでの口振りからすると「奴ら」に対応するために活動しているらしい。


帝国政府上層部から密かに指示されているのだろう。


誰からの指示だ?


帝国の内務大臣からか?


いや、宰相からかも……。


ひょっとしたら、皇帝から直々に……。


まあ、誰からの指示かは教えてくれないだろうから、トニア前男爵からの問題を考えよう。


常識的に考えるのなら、「奴ら」は帝国の再征服派だろう。


トニア前男爵は帝国内ならば影響力を行使できるだろうが、連邦内の解放派に手出しはできない。


再征服派が弱体化したとすると、相対的に解放派が強大化するな。


そうすると、連邦政府にとっては却って厄介な事に……。


ん?待てよ?


カオルは更に深く考え込んだ。


「どうしたのかね?『奴ら』とは、帝国の再征服派と連邦の解放派、どちらの事だと思うかね?」


「……どちらかではなく、両方なのでは?再征服派と解放派が手を組んだのでは?」


「ほう、二つの派閥が手を組むなどと、カオルくんは思うのかね。彼らは不倶戴天の敵同士なのだよ。それが手を組むなど、三流雑誌のゴシップ記事にもならないのではないかね?」


トニア前男爵は揶揄するように言った。


それに怯まずに、カオルは話を続けた。


「確かに、二つの派閥は自分の陣営による大陸全土の支配を目論んでいますから、最終的な目標を果たすためには相手を打倒しなければなりません。だから、手を組むのは有り得ないように思えます。ですが、目標の途中で方便として手を組むのは有り得るのでは?」


「方便とは、何だね?」


「二つの派閥の最終的目標は正反対ですが、『帝国と連邦の友好関係を壊したい』という点では一致しているのです。いずれ決裂するとは分かっていても、共通の目的のために対立する派閥が一時的に手を組むというのは、政治の世界ではよくある事では?」


トニア前男爵は愉快そうに笑った。


「その通り、正解だよ。カオルくん。さすがは大賢者さまの弟子だ」


「僕に機密事項を話したのは、どういうつもりなのですか?」


「カオルくん。君も、この問題には深く関わる事になるからだ」


「学園高等部のただの一年生にすぎない僕が、この大陸の重要な政治情勢に、何故関わる事になるのですか?」


「皇帝陛下と大統領閣下のお二人が、この学園に来られるのを学園の学生たちが歓迎するための歓迎委員会が設立される。その委員会のリーダーである委員長に、カオルくん。君がなる事になっているのだ」


「えっ!?僕が!?僕は高等部の一年生ですよ?学生を代表するのならば、大学部の成績優秀者とかの方が、ふさわしいじゃないですか!?」


「この学園の学生のほとんどは帝国か連邦の出身だ。帝国の皇帝陛下と連邦の大統領閣下を歓迎する代表者が、帝国か連邦の人間どちらでも色々と不味い事になる」


「大陸にある国は、帝国と連邦だけではないでしょう?そこからの学生もいます。その国の出身者を代表にすれば、いいじゃないですか?」


「確かに大陸に数十カ国ある中小国出身の学生もいるが、大陸にある国は帝国か連邦どちらかの影響下にある。中小国出身の学生を歓迎委員会委員長にしても不味い事になるのは変わらない」


「それで、大陸から遙か離れた孤島にある蛮族の国から来た僕を歓迎委員会委員長にする事にしたのですか?」


トニア前男爵は愉快そうに笑った。


「その通りだよ!カオルくん!君の出身の東方諸島国は、帝国と連邦と国交を開いたばかりだからね!どちらの国の影響も少ない。君が歓迎委員会委員長になるのが一番都合が良いのだよ!」






その日の夜、カオルは女子寮の自室で机に向かい手紙を書いていた。






師匠。時候の挨拶などの前置き無しで本題に入らせていただきます。


今回の件は、ずっと前から決まっていたのでしょうか?


もし、僕が師匠に向かって、こんな質問をしたとしたら。


「質問は具体的にしろ」とか言われるのでしょうが。


学園で帝国の皇帝と連邦の大統領が直接会談する事になったので、僕が学生を代表して歓迎委員会の委員長になりそうです。


確かに、東方諸島国の出身である僕が委員長になるのが一番都合が良く、東方諸島国出身の学生は学園には僕一人しかいないのですから、僕は歓迎委員長を引き受けようと思っています。


しかし、これはだだの偶然でしょうか?


皇帝と大統領が学園で会談する時に、都合良く僕が学園の高等部の一年生でいる事がです。


皇帝と大統領の直接会談となれば、つい最近思いついたのでは無く、少なくとも五年は前から検討されていたのでしょう。


五年前と言えば、師匠と僕が初めて出会って、僕が師匠の弟子になりました。


もしかして、今回の事が目的で、師匠は僕を弟子にして、大陸中央学園に入学させたのですか?

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