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第三十八話 カオルとトニア前男爵が大浴場に行った理由

「警察局が貴族の犯罪については治外法権だったというのは、どういう事なのですか?」


アンの質問に、ユリアは答えた。


「今は皇帝直轄地にも貴族の領地にも警察署があって、帝国全土の警察署は全て警察局の監督下にある。警察官は全員『皇帝陛下の警察官』だ。だけど、昔は警察署があるのは皇帝直轄地だけで、貴族の領地には警察署が無くて、警察官はいなかったんだ」


「えっ!?警察官がいないのなら、泥棒を捕まえたりは誰がしていたんですか?」


「貴族が個人的に雇った人間が警察官の役割をしていた。非正規警察官なんて呼ばれていたけどね。その非正規警察官が自分を雇っている貴族が罪を犯したとすれば、どうするか分かるだろ?」


「はい、自分の給料払ってくれる雇い主を捜査したりはしませんね」


「もし、正義感に溢れて貴族を捜査しようとする非正規警察官がいても、そんな人は首になってしまうから、捜査する権限を失ってしまう。法律上は警察局は貴族の領地の捜査権を持っていたけど、貴族領に常駐する帝国の正規の警察官がいないから、どうしても捜査が遅れて、証拠を隠滅されてしまう事が多かった。トニア前男爵はそれを是正しようとして、貴族領にも警察署を置こうとしたんだ。それには成功したけど、トニア前男爵は自分の経歴を犠牲にする事になった」


「お爺さまが経歴を犠牲に?どういう事ですか?」


「トニア前男爵の最後の役職は、内務省警察局局長だけど、内務大臣になるのは確実だと言われていて、宰相になれる可能性もあった。だけど、貴族領への警察署設置で有力な貴族を何人も敵に回してしまったから、警察局局長止まりになってしまったんだ」


「お爺さまに、そんな過去があったなんて……、あたしは孫なのに何も知らなかった……」


「悲しむ必要は無いよ。アンさん。ボクのお爺さまにトニア前男爵が言った事があるそうだよ。『内務大臣になれても、宰相になれても、やりたい事ができなかったら、悔いが残るが、やりたい事ができたのだから、悔いは無い』だから、アンさんはトニア前男爵を誇りに思うべきだよ」


アンはユリアに笑顔を向けた。


「はい!そうします!」


「そろそろ、汽車が着く時間だよ。ホームに迎えに出よう」


カオルの言葉に、全員が立ち上がった。






煙と蒸気を吐きながら汽車がホームに滑り込んで来た。


「あっ!今降りて来たのが、あたしのお爺さまです」


あれが、トニア前男爵か……。


カオルは思った。


体格は小柄な方で、どこにでもいるお爺さんという感じだけど、目つきは違う。


僕の祖国の東方諸島国の大きな町には町奉行がいるけど、名奉行と言われている人に目つきが似ている。


名奉行は、どんな犯罪者の嘘も見抜き、罪を暴くと言われている。


今、僕は「性別」という大きな嘘をついているのだ。


本当は男なのに、女だと偽って、アンさんたちと女友達になっている。


そして、僕はアンさんの友達なのに彼女の「彼氏」だと、この場では偽らなければならないのだ。


あらためて考えると、警察の優秀な高級官僚だった人を騙さなきゃならないんだよな。


「アン。久し振りだな。お前の友人たちを紹介してもらえるかね?」


「はい、こちらが私の友人のエレノア・フランクリンさん。連邦のフランクリン家のご令嬢です。こちらがユリア・ガイウスさん。ガイウス家のご令嬢です。そして、彼女……、いえ、いえ、彼が……」


アンはカオルに親しげに腕を絡ませた。


「親しくお付き合いさせていただいている。カオル・タイラさんです。東方諸島国の宰相のご養子です」


「初めまして、トニア前男爵。アンさんと親しくお付き合いいただいている。カオル・タイラと申します」


挨拶を交わすと、トニア前男爵は、カオルの頭の先から足元までを値踏みするように見た。


「お爺さま。駅前の喫茶店にテーブルを予約してありますので、とりあえず、そこへ……」


「ああ、すまんが、アン。ワシは彼と二人きりになりたい。男同士二人きりで話をしたい。ここにも帝国式の大浴場はあるのだろう?そこに行こう」






鉄道馬車は大きな建物の前の停留所で停車した。


カオルたち五人は鉄道馬車から降りた。


カオルは大きな建物を眺めながら考えた。


ここが帝国式の大浴場か、僕の国にある銭湯は単に体を洗う場所だけど、帝国での大浴場では運動場とかが併設されていて、総合的なレジャー施設だ。


もちろん、男風呂と女風呂は分けられている。


帝国では自宅に大きな風呂があるような大貴族でも、親しい友人を誘って大浴場に行くのはよくあるそうだ。


トニア前男爵が僕を大浴場に誘ったのは、僕に親しみを感じたからか?


いや、会ったばかりで、それは無いだろう。


男風呂に行けば、アンさんたちは同行できないから、僕と二人きりにで話をしたいのだと、トニア前男爵はハッキリと言っているじゃないか?


何について話したいのか?


「カオルさん。どうするのですか?」


アンが小声で心配そうに話した。


「どうするのかって、何が?」


「その……、このままじゃ、お爺さまと一緒に男風呂に行く事になるのですよ?」


「まあ、トニア前男爵とは遅かれ早かれ二人きりで話す時が来ると思っていたから、いきなりで少し驚いたけど、心の準備はできているよ」


「そうじゃなくて……、カオルさん。男風呂で服を脱いで裸にならなければならないのですよ?」


「それは当たり前……」


アンさんが何を心配しているのか、一瞬分からなかった。


ああっ!そうだった!


アンさんは、僕を「男装した女」だと思っているんだった!


アンさんから見れば、僕がトニア前男爵の前で裸になれば、僕が「女」だとバレてしまう事になるのだ。


「大丈夫だよ。アンさん。安心して僕に任せてよ」


「カオルさん。大賢者さま直伝の魔法で、何とかするのですか?」


「まあ、そんなところだよ」


安心したらしいアンを残して、カオルとはトニア前男爵と一緒に男風呂に向かった。


アンたちも、ついでだから女風呂に入る事にした。


一時間後に大浴場の入り口で待ち合わせする事になった。






トニア前男爵とカオルは男風呂に入ると、まず脱衣場に向かった。


帝国式大浴場では体操着に着替えて、運動場で一汗かいてから、入浴して汗を流すのが一般的なのだが、「この歳になると運動せずに、湯に浸かるだけで充分だ」とトニア前男爵が言うので、二人はすぐに入浴する事にした。


カオルは服を脱いで、あっさりと裸になった。


「ふむ、カオルくん。アンからの手紙に書いてあったが、その背中の傷痕が、東方諸島国の宰相を反乱から守った時の傷かね」


「そうです。この傷を負ったのは僕自身の責任です」


「それは、何故かね?」


「師匠から……、大賢者さまから授けてもらった『崩壊魔法』ですが、触った物を豆腐のように……、いえ、プリンのように軟らかくできる魔法なんです。僕は崩壊魔法で反乱軍の剣も槍も弓もプリンのようにしてしまって、突破して脱出しました」


「ふむ、では、何故、傷痕が残るようなケガをしたのかね?」


「脱出する時、僕は関白さま……、僕の国の宰相閣下と一緒でしたが、大賢者さまとは別行動だったんです」


「それはアンからの手紙に書いてあった。東方諸島国の宰相にとっては外国人である大賢者さまの助けで反乱から逃れては、『権威』が損なわれるからだったそうだな?」


「そうです。だから僕を養子にして大賢者さまから僕に魔法を授けさせたんです。子が親を助けるのは当たり前ですから」


「その背中の傷だが、槍のような物で刺されたように見えるが?」


「そうです。竹槍で刺されたんです」


「タケヤリ?何だね?それは?」


「竹は大陸に無い東方諸島国独特の植物です。鉄の穂先の槍を買う経済的な余裕の無い農民が、竹の先を削って尖らせた物を竹槍と言うんです」


「君は貧しい農民の竹槍で、その傷を負ったのかね?」


「そうです。反乱軍を突破した後、味方とはぐれて僕は宰相閣下と二人きりになってしまったんです。宰相閣下の信頼できる家臣の領地に向かう途中で泊まった村で『落ち武者狩り』に遭ったんです」


「落ち武者狩りとは、戦闘で負けた側の軍勢は崩壊してバラバラになってしまうから、弱体化した雑兵たちの金目の物を狙って、近隣の農民たちが強盗行為を行う事かね?」


「そうです。泊まった村で寝ている時に村人に襲われて、僕は竹槍で刺されました。崩壊魔法を授かった自分が無敵のように感じて油断していたんです。村人の殺気を感じて跳ね起きた宰相閣下とは違って、戦いは素人だった僕は熟睡していて竹槍で刺されてしまったんです」


「どうやって助かったのかね?」


「僕は負傷はしましたが、致命傷では無かったので、崩壊魔法を使って村人たちの武器を全部無力化したんです。そうしたら村人たちは僕を恐ろしい魔導師だと思ったらしく、すぐ村人全員が降伏したんです」


「なかなか危険な状況だったのだな」


「はい、傷痕は残りましたが、これは『男の勲章』だと思っています」


「なるほど、男の勲章ね……」


トニア前男爵の態度が変わった。


それまでは、若者の話に耳を傾ける穏やかな老人のようだったのが、取調室で容疑者に尋問する刑事のようになった。


「だが、カオルくんは『女』なのだろう?嫁入り前の娘に、そんな傷がついては困るのではないか?」


カオルは驚いたが、反論した。


「丸裸の僕をよく見て下さいよ。女に見えますか?」


トニア前男爵はカオルの裸の下半身に目を向けた。


「たしかに、君の裸を見ただけでは『男』だと誰でも判断するだろう。だが、ワシは知っているかもしれないが、元内務省の警察官僚なのだ。現役を退いた身でも、あちこちから情報は集まって来るのだよ。それによると、東方諸島国の宰相には確かにカオル・タイラという名前の義理の子供がいる。だが、その人物は『男』ではなく、『女』だと確認は取れているのだよ」


決定的な証拠を突きつけるように、トニア前男爵は言った。


「どうなのかね?カオルくん。黙ってしまったようだが?反論はしないのかね?」

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