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第三十七話 帝国の警察組織についてユリアが説明している理由

「あたしのお爺さまが、警察局局長だった頃にした偉大な業績とは何ですか?」


アンの質問にユリアは答えた。


「トニア前男爵の業績を話す前に、アンさんに確認しておかなきゃならないのだけど、魔法帝国には大きく分けると三つ国内に警察組織があるのだけど、知っているかい?」


アンは首を軽く横に振った。


「いいえ、警察って、そんなにいくつもあるモノなんですか?」


「まあ、普段生活している上では警察組織の違いなんか知らなくても支障は無いからね。説明するよ」


ユリアは右手の人差し指を立てた。


「まず、一つ目がトニア前男爵が昔所属していた内務省警察局」


続いて中指を立てた。


「そして、二つ目が帝国軍務省憲兵局が管轄している帝国軍憲兵隊」


最後に薬指を立てた。


「最後に、三つ目が皇帝陛下直轄の宮廷魔導師隊特別調査班だよ。この三つの組織はそれぞれ役割が違う」


「どんな違いがあるのですか?」


「まず、内務省警察局は世間一般に思われている警察の仕事をしている。泥棒を捕まえたり、殺人事件の捜査をしたりをしている。そして……」


ユリアは一旦言葉を切ると、少しニヤニヤ笑いをアンに向けながら話を続けた。


「帝国軍憲兵隊について、アンさんはどんなイメージを持っている?」


「えーと、あのー、小説で読んだり、お芝居で見たりした事しか、あたしは帝国軍憲兵隊について知らないのですが、よろしいのですか?」


「構わないよ」


「ブクブクに太った憲兵隊の偉い人が、物凄く威張っていて、無実の人に酷い拷問をして罪を着せたりするっていうイメージがあるのですか?」


アンの答えに、ユリアは軽く手をたたいて笑った。


「その通り!一般的に、そんなイメージが広まっているね。帝国憲兵隊にとっては過去の悪業が招いた事だから、自業自得なんだけどね」


「あの……、ユリアさんは何故、そんなに可笑しそうに笑っているのですか?」


アンの疑問に、エレノアが答えた。


「ユリアの実家のガイウス家は帝国憲兵隊と伝統的に仲が悪いのよ。百年以上前の話なのだけど、帝国憲兵隊が権限を拡張しようとした時に、ガイウス家の当時の当主が、それを阻止したの」


ユリアはエレノアの言葉を引き継いだ。


「そうだよ。帝国憲兵隊は帝国軍内の警察で、本来は軍内部の犯罪を取り締まるための組織だ。言い換えれば、一般社会に対しての警察としての権限は無かったんだ。だけど、一般社会の犯罪の捜査権限を得ようとしたんだ。それをボクの御先祖様は潰したんだ。これは、アンさんの前トニア男爵が生まれる前の事だから、今回の事には関係無いけどね」


ユリアは紅茶を飲んで、一息つけた。


「最後に、宮廷魔導師隊特別調査班だけど、正式名称が長いので、通称は『特調』『トクチョウ』と呼ばれている。特調がどんな組織なのか、アンさんは知っているかい?」


「いいえ、宮廷魔導師隊特別調査班という組織名自体を聞いた事が無いのですが?」


「そうだね。昔とは組織名が変わっているからね。昔は『帝国魔法教会異端審問部』と呼ばれていた組織だよ」


「ええっ!?」


アンが目の前に幽霊が出たような顔になった。


「あ、あれって!廃止になったんじゃ?」


「そう百年ほど前に魔法教会異端審問部は、当時の皇帝により、廃止になっている。だけど、看板を変えて、今も生き延びているのさ。昔とは比べ物にならないくらい組織は縮小されたし、権限も小さくなっているけどね」


「あのー、お話に割り込むようですけど、良いですか?」


「何だい?カオルくん」


「僕の異端審問部についての知識は、師匠から教えてもらった事と師匠の蔵書読んで得たものです。僕の知識が正しいかの皆さんに確認したいのですが、よろしいですか?」


「ボクは構わないよ」


「あたしも構いません」


「私もよ」


「それでは……」


カオルは、帝国魔法教会についての解説を始めた。


帝国魔法教会は元々は、「魔法は神が人間に与えてくれた力であり、魔法を授けてくれた神に人々は感謝しなければならない」という素朴な信仰から始まった宗教の教団であり、魔法帝国の建国以前からある教団であった。


しかし、時代を経るにつれて教団組織が大きくなり、魔導師たちが教団の中枢を占めるようになると、教義は変質して行った。


「魔法を使える魔導師は神の意思の代弁者であり、魔法を使えない者たちは、魔導師の指導に従わなければならない」


との教義を大陸全土に広めていったのだ。


当時、数十の国々に分裂していた大陸は、魔法帝国として統一する時の思想的根拠として、魔法帝国初代皇帝が自身が強力な魔導師だったため使ったのだ。


初代皇帝は自分の一族を皇族として、自分の臣下の魔導師たちを帝国建国における功績に応じて、王族や貴族とした。


魔導師は帝国においては、支配階級となったのだ。


魔法教会は「魔法」を帝国に住む全ての人類にとって最も重要な「魔法」の才能を持つ者を大陸全土から探し出すため、「調査部」を設けた。


帝国初期においては例え身分が奴隷であっても、魔法の才能があると認めされれば、解放奴隷となり魔導師になることができ、功績を立てれば困難ではあるが貴族になる道さえ開かれていた。


帝国初期においては身分制度は存在していたが、流動性があり、魔法教会調査部は帝国の支配階級に新たな人材をスカウトするための組織であった。


建国初期の帝国は、新しい人材を積極的に取り入れる若い国であった。


しかし、時代が進んでいくと、帝国も魔法教会も保守的な傾向が強くなっていった。


支配階級である魔導師たちは既得権を守るために、新たに魔導師をスカウトするのを中止したのだ。


帝国政府も法律により身分制度を固定し、貴族の子孫のみが貴族になれて、奴隷の子孫は永久に奴隷となった。


もともと新たな魔導師をスカウトするための組織であった魔法教会調査部は、役割を終えて廃止になるはずだったが、新たな役割を自ら見つけ出した。


それが帝国の魔法による発展を阻害するような「危険な存在」を見つけ出し、排除する事であった。


具体的には魔法を使えない一般人でも使える技、現代用語での「科学技術」の発展を抑える事であった。


具体的な例の一つを言うと、武器である「弓」における制限であった。


弓の一種である「クロスボウ」が発明されると、その製造・使用を事実上禁止したのだ。


国の法律として禁止したのではなく、世間の風潮をクロスボウを使うのを忌避するように誘導した。


魔法を使えない平民の中に「戦士」という階級を作り出し、彼らを他の平民よりは優遇して、携帯する武器としては剣や槍を与えた。


戦士階級には「飛び道具は卑怯」という考えを広めて、彼らが弓矢を自主的に使わないようにした。


平民で弓矢を唯一使うのは猟師となったが、「クロスボウは女子供でもつかえるオモチャ」として「クロスボウを大の男が使うのは恥」という考えを浸透させた。


これらの処置をした理由は、戦場の魔導師にとって平民の兵士では弓兵が一番の脅威だったからだ。


弓矢は一発の威力では魔導師の放つ火の玉に劣るが、弓の名手には魔導師より遠距離から狙撃できる者もいたし、呪文の詠唱が必要な魔法よりも速く攻撃できるからだ。


しかし、弓の名手は数が少なく真の脅威はクロスボウであった。


なぜなら、絡繰り仕掛けで矢を発射するクロスボウは、筋力の弱い者でも扱えて威力も強いので、集団で使用されるのが一番厄介だったからだ。


「……他にも、水車や風車の発達にも色々と制限を加えたりした。とにかく魔法を使わない『科学技術』の発展を阻止しようとしたんだ。魔法教会調査部は『異端審問部』になると組織と権限が拡大して、ますます活動が活発になった。異端審問部の活動で処刑された科学者や技術者、葬り去られた科学技術は、かなりの数にのぼる。……こんな説明で良いですか?ユリアさん」


「的確な説明になっているよ。カオルくん」


「あのー、一つ質問良いですか?」


アンが軽く右手を上げた。


「何で、異端審問部は科学技術の発展を、そんなに変質的に阻止しようとしたのですか?」


アンの質問にエレノアが答えた。


「大きな理由の一つは支配階級である魔導師の魔法を使えない平民に対しての優位を永遠に保持したいがためだろうね」


「それは歴史の教科書に書いてあったので知っています。でも、それだけでは説明が付かないような感じがするんです」


エレノアは軽く笑った。


「アンさんは結構深く物事を考える人だったんだね。


「あたしが、こんな風に考えるなんて変ですか?」


アンは恥ずかしさで顔を赤くした。


「いや、ボクは馬鹿にしている訳じゃ無いよ。むしろ、尊敬しているよ。たいていの人は教科書を丸暗記するだけで満足して、それ以上深く考えようとしないからね。話を戻すけど、異端審問部が科学技術を弾圧したのは組織維持のための防衛本能だったのだと思う」


「組織維持のための防衛本能ですか?」


「そうだよ。新しい魔導師をスカウトするための組織だった調査部は、スカウトその物が中止になったから組織の存在意義が無くなった。だからこそ、新しい組織の目的として科学技術の弾圧を選択したんだ」


「でも、それって手段のために目的を選んでいるような……」


「そう健全な考えでは無いよ。でも、この世の中には、こういう事は多いよ。結局、異端審問部は帝国にとっても弊害が大きくなって廃止されて、組織も権限も縮小された特別調査班が設立されたんだ」


「何故、異端審問部は廃止されたのに、新しく特別調査班が設立されたのですか?」


「完全に潰してしまうと、地下に潜って、帝国に対する反政府組織になってしまうかもしれないからね」


「なるほど、よく分かりました」


「さて、話が長くなっているけど、トニア前男爵が警察局局長だった頃にした業績について話すね」


「あたしのお爺さまのお話ですね。エレノアさんお願いします」


「警察局には建前では帝国領土内におけるあらゆる犯罪の捜査権が与えられているけど、貴族の犯罪については実質的に治外法権だったんだ」

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