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第三十四話 カオル・エレノア・ユリアが会議をしている理由

「はい、います。少し待っていてください。カオルさん」


アンは少し慌てて日記帳を机の引き出しにしまうと、ドアを内側から開けた。


ドアの外には、カオルが一人で立っていた。


「はい、何か、ご用ですか?カオルさん」


「アンさん。これが一階の郵便部に届いていたよ」


カオルは右手に持った封筒をアンに向けて差し出した。


寮の一階にある郵便部とは、寮に住んでいる生徒に宛てた郵便物が届けられる場所である。


速達郵便や学園内のメッセンジャーが届けた手紙は、緊急性があると見なされて、寮の職員が直接生徒の部屋まで届けてくれるが、普通郵便は一階にある郵便部で預かり、生徒はいちいち自分宛の郵便物があるかどうか、一階の郵便部で確認しなければならない。


ずいぶんと不便な郵便物の受け取り方法に思えるが、十年ほど前までは、片道三十分かかる一番近くにある郵便局に受取人が直接赴かなければならなかったので、だいぶ改善されている。


郵便物の受け取りだけではなく、寮の生徒が郵便物を出す時も一階の郵便部を使う。


「どうして、カオルさんが、あたし宛の手紙を?」


「わたし宛の郵便が来てないか、郵便部に確認に行ったの。わたしの郵便は来ていなかったのだけど、職員の人がアンさん宛の郵便が来ていると言って渡してくれたの。わたしたちは『仲良し四人組』と寮の職員の人たちの間で結構有名らしいわ」


アンが封筒を受け取ると、カオルは自室に向かった。


アンは自室に一人になると、独り言をつぶやいた。


「あたしたちが『仲良し四人組』か……、カオルさんは『大賢者さまのお弟子さん』、ユリアさんが『准皇族』、エレノアさんは『連邦の名家のフランクリン家』……、三人とも凄いのに、あたしだけが『男爵家の平凡な娘』……、職員のみなさんは『あんな平凡な女の子が、何で凄い三人と友達なんだろう?』なんて思われているかもしれないわね」


アンは封筒の差出人の名前を見た。


「お祖父さまからだわ」







カオルは自室の壁に付けた月めくりカレンダーを一枚破いた。


「学園に入学して一ヶ月、何とか無事に過ごせたわ」


カオルのつぶやきを聞いたユリアが少し笑って言った。


「一ヶ月しか過ぎてないのに、少し大げさだよ。カオルくん」


(学園で女装生活をしていて、僕が『本当は男』とは、まだばれないでいる。『これで一ヶ月ばれずに過ごせた!万歳!』という感慨を思わず口に出してしまったけど、まずかったかな?)


「ユリア。その言葉は少しカオルさんに失礼よ」


エレノアがカオルに味方するように会話に加わった。


「カオルさんは、この学園どころか、この大陸からもはるか遠くの東方諸島国から来たのよ?同じ国の出身者は他には誰もいないのよ?心細いに決まっているわ。だから学園で過ごして一ヶ月は、私たちにとっては『一ヶ月しか』だけど、カオルさんにとっては『一ヶ月も』になるのよ。感慨深くなるのは当然よ」


エレノアの言葉に、ユリアはカオルに向けて頭を下げた。


「確かに、ボクはいささか無神経だったようだね。お詫びするよ」


「ユリアさん。頭を上げてください。わたしは全然気にしていませんから、それより、わたし達三人が集まった本題に入りましょう」


「それでは、私エレノア・フランクリンがこの会議の議長を務めさせていただきます。会議の議題は『最近アン・トニアさんの元気が無い件について』です。発言は挙手をもってお願いします」


ユリアが手を挙げた。


「確かに最近のアンさんは元気が無いように見える。何か悩み事を抱えているようだ」


エレノアが挙手をした。


「私たち三人と一緒にいる時に、何か相談したいような表情になるのよね。こちらから無理に聞き出そうとするよりも、アンさんの方から口を開くのを、私は待っているつもりだったのだけど……」


カオルが手を挙げた。


「段々と悩みは深刻になっているみたいですね。顔色が日々悪くなって行くみたいです」


ユリアが挙手をした。


「この前、ボクと二人になった時に、『例え話なんですけど、もし、あたしがカオルさんにご迷惑をかけるような事をしているとしたら、どう思いますか?』と尋ねてきたんだ。ボクは『カオルくんにちゃんと謝れば良いんじゃないかな?謝れば許してくれるよ』と答えたけど、『カオルくんに何かしたの?』と尋ねたら、『いえ、これはあくまで例え話です』とアンさんが言ったので、その場ではそれで話は終わったのだけど……、カオルくん。アンさんに何か迷惑をかけられるような事をされたのかい?」


カオルは挙手して、首を横に振った。


「いいえ、アンさんから迷惑をかけられた覚えはありません」


エレノアが挙手した。


「うーん。アンさんはカオルさんに迷惑な事をしているかもしれない。でも、カオルさんには、その覚えは無いのよね?何か、アンさんの最近の行動で変な事はなかったかしら?」


ユリアが挙手した。


「この前、実家に手紙を出すために一階の郵便部に行ったのだけど、職員から『あなたが実家に手紙を出すのは初めてね。あなたのお友達のアンさんは頻繁に実家に手紙を出しているわよ。学園での生活は忙しいし、楽しいとは思うけれど、ご家族との繋がりも大切にしなきゃ駄目よ?』と言われたんだ」


カオルが挙手した。


「アンさんが実家に頻繁に手紙を出しているんですか?ハッキリと聞いたわけじゃないですけど、アンさんは自分の家族があまり好きではないようなんですけど?」


エレノアが挙手した。


「私もアンさんは彼女のご家族をあまり好きではないように思えるわ」


ユリアが挙手した。


「ボクもだよ。あまり好きではない家族に、何故、頻繁に手紙を出しているだろう?」


カオルが挙手した。


「思い出した事があるのですけど、一ヶ月ほど前に郵便部に届いていたアンさん宛の封筒を渡した事があるのですけど、封筒に書いてあった差出人の名前が『ヘルム・トニア』でした。これはアンさんのお父さんの名前でしょうか?」


ユリアは頭の中の記憶を探る表情になった。


大陸における上流階級の嗜みとして、有力者についての一般的なデータは、彼女の頭の中に入れてあった。


トニア男爵家は帝国の中央では、あまり有力な家ではないが、地方勢力としてはまあまあの方なので、ユリアの頭の中にデータはあった。


何か思い当たったようで、ユリアは挙手した。


「違うよ。『ヘルム・トニア』は先代のトニア男爵家の当主の名前だよ。つまり、アンさんのお祖父さんだ。アンさんのお父さんに家督を譲って今は隠居している。カオルくん。差出人の住所は覚えているかい?」


カオルは覚えていた住所を口に出した。


ユリアは納得してうなづいた。


「その住所はアンさんの実家の住所じゃないよ。トニア男爵家の別邸がある所だよ。そこで先代のトニア男爵は隠居生活をしているはずだ」


エレノアが挙手した。


「ひょっとして、アンさんはお祖父さまに頻繁に手紙を出しているのかしら?」


ユリアが挙手した。


「それが、アンさんが悩んでいる原因なんだとしたら、何なんだろう?」


カオルが挙手した。


「これ以上、わたし達が議論していても問題の解決にはならないみたいですから、思い切ってアンさんに直接尋ねてみたらどうでしょうか?」


カオルの提案に、エレノアとユリアはうなづいた。


ドアが外からノックされた。


「カオルさん。いますか?」


アンの声だった。


アンが部屋に入ると、椅子に座ったまましばらく黙っていたが、何かを決断したようでカオルに向かって言った。


「カオルさん!あたしの『恋人』になってください!」






アンたち三人が部屋から去り、カオルが部屋で一人きりになると、机に向かい日記帳を開いた。


ペンを手に取ると、白紙を埋め始めた。






今日は驚いた。


アンさんがいきなり僕に向けて、「恋人になってください!」と言ったのだ。


正直に言うと、嬉しかった。


僕は祖国の東方諸島国にいた時は、「女芸人」をしていたから、女の子から告白されたことは無かった。


この大陸中央学園でも「女子生徒」として通学することになったから、女の子と恋人同士としてお付き合いするのは諦めていた。


サリオンさんという「彼氏」が、できてしまったぐらいだからね。(笑)


だから、アンさんからの告白は嬉しかったのだけど、冷静に考えると、とんでもない事態だった。


アンさんは正真正銘の女の子で、僕も表向きは女の子ということになっている。


なのに、アンさんが僕に向かって「恋人になってください!」と言ったという事は……。


「ちょっと、アンさん。女同士の恋愛……、同性愛はタブーだよ。社会的に認められていないし……」


ユリアさんが困惑した顔で言った。


「ユリアの言う通りよ。アンさんの気持ちは尊重したいけれど、同性愛は茨の道なのよ?」


エレノアさんも困惑した顔をしていた。


僕は混乱してしまい。何も言えなかった。


アンさんは激しく首を横に振った。


「違います!違います!あたしに同性愛の趣味はありません!恋人としてお付き合いするのなら、男の人とします!」


その言葉を聞いて、僕はますます混乱した。


まさか!アンさんは僕が「本当は男」だと気づいたのか?


最近、アンさんが悩んでいたのは、僕の本当の性別を見抜いたからなのか?


どうしよう?


男だと疑われないように、細心の注意をしていたはずなのに!


「カオルさんには『男装』をして『男の子の振り』をして、あたしの『恋人の振り』をして欲しいんです。女の子のカオルさんに、こんな事をお願いするのは大変失礼だと分かっています」


アンさんの言葉に、僕はホッとした。


良かった!


アンさんに僕が男だと見抜かれたわけじゃなかったんだ。


「わたしに『男の子の振り』をして『アンさんの恋人の振り』をして欲しいというのは、どうしてなの?」


「話が少し長くなりますが、話しても良いですか?」


「構わないわ」


「話の始まりは一ヶ月ほど前に、あたしのお祖父さま……、先代のトニア男爵の『ヘルム・トニア』から、あたし宛に手紙が来たんです。その手紙で、お祖父さまは、あたしに婚約を薦めて来たんです!」

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