第三十二話 カオルが魔法を実演した理由
平良薫ことカオル・タイラは日記を書き続けていた。
大陸の歴史について長々と書いてしまったが、これを書いておかないと、僕の同級生で友達のユリア・ガイウスさんが、無詠唱魔法が使えるようになるまでは苦労しただろうことが説明できないからだ。
機械連邦独立戦争において、ユリアさんのご先祖さまであるユリウス・ガイウスの攻撃魔法により、連邦鉄砲隊に多大な損害を与えた。
それを可能としたのは、領民である彼の兵隊たちが文字通り盾となって、呪文の詠唱が終わるまで守り切ったからである。
それは、ガイウス家と領民たちの「堅い絆」を象徴する歴史に残った出来事となった。
ユリウス・ガイウスと彼の兵隊たちが戦場で戦った日を記念日として、毎年イベントが開催されている。
イベントの内容は、当時の再現として盾を持った兵隊たちに守られたガイウス家の魔導士が長時間の詠唱が必要な攻撃魔法を放つというモノだ。
ガイウス家の人間は全員と領民も大勢参加する重要な年中行事だ。
そのため、ガイウス家の人間は、ユリウス・ガイウスが戦場で詠唱した攻撃魔法の呪文を幼い頃から習うのだ。
ユリアさんも、もちろんそうなのだろう。
その弊害として、呪文を詠唱しないと魔法が発動しない「癖」が付いてしまっているのだろう。
魔法については、約三百年前の大賢者がそれまでの経験だけに頼る魔法の発生方法から、理論的に整理された魔法体系へと変わり、魔法を発動させるには呪文の詠唱を必要としない無詠唱魔法も開発されている。
無詠唱魔法については、まったく魔法について知らない機械連邦の人間の方が身に付けるのが早いぐらいだ。
ガイウス家に限らず魔法帝国の上級貴族では先祖代々伝わる呪文があり、その呪文はたいてい長々と詠唱しなければならない。
そのため無詠唱魔法については帝国では、身分が上の貴族ほど習得が難しいという変な現象が起きているのだ。
さて、今日の魔法の授業でサリオン・カエサルさんが大ケガをした事故について書こう。
ユリアさんは無詠唱でベースボールのボールぐらいの大きさの火の球を右手の手のひらに出現させた。
ピッチャーのように右腕を振ると、百メートルほど先にある標的の人形に火の球は飛んで行った。
火の球が標的に当たると、地面に立てた木の棒にボロキレを巻いた人形は燃え上がった。
人形は一瞬にして燃え尽きた。
「おお、凄いな!」
「一瞬にして燃え尽きるなんて、かなりの高温を出さなきゃ不可能だ」
クラスの生徒たちは魔法帝国、機械連邦どちらの出身でも、今のユリアさんの火の魔法の凄さが分かったようだ。
「ユリアが火の球を出す魔法を使うのを久し振りに見たけど、昔よりパワーアップしているわね」
僕の隣にいるエレノアさんがつぶやいた。
「確かにそうですね。あの人形を一瞬で燃え尽きさせることができるほどの高温の火の魔法を使える人は、なかなかいません」
僕がエレノアさんにそう応じると、サリオン・カエサルさんが教師に向けて挙手していた。
「次は、俺でよろしいでしょうか?」
教師の許可を受けて、サリオンさんは標的の人形の百メートルほど手前に立った。
右手の人差し指だけを立てると、その指先に銅貨ぐらいの大きさの火の球が出現した。
「おおーっ!」
「凄いな!さすがは皇族だな!」
クラスの半数ぐらいが、サリオンさんの魔法に驚いていた。
「どこが、凄いんだ?さっきのユリアさんより火の球が小さいじゃないか?」
クラスの残り半分が疑問に思っているようだ。
この学園では、どのクラスもそうだが、魔法帝国出身者と機械連邦出身者は人数が半々になっている。
連邦出身者には、今サリオンさんが使った魔法の凄さが分からないのだろう。
「ねぇ、カオルさん。今の魔法のどこが凄いのかしら?」
エレノアさんも分からないようなので、説明することにした。
「ベースボールのボール程度の大きさの火の球ならば、ある程度火の魔法に修練した魔導師ならば発生させることができる人は大勢います。ですけど、銅貨ぐらいの大きさの火の球で必要なだけの破壊力を出すのは難しいのです。あの小さな火の球でも標的の人形を燃やし尽くせるだけの威力はあるはずですよ」
僕のこの予想は、はずれた。
なぜなら、サリオンさんの火の球は標的の人形を燃やし尽くしたりはしなかった。
木の棒に巻いてあるボロキレだけを燃やし尽くしたからである。
「おおーっ!!」
クラスの半数……、おそらくは帝国出身者たちが驚嘆の拍手をしていた。
僕も予想外だったので、正直驚いた。
「カオルさん。今度は、どこが凄いのかしら?」
「火の球をボロキレだけ焼いて、木の棒は焼かないように細かくコントロールしたのです。これはかなりの高等な魔法の技術ですよ」
火の球を放った後、サリオンさんはユリアさんの方に顔を向けた。
彼は口に出しては何も言わなかった。
だが、表情だけでユリアさんに「お前の魔法は俺に比べれば、たいしたことない」と言っていた。
ユリアさんはとても悔しそうな顔をしていた。
「はい!先生!次の魔法の実演はカオルくんにやってもらえば、良いと思います」
ユリアさんは僕の右手をつかむと高く掲げた。
「カオルくんは大賢者さまのお弟子さんです。彼女の魔法を見るのは、みんなに大変参考になると思います」
僕は魔法の実演をすることになった。
「頼むよ。カオルくん。サリオンが何も言えなくなるくらい凄い魔法を見せてくれ」
ユリアさんは意外に子供っぽいところがあるな。
僕が小さい頃に故郷の村で、子供たちで相撲をして遊んでいた時、負けた子供が仲が良い友達に代わりに勝ってくれるように頼むような感じだ。
でも、ユリアさんの意外な一面を見たことで、逆に僕は好感を持った。
期待には応えなければなるまい。
それに大陸では「大賢者」と呼ばれて崇拝の対象となっている師匠の弟子としても、下手な魔法は使えないだろう。
さて、どんな魔法を使おう?
ユリアさんやサリオンさんと同じ火の魔法にするとして、あまり派手なのにすると、かえってドン引きされるかもしれないし……。
サリオンさんみたいに玄人好み過ぎると、連邦出身のクラスメートには何が凄いのか分からないし……。
うん、こうしよう。
これなら、魔法について素人のクラスメートにも「何となく凄い」と分かるし、魔法について習熟しているクラスメートにも凄さが分かるだろう。
僕は両手を開いて、前に出した。
十本の指全部から銅貨ぐらいの大きさの火の球を出した。
「おーっ!凄いな!」
「同時に十個の火の球を出すとは、かなり火の魔法に習熟してないと、できないぞ!」
よし!よし!
目論見通り、帝国と連邦どちらの出身者にも「この魔法は凄い!」と分かったようだ。
続けて、僕は十個の火の玉で「お手玉」、大陸の言葉で「ジャグリング」を始めた。
「おーっ!これも凄いな!」
「火の玉を手で受けとめて、熱くないのかしら?」
僕は火の玉を手で上に投げて、落下した火の玉を手で受けて、また上に投げてを繰り返しているように見えるが、実際には違う。
火の玉をコントロールして空中を飛ばしているのだ。
さて、フィニッシュと行こう。
十個の火の玉を標的の人形を目指して飛ばした。
人形に着火することなく、火の玉をぐるぐると周囲を回した。
人形の頭上で十個の火の玉を集合させて、一つのバスケットボールぐらいの大きさの火の玉にした。
その火の玉をゆっくりと人形の頭に向けて落とした。
人形は一気に燃え上がる事はなく、ロウソクのようにゆっくりと燃えた。
これは火の玉の温度調節が難しい。
人形が燃え尽きると、クラスメートから盛大な拍手が僕に向けられた。
僕は旅芸人だった頃の事を思い出して、舞台から観客に挨拶するようにお辞儀をした。
旅芸人をしていた頃には嫌な思い出も多かったが、楽しい事もたくさんあった。
一番楽しく思えたのは、舞台の上で披露した自分の芸に、観客から称賛の声や拍手を贈られた時だ。
その時の心境を思い出して、とても楽しくなった。
「さすがにカオルくんは、『元芸人』だな。素晴らしい芸を見せてもらったよ」
サリオンさんの言葉に、少しだが冷や水を浴びせられたような気分になった。
僕の祖国でも大陸でもそうだが、「芸人」はどちらかと言うと蔑まれる職業だ。
時代によっては「物乞い」と同じに見られる事もあった。
大陸では、大都市にある大きな劇場で舞台に立つような俳優は尊敬されるようななってはいるが、芸人に対する蔑視のようなモノは残っている。
祖国で旅芸人をしていた時には、もっと酷い言葉を投げつけられた事もあるので、僕はそれほど不愉快には感じなかった。
怒りをあらわにしたのは、ユリアさんだった。
「なるほど、今のカオルさんの魔法は『芸人の芸』だったかもしれないけど、さっきのサリオンの魔法だって『芸人の芸』じゃないか。攻撃魔法の実力を本当に示すには、これだけじゃ、分からないよ」
「それなら、どうするんだ?ユリア」
サリオンさんの挑発に、ユリアさんが応じた。
「防護盾を使った魔法勝負をしよう。ボクとサリオンの一対一で!」
ユリアとサリオンさんは、二百メートルぐらい間を空けて向かい合った。
真ん中の所に、ドアぐらいの大きさの盾が置かれている。
防護盾とは、攻撃魔法に耐えられるよう特殊な加工をされた盾だ。
防護盾を破壊できるほどの威力の攻撃魔法を受けたとしても、盾のすぐ後ろにいる人物は無傷だ。
無事は保証されていても、自分に向けて火の玉などが向かって来るのに、怯えずに動かずにいるのは、かなりの度胸が必要だ。
魔法に怯えずに動かずにいた方が「勝ち」という帝国の上流階級の魔導師の間で盛んな「度胸試し」だ。
「さっきは悪かったね。カオルくん。不愉快な思いをさせてしまって、君の力を借りるのではなく、自分の力でサリオンとは勝負をつけなればならなかったんだ。さあ、離れて勝負が始まるよ」
心配して側にいた僕は、ユリアさんから離れた。
この時になっても、僕はこの後に起きる事故を予測できなかった。
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