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第三十一話 カオルが大賢者から貴重な本を渡された理由

平良薫ことカオル・タイラは、日記を書いていた手を止めると、立ち上がり自室の本棚に向かった。


本棚に並べられている本は、ほとんどがカオルの師匠である大賢者から譲られた物である。


それらの本の背表紙の題名を見ると、ほとんどが大陸中央語の活字で「魔法帝国の歴史」「機械連邦の歴史」「帝国と連邦の文化」などと印刷されており、大陸の歴史や文化についての本だと分かる。


しかし、その中に一冊だけ古代大陸語で背表紙に題名が手書きで記された本がある。


その題名は「名も知らぬ後の世の人に捧げる詩」であった。


カオルは、その本を手に取るとパラパラとページをめくった。


「ちょっと読んだだけでは、素人が書いた下手な詩にしか見えないな。本の綴じ方も明らかに素人の仕事だし、古代大陸語が読める人が読んだとしても、たいていは素人が趣味で作った詩集としか思わないな」


カオルは目的のページで本をめくっていた手を止めると、そのページをじっと見つめた。


「火薬と鉄砲の作り方を暗号化して、詩のように見せかけるとはな。歴代の大賢者たちもこれが暗号だと気づく人はほとんどいなかった。これを書いた魔導士は本当に頭の良い人だったんだな。歴史に重要な影響を与えた発明をした人が名前も分からないのは皮肉だな」


本を本棚に戻すと、カオルは笑った。


「しかし、師匠も『防火』と『防水』の魔法がかけてあるから、火事で燃えたり、水で濡れたりしないとはいえ、こんな歴史的に貴重な本を僕に持たせるとは、『無くしたらどうするんですか?』と尋ねたら、『無くしたとしても構わん。内容はすべて私の頭の中に入っているし、写本も作ってある』と答えるし、それでも渡されるのを拒否しようとしたら、『私も先代の大賢者から渡された時に、無くしたらどうしようと悩んだんだぞ。私だけびくびくしてお前だけしないなんて不公平じゃないか?』なんてニヤニヤ笑いながら言われたけど、どうやら大賢者に代々受け継がれてきた弟子に対するイタズラのようなものらしい」


カオルは再び机に向かうと、日記の続きを書き始めた。






機械連邦独立戦争が魔法帝国が「大陸西方の未開拓地を機械連邦の領土であることを認める」という形で終わった。


連邦軍は戦争初期においては鉄砲により一方的に勝ち進んだが、戦争後半になると帝国軍は鉄砲への対抗手段を編み出したため、連邦軍の一方的な快進撃は止まってしまった。


しかし、帝国政府は彼らの言うところの「西方逃亡奴隷の乱」で、逃亡奴隷の支配地域である大陸西方まで攻め込むことはせずに、講和を選択した。


なぜならば、帝国軍が編み出した鉄砲への対抗手段が、帝国の社会を変えつつあり、それに対応することが最重要課題になったからだ。


まず帝国軍は鉄砲への対抗策として、威力の大きい攻撃魔法を使える将軍の周囲を歩兵隊で囲んだ。


歩兵には鉄砲の弾丸でも容易には貫けない厚さの盾を持たせて、将軍を呪文の詠唱が終わるまで守るのだ。


しかし、これは失敗であった。


歩兵のほとんどは普段は貴族の所有する農場で働いている奴隷のため、短期間の簡単な軍事訓練しか受けてはおらずに無理矢理徴兵されたため、鉄砲の発射される音と自分たちの方に向かって来る弾丸に対する恐怖に精神的に耐えることができずに、逃げ出してしまうのだ。


最初、軍は逃亡兵への即時処刑の厳罰で対処したが、まだ徴兵されていない地域の奴隷たちが連邦領域に向けて逃走してまった。


連邦政府は帝国内に密かに帝国の奴隷が逃亡するための地下組織によるネットワークを構築しており、「連邦に来れば奴隷の身分から解放されて、自分の農地を持つことができる」と、盛んに宣伝したのだ。


そして、それは事実であった。


風土病のために手つかずであった大陸西方には、当時の感覚ではいくらでも新たな土地があったのだ。


帝国内から奴隷の逃亡が相次いだ。


帝国政府は逃亡奴隷の捕縛のために、軍隊を投入しなければならず。


そのために前線の兵力不足になるという悪循環に陥っていた。


その時、帝国軍の軍制度改革に乗り出したのが、准皇族であるガイウス家の当時の当主であるユリウス・ガイウスだったのだ。


彼は、今の僕の友達であるユリア・ガイウスさんのご先祖さまだ。


ガイウス家は、大陸では誰もが知っているように、魔法帝国の皇族であるカエサル家の分家で准皇族として扱われている。


初代ガイウスは帝国の初代皇帝の従兄であり、帝国による大陸統一戦争において政治と軍事の両面において多大な貢献をした。


終戦後、大陸の唯一の超大国となった帝国において重職に就くと誰もが思った。


文官の頂点である「帝国宰相」か、皇帝を除けば帝国軍の最高司令官である「帝国大将軍」に就任されるというのが、周囲の予測であった。


しかし、意外なことに初代ガイウスは帝国においていかなる公的な役職に就くことはなかった。


初代皇帝は初代ガイウスの家を皇帝家に次ぐ准皇族というあつかいにして、ガイウス家には皇帝の直轄地に次ぐ広大で豊かな領土を与えた。


初代皇帝のガイウス家に対するあつかいには、周囲から様々な臆測がされた。


「初代皇帝が多大な貢献をした初代ガイウスをそれ故に自分の地位を脅かす者として遠ざけた」


「いや、その反対で、大陸統一戦争において心身ともに疲労していた初代ガイウスが自分から初代皇帝に要職に就くことを断った」


などがあるが、真相は現在にいたるも不明である。


初代ガイウス以後のガイウス家の人間は、帝国政府において公的な役職に就くことはなかったが、自領の経営に専念して元々豊かな土地だった領地をますます豊かな土地にした。


帝都インペラトールポリスで開催される皇帝主催の催し物には必ず出席し、皇帝と親しく言葉を交わした。


歴代のガイウス家は公職に就かないにもかかわらず。帝国においては常に重要視される存在であった。


さて、機械連邦独立戦争の頃に、ガイウス家の当主であったユリウス・ガイウスは帝国の他の皇族や貴族たちからは「変り者」と評価されていた。


なぜならば、彼が父親が死亡して当主を引き継いだ後、ガイウス家の領地内の農場においては奴隷は一人もいなくなったかったからだ。


ユリウス・ガイウスは自分が当主になると、農場で働いていた奴隷たちを賃金を支払って雇う賃金労働者にした。


奴隷は所有者である主人から生活のために必要な食料や日用品を支給される。


銅貨・銀貨・金貨などの現金を一生手にすることがないという奴隷も多いのだ。

それが当時の帝国における常識であった。


ユリウスは、その常識をくつがえしたのだった。


当日の帝国の貴族社会では、「変わり者が変わった事をしている」というのが一般的な評価であったし、ユリウスに対して好意的な貴族も「そんな事をしても財政的に損をするだけだ。伝統あるガイウス家を傾けるから止めるべきだ」と忠告されるようなありさまであった。


しかし、ユリウスのこの改革は成功した。


彼の領地での農業生産量は飛躍的に増大したのだ。


その理由は、次のようなモノであった。


例えば貴族の所有する農場で働く奴隷たちが、年に一度の収穫期に百キロの穀物を領主に納めるのがノルマだったとする。


ノルマ通りに百キロ納めたとすると、次の年には百キロより少し多く百十キロのノルマを領主から課されることになる。


それが分かっているから奴隷たちは可能な限り手を抜くのだ。


百キロのノルマに対して、九十キロしか納めなかったりする。


ノルマを果たさなければ罰があるが、ノルマを果たしたとしても奴隷は昇進や昇給するわけではないので、課せられるノルマが増えないように対策を立てる。


領主の方も奴隷たちが手を抜いていることは薄々分かっているが、鞭で叩いたりしても生産性は上がらない。


領主に対する反乱でも起こさない限り、奴隷であっても簡単には死刑にはできないし、奴隷は領主にとっての財産なので、殺してしまうのは損失なのだ。


奴隷は賃金労働者ではないから、『解雇』はできない。


そのため奴隷が農作業をする農場は、その農地の持つ能力を百パーセント生かせなかった。


しかし、ユリウスは奴隷を全て農場労働者にしたことで、生産量を上げれば上げるほど、農場労働者が受け取る賃金は上がる仕組みにした。


働けば働くほど労働者は儲かるので、奴隷であった頃より勤労意欲が遥かに向上したのだ。


労働者の中には生活費を節約して、貯金をして小さな農場を買って自作農になる者も出て来た。


生活が格段に向上してので、ユリウスの領土の領民たちは、領主であるユリウスのことを神のように崇拝した。


その自分を崇拝する領民たちを兵隊として引き連れて、ユリウスは将軍として機械連邦独立戦争の戦場に立ったのだ。


ユリウスの兵隊たちは鉄砲から放たれる弾雨に怯むことなく、盾を構え続けた。


奴隷による兵隊たちは戦死しても遺体が野に打ち捨てられるだけで、死後の保障は何も無かったのであったが、ユリウスの配下の兵隊たちは戦死すれば合同葬儀で魂は神官の祈りにより救済されると、遺族には年金が出るとされていた。


前代未聞の好待遇にガイウス領の出身の兵士たちは、文字通り最後の一人まで戦ったのであった。


(言い換えれば、それ以前の奴隷の待遇が非常に過酷だったということである)


ユリウスが攻撃魔法が発動するために必要な長々とした呪文が唱え終わるまでを、連邦鉄砲隊の銃撃を盾を構えて守り切ったのだった。


ユリウスの攻撃魔法で連邦鉄砲隊は大損害を受けた。


勝利したユリウス軍は余勢を駆りて連邦軍を殲滅……、というわけにはいかなかった。


ユリウス軍のみに大きな手柄を立てられて戦争が終わってしまうのを怖れた帝国軍本隊に、これ以降の戦闘参加を禁じられてしまったからである。


(表向きは『准皇族を何度も危険にさらすわけにはいかない』とした)


さらには、ユリウス領での奴隷の待遇を知った帝国の他の地域の奴隷たちが、同じ待遇を求めるようになったのである。


帝国政府は連邦に対するよりも、国内問題に力を注がなければならなくなった。


その当時の皇帝が最終的な決断を下し、機械連邦の魔法帝国からの独立を認めて、戦争は終わったのであった。



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