第三十話 カオルがユリアとスキンシップをした理由
「良かった!良かったよ!カオルくん!」
「もう、ユリア。いつもカオルさんを抱き締めている私が言うのも何だけど、放してあげなさい。カオルさんが苦しんでいるわよ?」
エレノアの指摘に、ユリアはカオルを抱き締めている力を緩めた。
「カオルくん。ありがとう。ありがとう」
しかし、放すことはなく抱き締め続けた。
「もう、ユリアばっかりズルいわよ?私も私も!」
「あの、あたしも仲間に入れて下さい」
カオルはユリア、エレノア、アンの三人に囲まれて抱き締められることになった。
三人の同い年の女の子から抱き締められる感触と女の子の香りが、カオルの男としての本能を刺激した。
(うおっ!落ち着け!落ち着くんだ!平良薫!平良薫は男だけど、カオル・タイラは学園の女子生徒なんだ!男としての本能を出してはいけない!女の子に成り切るんだ!カオル・タイラは、女の子なんだ!わたしは女の子!女の子!女の子!)
カオルは内心の動揺を表に出さないように懸命になった。
(うん。わたしは女の子!ここにいるみんなとは女の子同士のお友達!)
「みなさん。ありがとうございます。この通り、わたしは元気です。でも、ユリアさんとエレノアさんにサンドイッチの具みたいに挟まれると、少し元気が無くなっちゃいます」
「どうしてなの?カオルさん」
エレノアの質問に、カオルは冗談を言う口調で答えた。
「だって、お二人の立派なお胸が、わたしに当たるんですよ?わたしは見ての通り貧乳ですから、コンプレックスが刺激されちゃいます」
カオルの言葉に三人が笑った。
「あ、その気持ち、あたしも分かります」
アンが同調した。
「あたしもカオルさんと同じく胸が無いですから、お二人のことが羨ましくてたまりません」
「なら、アンさん。上げることはできないけれど、代わりに揉んでみる?」
「いいんですか?では、失礼して」
アンは両手でエレノアの胸を揉んだ。
「うわー、柔らかい。焼きたてのパンみたいに弾力があって、揉みごこちが良いです」
カオルは、その光景に目を引かれた。
(うわっ!物凄くエロいな!目を逸らすべきかな?いや、『女の子同士のスキンシップ』なんだから、目を逸らすのは不自然かな?)
「カオルくん。ボクたちもやろうか?」
「えっ!?」
ユリアはカオルの手をつかむと、自分の胸に押しつけた。
(うわっ!?地下の大浴場で、ユリアさんの裸の胸を見たけど、形も良かったけど、手触りも最高だな。まるで搗きたてのお餅みたいだ。母ちゃんと一緒の布団で寝た時を思い出すな)
「カオルくん。揉まないのかい?」
手をユリアの胸に押しつけたままで、揉もうとしないカオルに、ユリアが疑問顔になった。
(どうしよう?ここで揉んだりしたら、さすがに僕が性別を偽っていることを利用して、エッチなことをすることになっちゃうよな?)
考え込んで固まってしまったカオルに、ユリアが寂しそうな声で言った。
「カオルくん。やっぱり、魔法の授業でボクが迷惑を掛けたこと怒ってる?ボクとスキンシップをするのは、嫌かい?」
カオルは慌てて首を横に振った。
「そんなことはありません!こうして、ユリアさんの胸を触っていると、わたしの母親のことを思い出したんです」
ユリアはカオルの顔面に自分の胸を押しつけた。
「カオルくん。今日はボクをお母さんだと思って甘えて良いよ!」
「それじゃあ。カオルくん。お休み」
「みなさん。お休みなさい」
ユリアたちがカオルの部屋から出て、それぞれの自室に戻って行った。
カオルは机に向かうと、引き出しから鍵付きの日記帳を取り出した。
鍵を開けるための「合い言葉」を頭の中でつぶやいた。
そして、日記帳の白いページを埋め始めた。
今日は大変な一日だった。
だけど、エレノアさん。ユリアさん。アンさんの三人は本当に僕のことを「大切なお友達」に思っているようだ。
あらためて、それが分かると、彼女たちに僕が性別を偽っている事に心が痛む。
特に、さっきみたいに「女の子同士のスキンシップ」をやられた時には、僕の男としての本能が暴走しそうになる。
よくぞ耐えたぞ!偉いぞ!僕!
顔面に感じたユリアさんの胸の感触なんて、思い出すだけで……。
……いや、この事について考えるのは止めよう。
止めなければ、彼女たち三人をいかがわしい妄想の対象にしてしまいそうだ。
今日の魔法の授業にあった出来事を書こう。
教師から指名されたユリアさんが、呪文を一切唱えずに火の球を手のひらに出現させた。
理論上可能とされているが、実現は困難とされている無詠唱魔法をユリアさんが使ったことに、他の生徒たちはどよめいた。
「無詠唱魔法が使えるとは、さすが、准皇族のガイウス家のご令嬢だな」
生徒の一人のその言葉が、ユリアさんの耳に入ったらしい。
彼女は少し面白くなさそうな顔になった。
僕には彼女が気分を害した理由が推測できる。
ユリアさんは准皇族だからこそ無詠唱魔法を使えるようになるまでは、並々ならぬ努力が必要だったのだろう。
かつて魔法帝国において魔法は、高度な物ほど呪文を唱えることが必要とされていた。
歌人がつづる歌詞や僧侶が唱えるお経のように、長々と言い回しが複雑な呪文ほど魔法の威力が増すとされていたのだ。
魔法帝国の魔導士たちは、それぞれがオリジナルの呪文を編み出した。
特にユリアさんのような名家では、先祖代々伝えられて来た長い歌詞のような呪文があり、幼い頃からそれを受け継ぐために暗記するのだ。
機械連邦独立戦争において、機械連邦が魔法帝国に勝ったのは、それが大きな理由の一つになっている。
「火薬」の爆発する威力で「弾丸」を打ち出す「鉄砲」、それを連邦兵士全員が装備することで、帝国との戦争に勝ったのだ。
鉄砲から打ち出される弾丸の威力は、初歩的な攻撃魔法ぐらいなので、鉄砲を最初に見た帝国のある将軍は、「逃亡奴隷どものオモチャ」と嘲笑った。
その将軍は連邦の鉄砲隊と戦場で対峙すると、呪文を唱え始めた。
呪文が唱え終わり、魔法が発動すれば、鉄砲隊は跡形もなく消え去るほどの威力のある魔法であった。
もちろん。連邦鉄砲隊は呪文が唱え終わるのを待つことはなく、将軍を狙い撃ちにした。
攻撃から自分を守る防御魔法というのも存在するが、普通の魔導士は同時に二つの魔法を発動させることはできず。防御魔法の呪文も長々と唱えなければならない。
魔導士も肉体的には普通の人間と変わらないため、弾丸に体を撃ち抜かれた将軍は倒れた。
息が絶える前に将軍が言い残した最後の言葉が、「戦争の作法を知らぬ。奴隷どもが……」であった。
中級指揮官である下級貴族も将軍と同じ運命をたどった。
残ったのは弓・槍・剣を装備した歩兵隊であったが、魔導士たちが全員倒されると、あっさりと降伏した。
魔法の使えない一般の兵士は、ほとんどが普段は貴族の所有する農地で働いている奴隷であり、短期間の軍事訓練を受けただけで戦場に無理矢理連れて来られたので、指揮官である貴族が死んでしまえば戦意を無くすのだ。
初期の鉄砲は現在の連発銃とは異なり、鉄砲の先の方から一発ずつ弾丸と火薬を込める発射速度の遅い火縄銃であったが、魔導士が攻撃魔法の呪文を詠唱し終わるよりは遥かに速かった。
機械連邦独立戦争において初めの時期は、連邦側が戦場においては連戦連勝であった。
さて、初代フランクリンの二大発明とされているのは、「風土病の予防薬」と「火薬」なのは大陸における小学生以上ならば学校で習うので、誰もが知ることである。
しかし、真実は異なるのだ。
「風土病の予防薬」は、初代フランクリンが偶然に発明した物であるが、「火薬」の発明者は初代フランクリンではない。
さっき、エレノアさんたちと少し雑談をしたが、僕が病院でサリオンさんを治療しているのを待っている間、初代フランクリンと初代ジョージのことを話していたそうだ。
それで、「火薬」についての真実も話題になった。
エレノアさんは先祖代々伝わる話として真実を知っているし、僕も師匠から歴代の大賢者に伝わっている情報として教えられた。
初代フランクリンに火薬を教えたのは、当時の大賢者である。
当時の大賢者は普段は大陸西方の動植物の調査のために旅をしていて、フランクリンの家族の住む森の中の小屋には、たまに立ち寄っていた。
当時の大賢者は初代フランクリンの家族の護身用と狩猟に「鉄砲」を渡したのだった。
ただし、火薬と鉄砲を発明したのは当時の大賢者ではないし、歴代の大賢者の誰でもない。
発明者は約八百年前の魔法帝国によって大陸が統一された頃の今では名前も伝わっていないある魔導士である。
その魔導士は鉄砲を発明することで、魔法を使うことのできない一般人にも護身や狩猟のために初歩的な攻撃魔法ぐらいの威力の武器を簡単に所有できるようにしようとしたのだ。
しかし、提供しようとした一般人から鉄砲は拒否された。
護身用としては「剣や槍で充分」と言われたし、狩猟用としては「弓矢の方が便利だ」と評価されてしまったのだ。
特に職業として狩猟をするプロの狩人たちは、弓の腕前を磨くことに誇りを持っていたので鉄砲には興味を示さなかった。
魔導士である貴族階級からは初歩的な攻撃魔法の威力しかない鉄砲は、まったく評価されなかった。
結局、最初の鉄砲の発明は歴史の影に埋もれることになった。
それが再び世に出ることになったのは、大賢者に代々相続される膨大な蔵書の中に、鉄砲を発明した魔導士が一冊だけ書き残した書物があったのだ。
その書物には署名が無かったため、鉄砲を発明した魔導士の名前は不明になっている。
残された僅かな記録によると、魔導士は自分の発明した鉄砲を何らかの形でこの世に残したかった。
しかし、魔導士の息子が魔法の能力を認められ、魔法帝国において出世したのだ。
魔法を一切使わない武器の発明者として名を残すのは息子に迷惑がかかる。
それで発明者不明にして、火薬と鉄砲の製造法を書いた書物を一冊だけ制作したのだ。
その書物が、どういった経緯か今となっては分からないが、大賢者の蔵書に入ったのだ。
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