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第三話 カオルとエレノアがお喋りをしているとユリア・ガイウスに再会した理由

女子寮の自室で日記をつけていた平良薫ことカオル・タイラは、いったんペンを置いた。


そして両手で顔を触った。


何かを確認するかのように、両手で自分の顔を撫でた。


「あのエレノアさんの大きな胸……、いわゆる巨乳だったな。僕の顔に押しつけて……、あんなにやわらかくて、温かくて、気持ち良い物が、この世にあるなんて……、いや!いや!こんなこと考えちゃ!駄目だ!」


カオルは椅子から立ち上がった。


「エレノアさんは、僕のことを『女の子』だと思っているから、親愛の気持ちで僕を抱き締めたんだ。僕は今は『女の子』なんだ。こんないらやしいことを考えちゃいけない!」


独り言を言いながら、部屋の中を歩き回った。


歩き回ると、部屋に備え付けられた鏡に映った自分の姿が目に入った。


鏡に映るカオルは百人が見れば、百人が「女の子」だと答える姿だった。


カオル自身が見ても「女の子」にしか見えないので、ため息を吐いた。


「まさか十五歳になって、また女装することになるとは……、ストレスが溜まるなあ……、エレノアさんに対しては騙している罪悪感があるし……、この悩みは誰にも相談できないから、こうやってストレスを少しでも解消するしかないか……」


椅子に座ると、日記の続きを書き始めた。






どうやら僕はエレノアさんに嫌われないで済みそうだ。


それどころか、かなり好かれてしまったらしい。


学園長からの「姪のエレノアは可愛い物が好きだ。だから、タイラくん。君は『可愛い女の子』を姪の前では演じるのだ」という助言に従って、僕はエレノアさんの前で「守ってあげたくなるか弱い可愛い女の子」を演じたのだ。


今になって昔の経験が役に立つとは思わなかった。


師匠の弟子になる以前は、僕は旅芸人の一座にいた。


座長は「子供は女の子の方が、客のうけが良い」ということで、僕を女装させて「女の子」として舞台に上げたのだ。


それで僕は、女の子らしい喋り方や仕草を覚えてしまった。


「男らしい体つきになってしまうと困る」と、僕は旅芸人の一座にいる間は、お腹いっぱい食べさせてもらえなかった。


僕が女の子のような華奢な体なのは、そのせいではないかと座長のことを少し恨んでいる。


でも、師匠の弟子になってからは、男らしく背が高くて筋肉隆々の体になろうとして、お腹が苦しくなるほど沢山食べたが華奢なままだから、僕の元々の体質なのかもしれないが……。


エレノアさんと鉄道馬車の停留所で再会した時に話を戻そう。


エレノアさんが握手をしようとして、右手を差し出してきた時、僕は戸惑った「ふり」をした。


師匠から大陸での習慣について徹底的に教えてもらったから、本当は僕は「握手」ぐらいは知っている。


それなのに知らないふりをしたのは、「世間知らずの女の子」を演じた方が、エレノアさんの好意を得られると計算したからだ。


相手によっては「世間知らずの田舎者」あつかいされて馬鹿にされることになるが、学園長の話ではエレノアさんは親切な人で世話好きだそうだ。


「この学園に来るまで乗って来た車……、あの煙を出して走る車……、何と、言いましたっけ?」


僕は、それぐらいは知っていたが、知らないふりをしてエレノアさんに質問した。


「蒸気機関車よ。お湯を沸かして発生する蒸気の力で動いてるのよ」


エレノアさんは優しそうに微笑んで、僕の質問に答えてくれた。


「今乗ってきた鉄道馬車は、蒸気機関車ではなくて、お馬さんが引いてますが、何故なのでしょうか?」


「街中を煙を吐く蒸気機関車を走らせるわけにはいかないからよ」


「でも、わざわざ二本の鉄の棒を地面に敷かなくても、馬車を直接地面の上に走らせれば良いのではないのですか?」


「地面に敷いてある鉄の棒、あれはレールと言うのだけど、レールの上を車輪を走らせれば、地面の上を走らせるよりスピードが出るし、たくさんの人を運べるのよ」


蒸気機関車や鉄道馬車については、僕が実物を見るのは大陸に来てからが初めてだが、動く原理や仕組みについては、師匠が読ませてくれた本で知ってはいた。


しかし、実物を見ることには、別の驚きがあった。


「蒸気機関車や鉄道馬車を見れただけでも、この学園に入学した甲斐があります」


「まだまだ、これからよ。この学園では最新の科学や魔法について学べるのだから、驚くことは沢山あるわよ」


そんなことを話ながら、僕たちは寮の方に向かって歩いた。


「うわあー、大きな建物ですね。わたしは、こんなに大きな建物を初めて見ます」


「そうよ。この第四女子寮は、最新の鉄筋コンクリート造りの十階建なのよ」


十階建もある人の住むための建物を初めて見るのは本当のことだ。


僕の祖国である東方諸島国では、寺院の塔や城の天守閣には、目の前に見える女子寮よりも高い建物はあるが、あれらは人の住むためのための建物ではないからだ。


「でも、十階もあるのでは、一番上の階に住んでいる人は大変じゃないですか?エレノアさん」


「カオルさん。何が大変だと思うの?」


「毎日階段を上り下りするのが大変ですし、下で汲んだ水を上まで運ぶのは大変でしょう」


エレノアさんは笑いだした。


人を馬鹿にするような下品な笑い方ではなく、口に手を当ててする上品な笑い方だった。


「何か?わたしは、おかしなことを言ったでしょうか?」


「ごめんなさいね。カオルさん。笑ったりして、その質問は一週間前に、私が寮に入寮してから、新しく来る人に毎回同じ質問されているから、思わず笑っちゃったの」


エレノアさんは、寮の建物を指差した。


「あの建物の中には、エレベーターと揚水ポンプがあるのよ」


エレベーターと揚水ポンプは、どちらも実物を見たことはないが、本で読んだことあるから、どういう物かは知っている。


でも、僕はあえて「それは何ですか?」という感じの可愛らしい表情をつくって、エレノアさんに向けた。


エレノアさんは、妹に勉強を教えている優しいお姉さんのような感じで答えてくれた。


「エレベーターは建物の中を上下に機械仕掛けで上下に動く箱で、箱の中に人が乗るのよ。揚水ポンプは機械仕掛けで水を上の方まで汲み上げるわ。だから、わざわざ階段を足で上り下りしたり、水を入れた容器を運ぶ必要はないのよ」


「なるほど、そうなんですか」


「私の実家がある機械連邦の首都のジョージシティでは、エレベーターも揚水ポンプも高い建物には当たり前にあるのだけど、発明されてまだあまり時間が経っていないから、連邦の他の都市では普及していないみたいなのよね。魔法帝国では機械嫌いの人が多いから、帝都のインペラトールポリスにも、あまり無いみたいよ。大陸の人でも知らない人が多いようだから、東方諸島国出身のカオルさんが知らなくても、少しも恥ずかしいことはないのよ」


エレノアさんは十階を指差した。


「私の部屋は十階にあるのよ。遠くまで見渡すことのできる眺めが良くて一番良い部屋よ。カオルさん。よろしかったら、遊びに来てちょうだい。二人きりでお話したいわ」


社交辞令ではなく、エレノアさんは本気で僕に部屋に遊びに来て欲しいようだ。


僕はエレノアさんに「男の子」だとは、微塵も疑われていないようだ。


僕の祖国でもそうだが、大陸でも名家の若い未婚の女性が同年代の男性と自分の個室で二人きりになるのは、はしたないこととされているからだ。


そんなことを思いながら寮の入り口の方を見ると、異様な集団がいた。


その五十人ぐらいの集団は、全員大人の女性で同じデザインの服を着ていた。


「エレノアさん。あの女の人たちは何ですか?」


「学園警察の女性警察官の皆さんよ。女子用制服を着て女子寮に侵入しようとする男子生徒がいないか見張っているの」


「えっ!?」


僕自身が「女子用制服を着て、女子寮に入ろうとしている男子生徒」なので、思わず驚いて声を出してしまった。


そんな僕の気持ちも知らずに、エレノアさんは話し続けていた。


「新入生が入ってくるこの時期に女子用制服を手に入れて、女子寮に侵入しようとする馬鹿な男子がたまにいるみたいなのよね。ばれないと思っているのかしら?それを取り締まるために、あの人たちはいるのよ」


早速、難関が来た。


学園長と二人きりで話し合った時に、学園長は女子寮で僕が男だとばれないために、女子寮に協力者を一人置くことを提案した。


僕は、それに反対した。


なぜなら、理由を話さずに協力させたら、その協力者は不審に思うし、理由を話したら、秘密を知る人が増えてしまうからだ。


この学園で僕の本当の性別を知っているのは、学園長と僕自身だけだ。


僕は自力で、僕自身の秘密を隠し通さなければならない。


大丈夫!旅芸人をしていた頃は、大勢の人の前で「女の子」として舞台に立ったが、僕を「男の子」だと疑う人は誰もいなかったし、今もエレノアさんは僕を「女の子」だと思い込んでいるじゃないか!


環境が変わったのを機会に、少しでも男らしくなろうとしていた僕としては複雑な心境になった。


「そこの生徒!止まれ!」


女性警察官の一人が僕に目を向けた。


「何を考えているのだ!?その制服は!?ふざけているのか!?」


その女性警察官は、僕に近づいて来た。


この学園の制服は男女ともにブレザーだ。


男女で制服のデザインに大きな違いはないが、男子がズボン、女子がスカートになっている。


今、僕は「女子生徒」なのだから、当然スカートをはいている。


「男」の僕がスカートをはいているのが、あの女性警察官には分かったのだろうか?


どうしよう?どうやって誤魔化そう?


でも、「服を脱いで裸になれ!」と言われたら終わりだ!


パニックになって動けなくなっている僕の横を、女性警察官は通り過ぎて行った。


どうやら、僕ではなく、僕の後にいた人物に用があるらしい。


「ボクに、ご用ですか?」


背後から聞き覚えのある女性の声がした。


「そうだ!女なのに何故ズボンをはいているのだ?」


後を振り向くと予想通りの女子生徒がいた。


この学園へ来るのに利用した大陸横断鉄道の車内で会ったユリア・ガイウスさんだった。

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