第二十七話 初代ジョージと初代フランクリンが再会した理由
エレノアとユリアが会話していると、二人の隣に座っているアン・トニアが話し掛けてきた。
「お二人は本当に仲が良いんですね」
「うん。そうだよ。ボクにとってエレノアは大事な幼なじみの親友だよ」
「私にとってのユリアも同じよ」
二人が笑顔で答えたのに対して、アンは少し寂しそうな顔になった。
「羨ましいですね。あたしにはそんな自慢できる友達はいなくて……、むぎゅっ!?」
エレノアがアンの顔を自分の胸に押しつけるようにして抱き締めた。
「ごめんなさいね。アンさん。仲間外れにしたみたいで、もちろん。アンさんも私の大切なお友達よ」
「エレノア。アンさんが息ができなくて苦しがっているよ。離してあげなよ」
「ぷはあっ、ハァハァ、エレノアさん。あたしのことを大切なお友達だちだと言ってくれてありがとうございます。でも、あたしはお二人とお会いしてあまり時間が経っていませんし……」
エレノアはアンに優しいお姉さんのような表情を向けた。
「それなら、アンさんに我がフランクリン一族に先祖代々伝わる秘密を教えるわ」
「秘密ならば、あたしなんかに話さなくても……」
「大切なお友達だから話したいのよ。この秘密はエレノアに話したことがあるし、カオルさんも大賢者さまのお弟子さんだから、たぶん知っているわね。秘密を共有することでお友達としての絆を強くしたいのよ」
エレノアは周囲を見回して病院の廊下に他の人影が見えないことを確かめると、小さな声で話始めた。
「私のご先祖さまの初代フランクリンと初代ジョージの最初の出会いについては知っているかしら?」
「はい、歴史の授業で習いましたし、お芝居になったのを見たこともあります。初代フランクリンの家族が住んでいた小屋に逃亡奴隷だった初代ジョージが逃げ込んだんでしたよね?お二人は会ったその日の内に長年の親友のようになられて、大陸西方に魔法帝国に属さない独立した国をつくろうと誓われたのですよね?」
エレノアは苦笑した。
「まあ、確かに歴史の本ではそう書いてあるし、小説やお芝居でも、そうなっているわ。特に連邦より帝国の方で美化して描くことが多いわね。何故なのかしら?」
ユリアが皮肉っぽく笑いながら口を挟んだ。
「帝国にとっては初代ジョージと初代フランクリンの二人は、機械連邦独立戦争で自分たちを負かした相手だからね。だからこそ『有能で人格的にも立派な人間相手だからこそ負けた』と、自分に言い訳したいのさ」
アンは疑問の浮かんだ顔でエレノアに尋ねた。
「あの、本当は違うんですか?」
「ええ、違うわ。大違いよ」
エレノアは愉快そうに笑った。
「まず、初代フランクリンと初代ジョージが森の小屋で初めて会ったというのが嘘だわ。二人は以前からの知り合いだったのよ」
「知り合い?どういうお知り合いだったんですか?」
アンの質問にエレノアは答えずに逆に質問した。
「薬屋さんをしていた初代フランクリンが逃亡奴隷になった原因は知っているかしら?」
「えーと、お友達の借金の連帯保証人になって、そのお友達が借金を返さないで夜逃げしちゃったからでしたね?肩代わりした借金が返せずに、初代フランクリン夫婦は奴隷としてバラバラに売られることになっちゃって、奴隷商人から逃げたんでしたね?」
「そうよ。その夜逃げしたお友達の名前は知っているかしら?」
「そういえば、歴史の授業でも、お芝居でも夜逃げしたお友達の名前は出てきませんでしたね。何という名前なんですか?」
エレノアは声をひそめてアンの耳元にささやいた。
「ジョージよ」
「えっ!?」
「初代フランクリンが逃亡奴隷になる原因になったお友達の名前はジョージなのよ」
アンは驚いた。
「ひょっとして、機械連邦の初代大統領のジョージと夜逃げしたジョージは同じ人なんですか?」
「そうよ。だから初代フランクリンと初代ジョージの森の小屋での初めての出会いとされていることは、本当は『再会』だったのよ。我が家の先祖代々の言い伝えでは、こうだったそうよ」
エレノアは話始めた。
大陸西方ではすでに日は落ち、森は暗闇に覆われようとしていた。
森に一軒だけあるフランクリン家族の小屋では、フランクリンと妻、そして息子の三人家族と一人のお客さんの四人とで夕食を食べていた。
お客さんは大賢者であり、普段は大陸西方の未開地を探検しているが、たまにフランクリンの家を訪ねて来る。
大賢者はお土産に森でさまざまな獣を狩ってきたので、粗末な木のテーブルの上にはフランクリンの妻が腕を振るった豪勢な肉料理が並べられていた。
小屋のドアが外からノックされた。
「道に迷った旅の者です。一夜の宿を願えないでしょうか?」
ドアの外から男の声がした。
フランクリンと大賢者の二人は警戒しつつドアに近づき、フランクリンの妻は息子を連れて小屋の奥の方に向かった。
そのような行動をしたのは、風土病が蔓延している大陸西方にまともな旅人が来るはずがないからだ。
フランクリンが偶然発明した風土病の予防薬は、世間に発表していない。
であるからには、大陸西方に来る人間はフランクリン家族のような逃亡奴隷か、あるいは逃亡している犯罪者であるからだ。
逃亡奴隷も帝国の法においては犯罪者であるが、凶悪な山賊団などが帝国軍に追い立てられて、大陸西方に逃げ込んで来ることが時々ある。
「外にいるのは、男が一人だな。ひどく疲れているようだ」
大賢者が魔法で探知した結果をつぶやくと、フランクリンはうなづいた。
大賢者がドアを開けると、外には髪はボサボサで髭が顔を覆い着ている服もボロボロの男が一人いた。
その男はドアが開いた途端に小屋に駆け込んだ。
大賢者とフランクリンは、反射的に小屋の奥にいるフランクリンの妻と子を守ろうと立ちふさがったが、男が駆け寄ったのはテーブルであった。
テーブルに並べてある料理を物凄い勢いで食べ始めた。
フランクリンたちは呆気にとられて何もできなかった。
その男はテーブルの上の料理をほとんど食べてしまうと、満腹したようで腹を両手でさすった。
「ふう。食った。食った。まともな料理を食ったのは久し振りだぜ。帝都に住んでいた頃にフランクリンの奥さんの手料理をご馳走になったことを思い出すな。味付けが似ていて……」
そこで男はようやく周りを見た。
「あれっ!?フランクリンじゃないか?どうしてこんな所に?」
男の言葉にフランクリンは近づいて、男の顔をじっくりと見た。
「お前!ジョージか!お前のせいで俺たちは!こんな所で暮らすはめになったんだぞ!」
フランクリンはジョージをぶん殴った。
「本当はそんな風だったんですね。あたしの見たお芝居とは全然違います」
アンはエレノアから話を聞いて少し驚いた。
エレノアは笑った。
「現実はそれほどロマンチックでもドラマチックでもないということよ」
「でも、それなら、何故初代フランクリンと初代ジョージのお二人は機械連邦を建国しようと決意したんですか?」
「それはね……」
エレノアは話を続けた。
ジョージはフランクリンに殴られて、床に転倒した。
床に倒れているジョージに、フランクリンは更に殴りかかろうとした。
「やめて!あなた!」
フランクリンの妻が止めた。
フランクリンは手を止めたが、ジョージの胸ぐらをつかんだままでにらみつけた。
「何故止めるんだ?こいつが借金を僕たちに押しつけて夜逃げしたおかげで、僕たちはこんな所で暮らすはめになったんだぞ!」
「そうだけど、息子にあなたのそんな姿は見せたくないの!」
フランクリンの息子は母親にすがりついて怯えていた。
「パパが悪かった。怖がらせてごめんな」
フランクリンはおだやなか顔になって息子の頭をなでた。
フランクリンは息子を寝室で寝かせると、ジョージと向かい合って座った。
ジョージは深く頭を下げた。
「とにかく、借金を押しつけて夜逃げしたのは悪かった。この通り謝る」
「謝罪より理由が知りたいな。お前とはガキの頃からの幼なじみだし、親友だと思っていたから、借金の保証人に僕はなったんだ。なのに、何故、裏切ったんだ?」
ジョージは大きく息を吐くと話始めた。
「俺が農場主になりたがっていたのは知っているだろ?」
「ああ、そのための金を用意するために借金したんだと、お前から聞いた」
「俺やお前みたいな下級市民は……、今はどちらも逃亡奴隷だが……、農地を所有するのは認められていないのは知っているだろ?」
「ああ、農地を所有するのは貴族だけに認められた特権だからな。小麦とかの主食になる穀物の生産地を独占することで、貴族たちは僕たちへの支配を強い物にしているんだ」
「でも、下級市民でも貴族から農地を『借りる』という形で、事実上農地を所有することができるんだ」
「ああ、最近経済的に困っている一部の貴族が始めた方法だな。農地の売り買いは貴族同士でしかできないけれど、『貸し借り』ならば、貴族以外とも取り引きできるというヤツだったな?」
ジョージはうなづいた。
「そうだ。それで俺は借金を抱えている貴族に目を付けて、借金を肩代わりする代わりに、農地を借りることになった。借りる期間は無期限だったから事実上俺の所有と同じだ。借りるための金額には、俺の財産だけでは足りなくて借金する必要があったが、俺の物になった農地からの収入で充分に返せるはずだった」
「それが何で、お前が夜逃げすることになったんだ?」
フランクリンはジョージに尋ねた。
「何で、なんですか?」
エレノアから話を聞いていたアンが尋ねた。
「それはね。初代ジョージがその貴族の正式な家臣として取り立てられたことが……」
エレノアが話している途中で、カオルが中にいる部屋のドアが中から開いた。
エレノア、アン、ユリアの三人は開いたドアに注目した。
部屋の中からは一人の女性看護師が出て来た。
女性看護師の表情は深刻そうだった。
三人は女性看護師に駆け寄ると、代表するようにエレノアが尋ねた。
「看護師さん。カオルさんの様子は、どうなのですか?」
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